第26話 怖いミーナ
フィートくんの母親は以前、ヴィンセントさんに依頼を出したことがあったらしい。
その時、フィートくんはヴィンセントさんの姿を見ていたのだという。
以来の詳細までは知らないみたいだ。
フィートくんは、ヴィンセントさんを敵ではないと必死に僕を説得していた。
「でも、さっきヴィンセントは下級吸血鬼しか相手にしないって」
「ま、まあ……それはだなあ……」
ため息が聞こえた。
「そうか、俺を知っていたのか。道理で最初から警戒心が見られないはずだ」
ヴィンセントさんは一人納得すると「専門は上級吸血鬼だ」と嘘を認めた。
「だからって別にフィートをどうこうするつもりはない」と銀剣を納めるヴィンセントさん。「自分でそう流布したんだ。下級吸血鬼狩りのヴィンセントとな。だが俺は主に上級吸血鬼内における争いへの仲裁が専門だ」
「仲裁?」
「詳しく話すつもりはない。言ってみれば、という意味だ。上級吸血鬼は人間に差別されていることから同種族同士で徒党を組むものだ。さらに家ごとに派閥もあり、ものによっては勢力が巨大で手が出しづらい。そんな連中に本業が知れるとマズい。だから世間には下級しか相手にしないことになっている。それだけだ」
「そう」とフィートくんは続けた。「この人は偶に僕らの家に訪れては何かを手伝っていただけだ。
「キリアム、人間は吸血鬼を差別し
「何のために、そんなことを」
「理由は、お前が思っていたこととは逆だ」
「逆?」
「吸血鬼を差別する人間を狩る、それが俺の本業だ」
「……」
僕はマグロ切り包丁を下ろしていた。
「だから大丈夫かと聞いたんだ。正体がバレればフィートだって狙われる。平和なウォールハーデンも吸血鬼は認めていない」
「その……すみませんでした」
「いや、いい。むしろ安心した。お前がそこまでフィートのことを心配しているとは」
「そっ!……そういうことじゃ」
恥ずかしさで振り向けない。
「良かったな、フィート。それよりお前、どこの家の者だ? いや待て……そうか。マグニフィスの家の者か」
「娘です」
「そうか……この国に何をしに来た?」
「騎士の術を学びに来たんです。僕は銀剣に触れられるから」
「なるほど……そういえばそうだな。吸血鬼でありながら銀に触れている。だが剣術なら俺に依頼を出せばいいものを――」
「母はあなたを吸血鬼同士の抗争に巻きこむことに反対しています」
「……そうか」
何の話はよく分からなかったが、「また今度話そうと」だけ告げると、ヴィンセントさんは演習場から去った。
▽
「でも言ってたよ。キリアムは銀騎士にも劣らないって」
「ヴィンセントさんが? 嘘でしょ?」
「喋るなって言われてるけど、確かにそう言ってたよ」
レアーナが退院するからと、みんなで医療協会に来ていた。
ここはレーナのいる病室だ。
「レアーナ!」と元気そうなレアーナの見つけるなり、ミーナはレアーナに抱き着いた。
その隣には親衛隊のリズベットさんがいる。
「またあなたですか、わたくしとお約束を忘れですか?」
「リズベット、やめて。あなたが入院していた間に色々なことがあったのよ。今ではキリアムを落ちこぼれだと呼ぶ人も少ないわ」
「な、ご冗談を――」
「冗談じゃないわ」
「……すみません」
どうやらリズベットさんも退院日が同じだったらしい。
「リズベットさん、すみません。でもあの約束は守れません。僕は、その……」
「……ん。なんですか?」
「いえ。なんでもありません。レアーナは古い、友人です」
「知っていますわ。ですがこれもレアーナ様のお決めになったこと。魔力もなしに落ちこぼれの汚名が晴れるとは疑わしいですが、口出しはしません。わたくしの方こそすみませんでした」
リズベットさんは内心、不服なのだろう。
そう顔に書いてある。
「リズベット、私のいないところキリアムに余計なことしないでよね」
「いたしません。最初からわたくしは何もしていません」
「そう、ならいいのよ。ところでリズベット、聞いていなかったけど、あなた、一体なぜ入院していたの?」
「襲われたのですわ」
「ええ、そう聞いていたけど」
「顔は見ていません。ですが不意打ちとはいえ、常人の仕業ではありませんでした」
「どういうこと?」
そういえばリズベットさんは随分前に通り魔に遭い入院していたのだった。
それを今思い出した。
「医療協会のおかげで今ではこの通りですわ。ですが一時期はやけどや擦り傷でどれどころではありませんでした」
「え、やけど? 聞いてないわよ、どういこと?」
「分かりません。目が覚めた時にはベッドの上でしたので」
「そう……」
通り魔の捜査はまだ続いているらしいが、まだ何もつかめていないそうだ。
「レアーナ、この後はどうするのですか? また中央広場に遊びに行きますか?」
「ミーナはどこか行きたいところでもあるの?」
「退院祝いです。またレストランに行きたいのです!」
「キリアム、ミーナはこう言ってるけど」
「ああ、じゃあ行こう」
「学校は?」
「別にいいよ。どうせ銀剣を振ってるだけだし」とそう言った傍からリズベットさんの不満げな目つきが視界に入ってきたが無視した。
「――お兄ちゃまの何が嫌いなのですか?」
突然、低い声が聞こえた。ミーナだ。
「ん、ミーナ?」
ミーナはじっとリズベットを睨んでいた。
「嫌い? いえ、わたくしは何も――」
「嘘は嫌いです」
「……」
空気が凍り付いた。
ミーナのこんな声を聞くのは初めてだからだ。
なだめようとミーナの服の裾をニックが引っ張っている。
「ミーナ、どうしたの?」とレアーナ。
「いえ、何でもありません。リズベットさん、もうやめてほしいのです。私たちはリズベットさんがが介入してくる以前から、ずっと友達なのです」
「……こめんなさい」
「いえ。ではレアーナ、行きましょう」
と、レアーナの腕を取り振り返る。
まるで張り付けたような表情で笑うミーナ。
僕が慣れているからだろうか。
そんなに怒ることでもないというのに、なんだか今日のミーナは怖い。
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