第23話 人知れず

 スメラギーが出現した城下町の中央広場。

 そこから東にある役場の前に、ヴィンセントはいた。

 服は血まみれで生臭く、ヴィンセントは回復薬を片手に、辺りに倒れ込むサマラの死体を眺めながら、それらの死体を回収するウォールハーデンの近衛兵を見て、呆れたため息をつく。


「ヴィンセントさん、ここにおられましたか」

「ん……ああ、先生か。そっちは片付いたのか」

「おかげ様でなんとか」


 ワルドナーは言葉を濁しつつそう言った。


「その様子じゃかなり手こずったようだな」

「そ、そうですね……異常事態ということで。面目ありません」

「おたくはまだいい方だ。この騎士の質はなんだ……これが騎士か? 俺の知っているウォールハーデンの騎士とはだいぶ違う。力が衰えているというよりも、リトルバースの使い方をまるで理解していない。まるで念力や波動の類だとでも思っているような立ち回りだ。リトルバースは波動ではない。感覚だ」

「か、感覚ですか……」

「なんだ、先生も分かっていない口か?」

「いえ、そういうことではありません。仰っている意味は分かります。私が教師を任された当時などは、それなりにバースを扱える騎士も多数おりました。ですが、ある年から他国による引き抜きが始まったのです」

「……風の噂で聞いたことがある。その結果がこれか」

「はい。ウォールハーデンは中立国で平和ですし、そもそも武力を必要としていませんでした。こんな、クリーチャーが町に現れるなどということがなければ、今でもそうだったでしょう。国によっては戦争中で、紛争の続いている地域もあります。契約金や報酬は、ウォールハーデンの騎士ともなると高額ですし、皆、他所に流れて行ってしまったのです」

「情けない話だ。かと言って俺に言えたことじゃない。まあ、俺は別に金がほしくてこの国を去った訳じゃないがな。だがこのレベルは国家の存亡にかかわるぞ。これならキリアムの方が強い」

「え、キリアムくんですか? 彼が、どうかしたのですか?」

「さっきまで中央広場にいた」

「え、まさか! 彼は無事なのですか!」

「無事も何も、一緒に戦っていたくらいだ。おかげで助かったよ」

「助かった?……すみません、どういうことでしょうか?」

「……そうか。いや、だがそうか。だからあの坊主は落ちこぼれだと勘違いされているんだな。誰も坊主を知らない」

「ヴィンセントさん?」


 ワルドナーはヴィンセントの話の内容が理解できていなかった。

 およそ、騒動に巻き込まれてしまったところをヴィンセントが助けたのだろうと、そう考えた。

 つまり“一緒に戦っていた”というのは言葉のあやであり、ヴィンセントが時折キリアムを気にかけるような口ぶりで話すことからも、教師としては謝らなければならないと、謝罪の体勢に入っていた。


「入学して一ヶ月も経っていないと言っていたな」

「それはキリアムくんのことでしょうか? だとすればそうです」

「ということはまだ一年生。卒業までにあと3年あるのか……おしいな」

「おしい? とは、一体どういう……」

「今すぐにでも騎士になるべきだ」

「は?…………」

「リリーの家の子供だというなら、幼くして調合術を学んでいるということは分かっていた。だとすれば、それなりにクリーチャーに関しての知識もあるだろう、それも分かっていた。実技は失格だが、筆記試験は満点だと言っていたな?」

「はい」

「騎士学院の筆記試験は、まあ今はどうか知らんが、そもそも解くことを前提に作られたものではない。むしろ、解けないことを前提に作られたものだ。俺も一時期関わっていたことがあるから知っている。騎士の定義を説明するのは難しい。あれはウォールハーデンの騎士とは何か、騎士になるには何が必要なのか、それを入学前に教えるためのものだ。基本的に学院側から受験者を落とすようなことはしない。何故なら最初の一年で半分以上が学院を去るからだ。あのオーブで分かるのは魔力の量と質だけ。それをどれだけ使いこなせるのかは、入ってからでないと分からない。だから魔力の才能に溢れたものでも、昔から騎士の道をあきらめる者は少なくない。リトルバースは繊細な技だからな、器用でもなければ難しいだろう。こいつらにさえ劣る天才はいくらでもいる。だが……」

「……キリアムくんですか。失礼ですか、彼をこの間からやけに気にされていますね」

「あれは天才だ」

「……というと、つまり彼らにさえ劣る天才だと?」

「ふっ、そうか。なるほど、それがワルドナー先生の評価か」


 そこでヴィンセントは立ち上がった。


「あんたも人が悪いな。坊主の前では優秀などと言っておきながら、実は心の中では落ちこぼれだと思っている」

「いえ、そういう訳では……彼は優秀です。人一倍努力をしたのでしょう、博識だと言ったことに嘘はありません。ですが魔力はありません。ウォールハーデンでは、魔力のないものを優秀とは認めないのです。彼はヴィンセントさんの言う通り、どちらかと言えば、この一年以内に学院を去る側の人間でしょう」

「ああ、確かに。俺もそう思う」


 否定されると思っていたワルドナーは、思わずヴィンセントの顔を見た。


「だが奴の場合は去る理由が違う」

「……と、言いますと」

「坊主の受け皿は今のウォールハーデンじゃ足りねえ」

「……」

「言っとくが先生、坊主はあの年齢にして、既に銀騎士クラスだぞ」

「…………は?」


 ワルドナーは言葉を詰まらせた。

 そして一拍おいても、ヴィンセントの言葉を理解できない。


 銀騎士とはウォールハーデンにおいて、最高位の騎士に送られる称号だ。

 ウォールハーデン王のそばには常に4人の銀騎士が構えている。

 つまり、銀騎士の称号を持つ騎士は世界で4人しかいないということだ。


 ワルドナーの間抜けな表情に、ヴィンセントは小さく笑った。


「まあいい、今は知らなくてもそのうち分かる。あの学院に置いておくのは惜しい、だが別にどうこうしようって気もない。俺が手を加えずとも、いずれ必ず頭角を現す。いや、もう既にそれは見せたか。あとはそれに周囲が気づくかどうかだ。だが気づいた時には手の届かないところにいるだろう。俺も天才だと呼ばれた時期があるから分かる。気づくと出世して王の隣にいた。学生時代の仲間とは会わなくなり、王城の中を行ったりきたりと……まあそれはいい」


 するとヴィンセントはワルドナーに背を向け――


「暇なら広場に行ってみろ。スメラギーを殺したのは俺じゃない、あの坊主だ。スメラギーどころか周囲の建物までなぎ倒しやがった。とてつもない力だ。まあ、見たからと言って先生にどうにかできる訳でもないがな。あの広場で意識があったのは俺とキリアム、それと生徒が二人だ。それ以外は気絶してやがった。ふっ、だがいずれにしろ誰も信じないだろう。俺が進言でもしない限りはな」


 ――そう言ってその場を後にした。


 役場の前で一人、ワルドナーはしばらく佇んでいた。

 ヴィンセントの低い声は、言葉に説得力をもたせる。

 それは信じられないような話であったが、ワルドナーは疑ってはいなかった。

 だが信じてもいなかった。

 ヴィンセントにそこまで言わせるキリアムという少年は、一体なんなのか?

 そんな驚きが漠然とあった。


 だがヴィンセントの言葉で中央広場へと訪れた時、横たわる大木のクリーチャーを見たことで、ワルドナーの表情は漠然としたものから明確になった。

 そして少しほほ笑むように笑った。


「まったく、あの人もご冗談が上手い……」


 ワルドナーは信じなかった。




 ▽




 旧市街地区。

 サマラの異常発生はここにも及んでいた。


 ミーナはニックと二人、手をつなぎながら走っていた。

 当たりには逃げ惑う人々の姿がある。

 だが既にその多くは避難を終えているということなのか、さほど人が行き交っているというほどではない。

 騒々しい程度だった。

 ニックは不安そうにミーナを見つめながら、“クンククンク”と何かを訴えていた。


「……おうちに帰るのです」

「クンク、クンク」

「お兄ちゃまも旧市街にまで被害が及んでいるとは思っていなかったのでしょう。大丈夫です。そのうちお兄ちゃまも帰ってきます」

「クンク、クンク!」

「戻る? それは無理なのです。確かにこれなら一緒にいた方が良かったかもしれません、でも戻るのはもう無理です」

「クンク……」


 するとミーナはそこで足を止めた。


「ぐっ……」

「クンク!」


 ――サマラだ。

 行く手を塞ぐように、サマラは下半身の根を動かしながら、“ソウヨネ……”と呟きつつ近づいてくる。

 周囲の町民たちはその姿を横目に逃げ惑い、誰もミーナを助けようとはしてくれない。


「クンク、クンク」

「ニック、落ち着くのです」

「クンク……」


 ミーナは周囲を窺っていた。

 その様子は目の前にクリーチャーが迫っているというのに冷静だ。

 表情に焦りはなく、怯えた様子もない。


「誰も助けてくれませんね……」

「クンク?」


 そう呟くミーナの顔を、ニックは見上げた。


「ソウヨネ……ヨネ……」


 一方、サマラは着実に近づいていた。


「クリーチャーは人の集まる場所には現れないはずなのです。ですが、これは一体どういうことなのか……ミーナには分かりません。ニックなら分かりますか?」

「クンク。クンク……クンククンク」

「怯えている? どういう意味ですか?」


 ニックは“クンククンク”と同じ言葉を繰り返しながら、ミーナに語り掛けていた。

 ミーナはまるで、本当に理解しているかのように頷く。


「“みんな怖がっている”、とは……分かりません。怯えているのは人間の方であるように見えます。それにクリーチャーが怯えるなんて……」


 そこでミーナはおもむろに右手を前に掲げると、人の耳では聞き取れないほどの早口で、何かをブツブツと言い始めた。

 それは突然に終わり、するとミーナはため息を漏らす。


「――【火粉球かこきゅう】」


 ふと呟かれたような言葉。

 ミーナの手の平から突然に燃える複数の小さな球が飛びだし、それはサマラの全身を激しく燃やした。

“ソウヨネ……”と、抑揚なく呟き、炎に包まれながら、サマラは黒焦げになりその場に倒れた。


「ニック……」


 いつもとは違う低い声に、ニックの緊張は高まった。

 びくっと気づき、そっとミーナを見上げた。


「お兄ちゃまには、黙っていてくださいね」


 優しくほほ笑むミーナ。

 瞳は暗い。

 ニックは慌てるように頷いた。


「さあ、家に帰りましょう」


 ミーナとニックは先ほどと同じように、また二人して手を繋ぎ帰っていった。

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