第21話 キリアムの覚悟

 左腕はもがれたように、なくなっていた。

 切断面はまるで木の枝を折ったように荒く、人の腕じゃないみたいだ。


『キリアム……』

「……うっかりしてた」


 イゴールが見下ろしている。と思いきや、僕はフィートくんの腕の中で、支えられたように寝かされていた。


「一体何が……」

「調合薬の、誤飲だよ。間違えた……」


 口はもう普通に動いたけど、話すのが恥ずかしい。


「――お前たち! そこから逃げろ!」


 その時、一瞬、ヴィンセントさんの声が聞こえた。

 直後、何か大きなものが振りかかり、地面が大きく割れるような音が聞こえ、気づくと僕はどこかへ投げ出されていた。

 おそらく3回ほど地面で跳ね上がり、転がりながら広場のどこかで止まった。

 痛みはあるし衝撃もある。

 それでも不思議と意識はあった。


 エドワードの調合薬のおかげだろうか。

 でもあれには腕力を向上させる効果しかないはずだ。

 顔を上げると、遠くにレアーナの姿が見えた。

 建物の壁にもたれながら、悲痛の表情で僕に手を伸ばしている。

 僕はその姿に薄っすらと笑みを浮かべていた。

 情けない……何も変わってない。


『キリアム、立てるか?』

「イゴール……僕は」

『間違いは誰にでもある』

「取り返しの、つかないミスだよ。左腕を失った。もう感覚もない」

『…………仕方ない。俺も気づくのが遅かった』

「イゴールのせいじゃないよ。僕のせいだ。調子にのってたんだよ。魔力を持ってるフィートくんと、一緒になって戦えていることが、嬉しかったんだ……」

『キリアム……』

「戦いに感情はいらないんだったよね。イゴールの話を聞かなかったことも原因の一つだ」


 その時、また体に激痛が押し寄せた。


「ぐわぁああああああああああああ!」

『キリアム!』

「あ、熱い……」


 体が熱い。左腕が焼けるように痛い。

 薬を誤飲した副作用だろうか。

 この痛みはどこまで続くのだろうか。

 僕はそれでもゆっくりと片腕で上体を起こし、足で踏ん張り立ち上がった。


『キリアム……』

「僕は騎士になるんだ。イゴール、僕は騎士になるんだよ……体が痛くたって寝ていられないんだ」

『……』

「うぐっ!……」


 痛む左腕を抑えたことで、マグロ切り包丁を落としてしまった。

 痛みで頭がおかしくなっているのか、僕は笑いながら包丁を拾う。


「フィートくん……」


 顔を上げると前方に倒れているフィートくんの姿を見つけた。

 ヴィンセントさんは助けてくれず、今も戦闘中だ。


「吸血鬼狩りに頼ること自体が間違いだったんだ……」


 ヴィンセントさんだって余裕がないんだろう。

 でも倒れているフィートくんを見た時、あの人に対して腹が立ってしまった。

 なぜフィートくんを助けてくれなかったんだろうかと。


 ゆくっりと歩き進みながらフィートくんの元へ辿り着く。


「フィートくん……」

「……キリ、アム」


 意識があった。


「ごめん、僕のせいでフィートくんまで……」

「キリアムのせいじゃないよ……それより、なんだか体がだるいな」

『キリアム、今はクリーチャーが先だ。フィートは大丈夫だろう。動けるなら戦え』


 イゴールの言葉にイラつきながら、フィートくんの上体を起こした。

 でもイゴールが急かすのも分かる。

 スメラギーの根は広場を囲む建物すべてをなぎ倒していた。

 いつまでもこうしてはいられない。

“分かってる”――とイゴールに視線で答える。


「フィートくん、レアーナのところまで行こう。あそこの方が安全だ」

『キリアム。助けたければもう一度血を飲ませてみたらどうだ。一万年前にも似たような生き物はいた。フィートと同じだと考えていいのかは分からねえが、飲めばさっきみたいな力を取り戻すんじゃないか』

「……フィートくん。僕の血を飲めば元気になる?」

「え」


 僕は瓶を取り出し、左腕から垂れていた血を小瓶に少量入れた。


『キリアム、出血がやばいぞ。回復薬をもう一度飲んでおけ。どうやら左腕ごと効能もどっかにいっちまったらしい』

「フィートくん、これを飲んで」

「……キリアム。ごめん」


 フィートくんは乗り気じゃないみたいだ。

 でも僕が差し出すと、一口飲んだ。

 するとフィートくんの頬や腕にあった傷が、みるみる治っていく。

 フィートくんの場合、魔力があるし回復薬ではここまで瞬時に治せなかっただろう。


「さあ、スメラギーをどうにかしよう」


 僕は回復薬を一口飲み、そう意気込んだ。


「でも、そんな腕で倒せるの? 僕は、体はどうにか動かせそうだけど、久しぶりに血を飲んだからか感覚がおかしいんだ」

「戦えそうにないってこと?」

「……うん。ごめん、多分足手まといになる」

『キリアム、フィートに頼ってんじゃねえ。さっきから表情に出てんだよ』

「……一人でも大丈夫だ。ヴィンセントさんだって一人だし」


 ヴィンセントさんは今もスメラギーの根を飛び越えながら立ちまわっていた。


 僕は肩を貸し、フィートくんをレアーナのいるところまで移動させた。


「キリアム。その腕……」


 レアーナは僕の腕を見るなり言葉を失っていた。


「対したことじゃないよ。それより、これ」


 レアーナに回復薬を持たせた。


「何かあったら使って」

「私は大丈夫よ。まだ魔力は残ってるから」

「念のためだよ、僕の分はある」


 マグロ包丁を手に取り、立ち上がった。


「キリアム、待って。まさか、スメラギーと戦うつもり?」

「……」

「無理よ! 腕がないし……それに、キリアムには魔力だってないのよ!」

『やたら傷に塩を塗る女だ。幼馴染の割にキリアムの痛みを知らねえ』

「僕を落ち込ませようとしてるんだよね」

「え……」

「落ち込ませて、ここから逃がそうと……だけど、逃げたら僕はその瞬間から落ちこぼれだ。今だってそうさ、僕は何もやってない。魔力が使えないからこそ、銀剣が使えないからこそ、それに勝る何を成し遂げる必要があるんだ」

「キリアム、死んだら終わりなのよ? スメラギーは騎士生の相手になるようなクリーチャーじゃないわ。一介の騎士でも勝てっこない、私たちにはまだ早すぎるわ」


 僕はイゴールを見た。


『俺に答えを求めてんのか? ぐだぐだ言ったが、後は自分で考えろ。だが騎士のままじゃ無理だ。キリアム、お前は調合師じゃなく騎士になりたいんだろう。それじゃあ勝てるもんも勝てねえ』

「調合と感情は関係ないだろ……」

「キリアム、どうしたの?」


 独り言にフィートくんが戸惑う。


『……お前は騎士にはなれねえ。少なくともそれは変わらねえ』

「なんだよ……なんで、そんな」

『騎士の定義はなんだ。教えてくれ』

「……クリーチャーを殺す者」

『そうか。一万年前もそうだった。騎士ってのは、その時からクリーチャーを殺す者を指す。人間でないものを殺すんだよ』

「……へえ?」

『キリアム、騎士よりハイドゥインの調合師の方が上だぞ』

「……」

『強くなりたいんだろ? だったら今のうちに覚悟をしておけ』


 イゴールが何を言っているのか、僕には分からなかった。


「――僕は、騎士になるんだ」


 僕は、スメラギーに向かって走り出した。

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