第19話 ウファナ・プティカ

「俺の名前を憶えていたとは。名乗っていなかったはずだが」

「ワルドナー先生がそう呼んでいたので……」

「そうか。それよりお前たち何の真似だ。今は非常事態だろ。町にクリーチャーが溢れ、避難勧告も発令されているはずだ。騎士生がのこのこ出てきていいはずもない。そこの坊主!」

「は、はい!」


 ヴィンセントさんは根っこを片手で受け止めながら、フィートくんに声をかけた。


「あそこで寝転がってる民間人とを連れて、さっさとここから避難しろ。直ぐに次の手が……」


 するとヴィンセントさんがフィートくんを見て、言葉を止めた。


「何故だ……何故お前のような者がこんなところにいる?」

「え」


 戸惑うフィートくんをヴィンセントさんは何故か突然に睨んだ。


「ヴィンセントさん、彼は僕の友人です」

「友人だと……お前、正気か? 仮にも貴様はリリーの家の坊主だろ」

「え、何で僕のことを知って……」

「調合術を習得しているなら奴らの生態についても少しは学んでいるはずだ。友人だというなら一緒にいて気づかないがずはない。奴は……」

「――知ってます」


 僕はそう言い切った。

 それから、戸惑いその場で固まっているフィートくんを見た。


「フィートくん、大丈夫だよ。僕はなんとなく気づいてたけど、だからって気にするようなことじゃないし」

「……いつ、気づいたの」


 フィートくんは低い声でそう尋ねた。


「森で僕にジャグロジーの葉をくれた時」

「あの時か……ふっ、僕も詰めが甘いな」

「貴様、《ウファナ・プティカ》だな。なぜお前のような者が人間の国にいる」


 ヴィンセントさんの言うウファナ・プティカとは差別用語であり、ある特定の種族を指す言葉だ。

 そしてヴィンセントさんはそのとある種族を専門に狩る者。

 僕だってその名前くらいは聞いたことがある。

 なぜならヴィンセントさんはウォールハーデンの騎士学校を首席で卒業しておきながら、この国に仕えず放浪の狩人となった珍しい人だからだ。

 騎士の落ちこぼれでも、その名が密かに語り継がれていることは知ってる。


「吸血鬼狩りのヴィンセント……」

「俺の異名まで知っていたか。坊主。では聞くが、さっきの言葉は本当か?」

「フィートくんは友人です」

「こいつは吸血鬼だ。それも高位のな。だがスメラギ―の根っこごときに手こずるとは、貴様、血を吸っていないな?」


 そういえばイゴールがフィートくんを見て、断食がどうとか言っていた。


「僕には必要ない」

「これしきも受け止められないのにか」


 ヴィンセントさんは常に冷静で、馬鹿にしているわけでもなく、その低い声で温度を変えずに尋ねた。


「……必要ない」

「坊主、何か小瓶を持ってないか」

「ありますけど」

「一つ貰えないか」


 突然そんなことを言うヴィンセントさんに、僕はポーチから小瓶を出して渡した。


「え、ヴィンセントさん!」


 ヴィンセントさんはいきなり銀剣で自分の腕の皮膚を薄く切った。

 そして垂れる血を小瓶に入れた。


「フィートとか言ったな、これを飲め」

「……なんでですか」

「いいから飲め。ウファナ・プティカの力は役に立つ。俺の専門は吸血鬼狩りであり、見つけた者は差別なく殺すのが仕事だ。だがウファナ・プティカは別だ。本命はお前たち高位の吸血を目的に狩人になったが、お前たちを相手にするとなると、俺も色々と覚悟や準備が必要になってくる。どこの出身者か知らないが、今は手を出すつもりはない。分かったら大人しくこれを飲め。どうやら俺がいない間にウォールハーデンのレベルは下がってしまったらしい。周りの騎士では使いものにならない」

「嫌だ」

「なんだと」

「あんたの血なんか飲みたくない」

「……好みにうるさい奴だ。坊主。貴様、ハイドゥインの家の者だというなら輸血針を持ってるだろ」

「え、はい。これのことですか?」

「それだ、貸してくれ」

「構いませんけど……」

「助かる」

「――ぐっ!」

「ちょっと血を貰うだけだ」


 ヴィンセントさんはいきなり僕の腕に輸血針を刺し、血を吸い取った。


「どうだ、こいつの血なら飲めるだろう? ウファナ・プティカが何の理由もなしに、近くに人間をおいておくわけがない。貴様はこいつの血の匂いに惹かれたんだ」

「うっ……」

「フィートくん?」


 フィートくんは突然、手で口と鼻を抑え始めた。


「本能がこれを欲している。それでいい、早くしろ。本体であるスメラギ―が舞ってる上に、町にはサマラがまだいるんだ。俺はこいつらを始末しくてはいけない、依頼だからな」

「うっ……やめろ……」

「なぜ拒む、別に悪いことをしようってわけじゃないだろう。今や人間が吸血鬼に血を提供することも珍しくない。そうやって生きている人間もいるくらいだ。それに理性のあるウファナ・プティカは比較的危険度も低い。敵に回すと厄介だがな」

「蓋を……閉じろ」


 ヴィンセントさんは苦しむフィートくんに近づき、僕の血の入った輸血針を向けた。


「坊主、後で輸血針の代金は払う。今は建て替えておいてくれると助かる」


 そういって輸血針の針を折り、瓶をフィートくんにもう一度向けた。


「僕は……」

「何を拒むことがあるんだ……ああ、そうか。心配するな、お前の身の安全は俺が保証してやろう。これでも昔はウォールハーデンの騎士だったことがある。国王の頼みで数日間だけ銀騎士として仕えていたこともあるんだ」

「そうじゃ、なくて……」

「ヴィンセントさん、フィートくんはあまり乗り気じゃないみたいなので」

「乗ってもらわくては困る。これは対等な取引ではない。黙っていてやるから大人しくこれを飲め、そう言っているんだ。できれば無駄なやり取りはせず穏便に話を終えたかった」


 フィートくんは瓶に入った血を見ることすら避けていた。


「坊主がこの間つれていたミニークンクですら、防壁内への出入りは認められていない。だがクリーチャー厳禁などという法律はない。クリーチャーをペットにと考える者など、この辺りの土地にはいないからだ。だが吸血鬼は違う。この国もそうだが、吸血鬼を、それもウファナ・プティカの入国を認める国などない。こいつらは人間にとって脅威だ。俺が気づけたのはまだこいつが幼く、匂いを発しやすかったからだ。大人になればこの体臭も消え、人間と見分けがつかなくなる。物知りなキリアム・ハイドゥインなら知っているだろう。各国が吸血鬼にどれだけ手を焼いているのかということを」

「飲まないと、喋るってことですか……」

「お前次第だ。吸血鬼狩りを生業にしている俺が違うと言えば、あきらかにお前が吸血鬼の風貌をしていようとも、誰もお前を吸血鬼とは思わない。ウォールハーデンは平和な国だが、吸血鬼はつかまれば子供でも死刑だ。さあ、どうする」


 フィートくんは直ぐには答えなかった。


「…………分かりました。飲みます」


 しばらくしてそう言うと、瓶を受け取った。


「キリアム、黙っててごめん……」

「別にいいよ」


 そう言うとフィートくんは一気に僕の血を飲み干した。

 直後、落とした瓶の割れる音が聞こえた。

 フィートくんは首に手を当て、何故か苦しそうにしている。


「渇きとは常に、徐々に満たすものだ。一度に突然に満たすものではない。理由は知らないが、こいつは人間の血を絶っていた。想像はできないが、それなりの苦痛は伴うだろう」

「ぐわぁあああああああ!」

「フィートくん!」


 首を掴みながら両膝をつき、フィートくんはその場に倒れる。

 僕は直ぐに駆け寄り、背中をさすった。


「キリアム。離、れて……」

「……」

「早く……」


 フィートくんは苦しそうにそう言った。

 僕は躊躇うも、直ぐに離れた。

 ヴィンセントさんはその場から少し離れ、辺りのサマラの様子を窺っていた。


『キリアム、吸血鬼ってのはなんだ?』


 そこでイゴールが突然そんなことを尋ねてきた。


「……なんで知らないんだよ」


 僕はヴィンセントさんに聞こえないように小声でそう尋ねた。


『一万年前にはいなかったもんだ』

「人間の血で生きるクリーチャーだって言われてる」

『なるほど。じゃあフィートは……』

「フィートくんは違うよ。彼はウファナ・プティカだ。その、これは人間が“なりそこない”の意味を込めてつけた名前だから、あまり言っちゃいけないんだけど、普通の吸血鬼は日光に弱いから、夜行性で日中は姿を見せないんだ。洞窟や森の奥に潜んでるんだよ。そして人間の言葉を理解したりもしない。でもフィートくんのような高位の吸血鬼は違う。人間の言葉が分かるし理性もある。特に成人を過ぎると匂いが消えて普通の人間と区別がつかなくなるから、大きな国では人間に紛れている吸血鬼も少なくない」

『なるほど、つまりそれだけ危険だってことか。脅威が直ぐ傍にいることに気づけないわけだからなあ』

「……そう考える人もいるけど、それ以外は人間と変らないよ」


 そこでフィートくんの叫び声が止んだ。

 見るとフィートくんの体を漏れ出す煙が包んでいた。

 それが徐々に晴れ、フィートくんの姿が見えてくる。


「フィートくん……って、え!?」


 驚愕した。


「これは驚いた……」


 不意に隣に現れたヴィンセントさんは声を漏らした。


「フィートくん……え、フィートくん、だよね?」

「ごめん、キリアム。僕は、実は……」


 そこにいたのは胸元に膨らみのある、長い銀色の髪を垂らした女性。


「女なんだ……」


 フィートくんは、女性だった。

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