第18話 僕だって……。

 レアーナは僕の様子に驚いていた。


「それに、まだその剣のこと、聞いてなかったわよね?……」

「これは……調合術だよ。知ってるだろ?」

「……惚けないで。調合薬にこんな効果はないわ。それに……」


 レアーナは何故か言葉を詰まらせた。


「その目は何?」

「え……」

「まるで……猫の目みたい」


 僕はレアーナの後ろにいるフィートくんを見た。

 するとフィートくんはびくっとした後、まるで取り繕うように苦笑いを向けた。


「それにこの手!――」


 急にレアーナが僕の左手を取った。

 そして軽く振りかかった血しぶきを手で拭ってくれたかと思うと、「どういうこと」と呟く。


「血管が浮き上がってるわ……」

「わっ、ホントだ!」


 今知った。僕の手の血管がいつもよりも浮き上がっている。

 これも薬の効果なのか。


「ホントだじゃないでしょ! どういうことか聞いてるの!」


 レアーナが急に怒り出すので、僕は思わずのけ反ってしまった。


『この女は何を怒ってやがんだ?』


 僕が聞きたい。


「何よ、調合って……」

「……調合は調合だよ。魔力がなくても戦えるように作ったんだ」

「でも瞳もおかしいし、手もこんなだし……普通じゃないわ」

「……普通だよ。それよりほら、サマラだって倒せた。これで僕も騎士になれる」

「――なれないわ」

「え?」

「なれるわけないでしょ? これは、ウォールハーデンの技じゃないわ」

「……なんで」


 なんでそんなことを言うんだろうか。

 それも幼馴染の僕に……。


「僕だって……」


 その先の言葉が出てこなかった。


「もういいよ」


 僕はレアーナを素通りし、フィートくんの元へ歩いた。


「フィートくん、残りのサマラも倒してしまおうよ」

『キリアム、油断すんじゃねえぞ。それと心を乱すな。戦いに感情は必要ねえ、斬れる時に斬る。それだけだ』

「フィートくん?」

「え……ああ、うん。そうだね。そうしよう」


 一拍遅れてそう答えたフィートくんと一緒に、まだ広場で抗戦を続けている騎士の元へと向かう。


「――キリアム」


 またレアーナの声が聞こえ、僕は立ち止まる。


「小さい頃にキリアムが教えてくれた調合と同じ、なの?」

「……」

「今、自分がどんな姿をしているのか、キリアムは分かってるの? フィートくんだって、キリアムがそんな姿だから、こんな顔をしてるのよ?」


 僕は横目でフィートくんを見た。

 他人の目は時に自分自身を映す鏡だとか、そんな一文を本で見たことがある。

 じゃあフィートくんのこの苦笑いは何を意味してるんだろうか。

 僕はそんなに苦い人なんだろうか。


「ハイドゥインの調合術だよ、レアーナだって知ってるでしょ」

「私はそんなの知らないわ。知らないけど、どう見たって普通じゃないわ。瞳の色もおかしいし、血管だって浮き上がってる」

「鏡は持ってないんだ……」

「茶化さないで!……冗談で言ってるわけじゃないのよ?」

『……』


 出会った時から、いつものように隣にいるイゴールの顔を見上げた。

 でもイゴールは何も言わない。


 飲めば強くなれる。

 これがハイドゥインの調合術だ。

 イゴールは特に説明もなく、そう言った。

 なんで強くなるのかとか、詳しいことは聞いてない。

 マグロ切り包丁の簡単な使い方は教えてくれたけど、筋がいいとか、僕を褒めるだけで、どうしてこの剣が銀剣と違ってこんなに長いのかとか、詳しいことは教えてもらってない。

 だけど……。


「レアーナ、僕には魔力がないよね?」

「……」

「ってことは、ウォールハーデンでは、まず騎士にはなれないってことだ。それはいくら努力しても変えようがない。レアーナはそれでもがむしゃらに努力とかいう実体のない行動を続けろって言うの?」

「私は……」

「僕は騎士にはなれない。レアーナに言われなくても、そんなことは僕が一番よく分かってるよ。実技の授業で周りが易々とリトルバースを覚えていく中、僕だけがいつになっても使えず、棒立ちでみんなの嬉しそうな顔を眺めてるんだ。その時の気持ちがレアーナに分かる?」

「……」

「でも腐ってなんかいられない。僕には店のことだってあるし、おばあちゃんやミーナだっている。落ちこぼれたなら、別の方法で強くなるしかないんだ。それが僕にとってはこの調合術さ。レアーナには分からないんだ……僕は今、僕がこれまで何気なく、でも必死に学んでいたことが、少しでも無駄じゃなかったとそう思えてるんだよ。僕が町はずれの道具屋の子供だと知っている同級生は、“薬学だけ学んでいればいいのに”って、すれ違いざまにそう言うんだよ。ミニークンクを追い払えたとしても、中にはまだそう言ってくる生徒はたくさんいる。このままじゃ何も変えられないんだよ。だってレアーナも行ったとおり、魔力がないんじゃ騎士にはなれないからね」

「キリアム。私は別に、そういう意味で……」

「いいよ、気にしなくて。レアーナが僕を見なくなったのは、今に始まったことじゃないし」

「“見なくなった”?……」

「……自覚がないんだね。君がお父さんに初めてリトルバースを教えてもらったと、そう言って僕にも教えようとした、あの日からさ。行こう、フィートくん。ここ以外にもサマラがいるみたいだ」


 薬が効いているのか、感覚が研ぎ澄まされている。

 広場の外に複数のクリーチャーの匂いを感じる。

 エドワードは常にこれほどの感覚で生きているのか……道理でニックの居場所が分かるわけだ。


『キリアム、なんだか知らねえが数が増えてきやがった。それにサマラとも違う別の匂いもする。念のため、そこに寝転がってるサマラから根っこと心臓を取り出しとけ。今ならまだ新鮮な血が取れる』

「……うん。分かった」

「キリアム? “分かった”って?」

「なんでもないよ。フィートくん、サマラの採取をするまでちょっと待ってくれる?」

「え、うん。別にいいけど……」

「ごめん」


 僕は直ぐにサマラの解体に入るため、背中の小さいリュックサックから蕎麦包丁を取り出した。


『まずは根っこだ。根元から一気に叩き切れ』

「うん……」

「キリアム?」


 レアーナの心配する声が聞こえた。

 二人には僕がブツブツと独り言を喋ってるように見えているだろう。

 でもそんなこと、気にしていられない。

 僕はイゴールの指示に従った。


『次は根っこをみじん切りにしていけ、細かい方がいい。あとで小瓶に一かけら入れる』

「……これでいい?」

『ああ。かけらを三つだけ取って、あとはリュックの中に入れておけ。空きの小瓶を三つ用意しろ、そん中にそのかけらを入れるんだ』

「……それで?」

『次は心臓だ。輸血針をサマラの心臓に刺して吸い取れ。吸い取ったらそれぞれ小瓶に少量入れろ。それが終わったら最後に、さっき買った酒を小瓶が満たすまで注げ、それで終わりだ』


 僕はイゴールが教えてくれた調合を覚えながら、一通りの作業を終え、三つの薬を作った。


「これを飲めばいいの?」

『違う、それは飲むもんじゃねえ。投げて使うもんだ。ハイドゥインでは捕縛剤と呼んだ』

「捕縛剤……」

『使う時は敵に投げつけろ。一時的に対象の動きを止められる。いいか、キリアム。調合ってのは何でもかんでも取り込めばいいってもんじゃねえ。中にはこの根っこのように、体内に取り込むとえらいことになるもんもある。サマラの場合、体に取り込む場合は根っこは加えずに、血液とハーフリブだけで作れ。本当はそこに酒を加えるが、今はまだお前の体が馴染んでねえし、入れねえほうがいい』

「……分かった」


 イゴールの説明は断片的に分かりにくい部分もあるけど、不足している部分は僕が勝手に頭の中で補填してる。

 それがいいことかどうかは分からないけど、今はそれでいいだろう。

 僕はもう一つ小瓶を用意し、サマラの心臓で作った強化薬を一本だけ作っておいた。


「フィートくん、待たせてごめん。さあ、クリーチャーを狩りに行こう」

「……うん」


 そう声をかけながら素材をリュックにしまい、各種小瓶をジッパー付きのポケットにしまっている時だった――

 ――突然、広場を囲んでいる周囲の建物が一斉に倒壊した。


「なっ!」


 一体なにが起きているのか、大きな揺れと音で襲い、広場全体に砂煙が舞った。


「キリアム!」


 レアーナの声が聞こえる。


「レアーナ! フィートくん!」

「キリアム、僕はここだ!」

「え、どこ!」


 視界が悪く、二人の居場所が分からない。


『キリアム、無理に探す必要はねえ。これしきのことで惑うな。この煙は直に止む。二人はそれから探せばいい。何より、お前には他に考えることがあるはずだ。調合師ってのは常に冷静に状況を判断するもんだ。なぜ砂煙が舞ったのか、それは建物が崩れたからだ。じゃあ何故、建物は崩れたのか。老朽化? 違う……クリーチャーの仕業だ。今のお前には匂いが感じ取れるはずだ。だったら分かるよな』

「……うん。そこに、何かいる」

『そうだ。常に警戒は解かず冷静でいろ。そして分析しろ。腐る必要はねえが、魔力を使えない自分の弱さも認めろ、二人はもしもの場合、バースでどうにかできる。とっさに波動で障壁でも作りゃあいいだけだ。だがお前は違う。今は強化薬の効果が続いてるし大抵の物理的衝撃は耐えられるだろう、だがもろに受けることは間違いねえ。それがとっさともなれば避けようがねえ』

「さっきから思ってたんだけど、イゴールが初めて会った時にくれた薬じゃダメなの? あれを飲んだ時はもっと力が出せたような気がするし、瞬発力だって比じゃなかったような気がする。今は腕の力しか出せないんだ」

『そりゃそうだ。エドワードの調合薬は動きまではカバーしてくれねえ』

「じゃあ……」

『あれはもうねえ』

「ない?」

『あれはマヤの形見に俺が持ってたもんだ。あいつが最後に作り、俺にくれたもんだった』

「形見って、そんなものを……」

『調合薬は使ってこそ意味がある。マヤもあれで本望だ。だがあのレベルの調合薬を、今のお前には連続して使えねえ。まだ体ができてねえんだ、だが今はそんなことも行ってられねえ。まずはこの砂煙が収まったら、周囲を確認し、それからどうするのか。それだけ考えてろ』

「……分かったよ」


 そして砂煙が晴れていく。

 周囲の建物も倒壊しきったのか、物音も止み、揺れも収まっていた。

 そして視界が開けた時、僕は前方を見つめたまま、体が固まってしまった。


「なんだ、あれは……」

「キリアム!」

「え……」


 左側からレアーナの声が聞こえ、振り向くと彼女の姿があった。

 その直後、何かの影がレアーナを襲い、一瞬にして彼女の姿が視界から消えた。


「きゃああ!」

「レアーナ!」


 それは大きな根っこだった。

 サマラのよりもはるかに大きな根。

 それがレアーナに直撃し、彼女は後方へと投げ飛ばされた。


 さらに広場で戦っている別の騎士にも、その根は向けられていた。

 不意を突かれた騎士たちは、反応できず次々と飛ばされていく。

 そんな光景が視界に入ってきた。


『キリアム! ぼけっとしてんじゃねえ!』


 イゴールの怒号が聞こえ、反射的に視点が切り替わった時、正面からもの凄い速さで近づいてくる、大きな根の姿が見えた。


『キリアム!』


 イゴールの焦るような声が聞こえたけど、ダメだ。反応できない。

 反射的にマグロ切り包丁を構えるも、この場合は回避すべきだと判断ミスに気づく。

 でももう避けられない。

 そう


 思った時、僕の正面に誰かの影が現れ、その太く尖った根っこを受け止めた。


「え……」


 見るとその人が手に持っているのは銀剣だった。

 つまり騎士だ。


「なんだ、この前の坊主じゃないか。俺の剣を受け止めた割には大したことないなあ。スメラギー相手に目をつむるとは」


 僕は気づくと少し目を閉じていた。

 ここにきて臆病な自分が出てしまったんだ。


「あなたは……ヴィンセントさん」


 そこには銀剣で巨大な根を受け止める、ヴィンセントさんの姿があった。

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