第17話 エドワードの調合薬

『キリアム!』


 イゴールの声が聞こえたような気がした。

 フィートくんの声がきこえ、レアーナの声も聞こえた。

 でもまたその直後、次は叩きつけられるな衝撃が数回連続して続き、気づくと僕は地面に転がり倒れていた。

 でも今、自分がどうなったのかが分からない。

 急に何かに飛ばされた。

 僕は意識が朦朧とする中、ゆっくりと上体を起こし、力を入れて首を持ち上げながら周囲を見渡した。

 ――サマラだ。

 僕の視線の先に、もう一体別のサマラがいる。

 既にフィートくんが向かい合っていた。

 レアーナはもう一体のサマラと交戦中だ。

 でも防戦一方といった感じで、ただムチのようにしなる根っこを受けている。

 でもそれもかろうじてといったところだ。


『キリアム、大丈夫か?』

「うん……さっき飲んだ回復薬が効いてるみたいだ」

『へっ、魔力がなくて良かったな。あったらそうはいかねえ』

「キリアム! 返事をしてくれ!」


 フィートくんの声だった。


「僕は大丈夫だから!」


 そう答えると、フィートくんの笑った横顔が見えた。

 でもその表情は苦しそうだった。


『あいつ、断食でもしてんのか?』

「え?」

『初めて見た時からおかしいとは思ってたが、まあ普通に考えりゃ普通なわけねえわな』

「なんの話だよ」

『お前も分かってんだろ?』

「……まあ。うん」

『それより直ぐに強化薬を飲め。サマラがこんだけいんだ、これだけのはずねえ』


 僕はポーチを開け、中から強化薬を出した。


「キリアムは早く逃げて!」


 レアーナの声がした。

 サマラの攻撃は素早く、レアーナの足や腕には無数の切り傷がついていた。

 軽やかに動き回りながら避けていたレアーナの動きが、徐々に遅くなっていく。


「キリアムには魔力がないんだから無理よ!」


 普段なら絶対に言わないセリフだ。

 レアーナはそんなことを言えば僕が傷つくと分かっているから。


「君は何を言ってるんだ! キリアムだって騎士生なんだ! 戦えるよ!」

「あなたはまだキリアムと出会って日が浅いから知らないのよ! キリアムには魔力がないの! リトルバースは使えないのよ!」

「でもキリアムには知識がある! 博識なんだ、キリアムは!」

「実践じゃ本は役に立たないわ!」


 二人が背中合わせに問答を繰り返している。

 でもレアーナの言っていることはもっともだ。

 僕には魔力がないし、バースが使えない。

 今だってバースがあるから、二人は波動で根っこを防いだり、剣だけじゃ防げない攻撃を弾いたりしている。

 さらにバースは相手の表面に張り付かせることで相手の動きを読むこともできる。

 これはそれなりに高度な技だけど、だからこそウォールハーデンの騎士は鎧を纏わずに戦える。

 そして、だからこそ騎士には魔力が必要なんだ。

 僕は騎士にはなれない。


『キリアム、飲む方でいい。ぐぐっといけ』

「うん」


 ただ僕にはこれがある。

 まだ誰にも強化薬のことは説明してない。

 でもレアーナは不思議に思ってるだろう。

 んな無様に飛ばされていなければ、ヴィンセントさんの剣を受け止めた時みたいに、それなりには戦えるんじゃないかと、そんな可能性を抱いてくれていたかもしれない。

 だから行動で示してみる。

 僕はエドワードの調合薬を飲んだ。


「ぐっ……」


 その瞬間、体に凄まじい激痛が走った。


「ぐっ……ぐわあ!……」

『我慢しろ、直ぐにおさまる』


 イゴールの言う通り、その痛みは直ぐに消えた。

 でも気づくと鼻血を出していた。


『効いてる証拠だ。気にすんな。だが確か試飲してなかっただろ?』

「うん、そう言えばそうだね」

「だろ? 一回で調合を成功させるとは大したもんだ。普通は一度じゃ上手くいかねえ。婆さんに感謝しろよ」

「おばあちゃん?……うん。そうだね」


 意識と視界が鮮明になった。

 それから辺りの悲鳴や人の血の匂いが敏感に感じ取れる。

 僕は傍に落ちていたマグロ切り包丁を拾った。


『それは調合師の命だ。もう落とすんじゃねえ。さあ、とりあえずあの二人を助けてやろうぜ』

「うん!」


 僕は次の呼吸をした直後、地面を強く蹴り、二人の元へ駆けた。


「キ、キリアム!? なんで逃げなかったの?」


 まずはレアーナからだ。

 レアーナは僕の姿を見るなり、まだいたのかと驚いていた。


「レアーナ、しゃがんで!」

「え?」

「いいから、しゃがんで!」


 レアーナは戸惑いながら、反射的に僕の指示に答えて姿勢を低くした。


『キリアム、やり方は分かってんな?』

「本で呼んだ!」


 直後、サマラの腹にマグロ切り包丁を突き刺した。


「ソウヨネ……」

『もっと腰を入れろ!』

「わ、分かった!」


 そして刃を上に向けてねじり、左手で刃を支え、一気に上へ押し上げる。

 腹、みぞおち、胸、そして肩へと切り抜いた。

 サマラの上半身が切り開かれ、ブラブラと腕が不安定に揺らめく中、体から血が噴き出した。


『キリアム、丁度いい。空いてる瓶で血を採取しておけ。新鮮が一番だ』

「う、うん」


 イゴールに誘導され、僕は小瓶を取り出し直ぐに吹き出した血を集めた。


「このくらいでいい?」

『根っこも欲しいが、今はそれでいい。あっちを助けてやろうぜ』


 次はフィートくんだ。

 僕は直ぐに振り返り、フィートくんの方へ走った。


「フィートくん! バースで動きを封じて!」

「キリアム!?」


 どうやらフィートくんは僕の気配に気づいていなかったらしい。


「さあ、動きを封じて!」

「うん、分かった!」


 するとフィートくんは直ぐに手をかざし、サマラの動きを封じた。

 そう長くは続かないだろうけど、この一瞬だけで十分だ。


「はぁああああああ!」


 僕はマグロ切り包丁を左手で握りしめ、右手を刀身に添え、サマラの体に飛び込み、そのまま押し出すように切り込んだ。

 バースで動きを封じられているサマラは動けず、僕の刃の圧力を後ろへ逃がせない。

 刀身は腹に当たり、そのままゆっくりと刃は肉を裂き、サマラの腹を深く斬った。


『まだ未熟だな』


 イゴールの言う通り、僕が未熟なの切断することはできなかった。

 でも、サマラの体は後ろへ倒れるように、上半身だけがゆっくりと折れた。

 直後、体内の臓器が露出し、血が噴き出す。


「イゴール、まだ聞いてなかったけど。これってどういう薬なの?」

『エドワードの特徴はその細身に相応しくない腕力だ。お前は今、エドワードの腕力を得てるんだよ』

「そういうことか……」

「キリアム」


 背後で声が聞こえた。

 振り返るとそこには茫然と僕を見るレアーナの姿があった。


「どういうこと……どうして、キリアムにこんな力が……」

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