第16話 サマラ
『見た目は酷えが傷はそれほど深くねえ。てめえは痛みに怯えてるだけだ。そして刃を抜いてくれている妹に頼っているだけだ。血も繋がってねえ妹になあ』
「お兄ちゃま、じっとしていてください!」
「……」
『銀剣にしろマグロ切り包丁にしろ、剣を握った時点で斬られる覚悟はあったはずだ。いつかは痛みに襲われることもあると、それくらいは予想できていたはずだ。キリアムよ、お前はこれからも落ちこぼれであり続けるのか?』
「……」
イゴールの言っていることは間違ってない。
痛みで麻痺しているのか、体は動かしにくいけど、動かないわけじゃない。
ほら、指だって動く。
『お前は騎士じゃねえんだ。調合師が傷を負ったら、まずは何をする? それすら俺に教わるつもりか?』
「……ミーナ」
「お兄ちゃま、今は喋らないでください! 傷が開きます!」
「僕のポーチから、回復薬を、取ってほしいんだ……」
「お兄ちゃま……」
「頼む」
ミーナは一瞬、戸惑いを見せたが直ぐに思い出したように僕のポーチを開き、中から回復薬を取り出した。
「お兄ちゃま、口をあけてください」
「自分で飲む……」
『へっ、それでいい。調合師は単独で行動するもんだ。騎士とは違い、単独で向かい合える力が必要なんだ』
僕はガラスの刺さった動かしにくい腕を動かし、ミーナから回復薬を受け取ると、それを口元に運び、一気に流しこんだ。
「キリアム、僕がリトルバースで治癒力を高めようか?」
フィートが心配そうに言った。
『余計なことさせんじゃねえ』
「いいよ……自分でできる」
回復薬の効果が表れるのは早く、傷口がふさがりボロボロとガラス片が床に落ちていく。
瞼の傷もふさがり、視界が晴れてきた。
「みんな、店の人たちに回復薬を少しずつ飲ませてあげて、少ししか持ってきてないから、少しずつ」
『他人なんか放っておけ、どうせ命に別状はねえよ。それより外にクリーチャーの匂いがする』
イゴールはそう言いながら窓の外を眺めていた。
「……レアーナ、フィートくん。さあ、これを……」
イゴールの舌打ちが聞こえた。
『キリアム、傷が癒えたらクリーチャーを探しにいくぞ』
そこで僕の傷がすべて癒えた。
体から湯気のようなものが微かに吹き出し、傷がすべて塞がっている。
そして手を二回ほど握り、動く感触を確かめる。
「ミーナ、ニックを頼むな。どうやら町にクリーチャーがいるみたいなんだ」
『そのうち自分でも分かるようになれよ』
「クリーチャーですか?……分かるのですか?」
「……何となくそんな気がするだけだ」
「キリアム、傷はもういいの?」
薬を配り終えた二人が戻ってきた。
「動いたら傷が広がるんじゃない?」
レアーナは僕の体を心配そうに見ていた。
ガラス片のせいでローブがめちゃくちゃだ。
中に学生服を着てなくて良かった。
「ああ、もう平気さ。それより町にクリーチャーがいるみたいなんだ」
「クリーチャー?」
そう言ってフィートくんは不思議そうな顔をしたかと思うと、鼻をミニークンクのようにくんくんととがらせ、周囲を確かめ始めた。
「……ホントだ。確かにクリーチャーの匂いがする」
「え、フィートくん。分かるの?」
「うん……キリアムも匂いが分かるんだろ? そうじゃないの?」
「いや、そうだけど……」
僕の場合はイゴールに教えてもらっただけで、匂いなんか分からない。
『大したもんだ。流石、人間とは……ま、俺には関係ねえか』
レアーナは僕らの二人の会話を不思議がっていた。
『キリアム、おそらくこの方角だ』
イゴールが指差したのは広場の方角だ。
店の外を見ると人の群れのそっちの方から逃げてきてる。
「広場で何かあったみたいだ」
「じゃあ行ってみましょ」
「え、でもレアーナ。いいの? クリーチャーがいるかもしれないんだよ?」
「でも行くんでしょ? それに騎士の銀剣はそのためにあるのよ。こんなところで隠れてはいられないわ」
「キリアム、僕もついていくよ。多分キリアムのことだからまた習性を知ってるとか言ってちゃちゃっと片づけちゃうんだろうけど、心配だし」
『今回はそうはいかねえぞ。ニックとはわけが違う』
「あれはニックだったからだよ。他のクリーチャーならそうはいかない。僕には魔力がないんだ……」
「じゃあなんで行くの? 助けに行くって言ってたけど……」
イゴールの言葉に流されて、説明を考えてなかった。
僕は何を考えているんだろうか。
少し強くなれる調合を覚えたせいで、過信してるんじゃないか。
『迷ってる暇なんかねえぞ。だが行きたいくねえならそれでもいい。なんども言うが、お前には責任まで引き継がせるつもりはねえ』
「またその話か……」
思わず出た言葉にレアーナとフィートくんが疑問を浮かべた。
「……とりあえず行こう。危なくなったら逃げればいいし、話はそれからだ」
僕には何故か躊躇いがなくなっていた。
▽
本当は騎士になりたいんだ。
名誉もほしいし恵まれた暮らしもほしい。
でも一番は、誰かに認めてほしい……そんな独りよがりな感情を心にしまい、広間についた時、そこには思ってもみなかった惨状が広がっていた。
「これは……」
フィートくんはその光景に言葉を詰まらせていた。
「キリアム。これは……私たちには手に負えないわ」
レアーナは茫然としていた。
広場の中心にある大きな噴水が、赤く染まっている。
そこには数人の死体が浮かんでいた。
広場のいたるところや、町へと抜けていくいくつかの道の先に向かって、何人もの死体が続いていた。
おそらく逃げようとしていたんだろう。
どこを見渡しても広場は血が飛び散り、真っ赤に染まっていた。
「ソウヨネ……ソウヨ……」
そこにはクリーチャー、サマラの姿があった。
「あれは、サマラ……」
レアーナもその姿に気づいた。
サマラとは長い黒髪と裸体の女性のことだ。
でも下半身は蠢く気の根っこで、人間とはまったく違う。
その裸体に誘惑され、魅せられた者は、その根から生気を吸われ殺される。
サマラは基本的に深い森の中に生息しているもので、時々襲われた旅人の遺体が目撃され、それらが干からびてミイラ化しているのはそのせいだ。
そして何故かは分からないけど、“ソウヨネ”なんていう奇妙な言葉を発する。
辺りでは既に何人かの騎士が交戦中だった。
でもサマラは複数いて、騎士の数が足りないのか手こずっているようだった。
「キリアム、どうするの……」
レアーナは周囲を警戒しながら横目で僕に問う。
「どうするって……」
『一人でも多く殺せ。そのために来たんだ。昨日作った強化薬は持ってきてるだろうなあ』
強化薬はちゃんとポーチの中にある。
「キリアム、相手はサマラだよ? ほら、見てよ」
フィートくんが何を言わんとしているのかは分かる。
サマラは全長が2メートル以上あり、それは大人の頭が丁度サマラの下半身と上半身の境目と並ぶくらいだ。
見ていると、多くの騎士の剣はサマラの根っこにしか届いていない。
サマラの根は固く、銀剣の刃でもそう簡単には切れないと本で読んだことがある。
だから本当は女体の方を斬る必要があるんだ。
でも背が足りず、根の動きも早くてそれどころじゃない。
「僕はサマラは苦手だよ。知ってるかい、あれは人間の血を吸うんだ」
それも本に書いてあった。
生気とは主に血液のことだ。
「キリアム!」
その時、レアーナの緊迫した声が聞こえた。
振り向くと目の前に凄い勢いで一体、サマラが迫っている。
「フィートくん、もう逃げられないよ!」
「しっ、仕方ないか……」
二人は腰の銀剣を抜き、僕は背中のマグロ切り包丁を抜いた。
でもその時だった――
――お腹の辺りに突然、とてつもなく重い何かがのしかかり、その直後には、僕はどこかへ飛ばされていた。
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