第15話 騒動

「レアーナ! お久しぶりです!」


 僕が茫然としていると、ミーナがそう言ってレアーナに抱き着いた。

 間が埋まってよかったとホッとした。


「レアーナ、こんなところで何をしてるの?」

「キリアムこそ、酒屋に用があったの?」


 レアーナは手に持っているウィスキーを見て、不思議そうに尋ねた。


「そ、そうなんだ……調合に使うんだよ」

「調合にお酒を?……いつからお酒を使うようになったの?」


 僕が幼少の頃から学ぶ調合術は、酒なんか使わない。

 医療用のアルコールを少量使うことはあるけど、酒屋に売っているような類のものはまず使わないし、レアーナも少しだけどそれを知っている。


「前からだけど」

「……そうなんだ」

「レアーナも一緒に昼食を食べに行きませんか!」

「え、昼食?」

「はい!」


 ミーナ……ただでさえ気まずいのに。

 でも、丁度いいかもしれない。

 誤解は解けただろうけど、まだレアーナとの間にできた溝は埋まってない。


「今から昼食を食べに行くんだよ、レアーナもどうかな」

「いいの?」

「もちろん」


 僕はなんとか笑みを作り、そう答えた。




 ▽





「でもまさかキリアムが学院始まって以来の輝度の持ち主と知り合いだとは思わなかったよ」


 フィートくんは運ばれてきたシーザーサラダにむしゃぶりつきながらそう言った。


「幼馴染なんだ」

「子供の頃はよくお兄ちゃまたちと遊んだのです」


 ミーナが楽しそう過去を振り返った。


「お兄ちゃまたち? キリアム以外にも兄貴がいるの?」

「ああ、ホントはもう一人幼馴染がいるんだ。小さい頃に親の都合で他所の国に行っちゃったんだけどね」

「ふ~ん……すみません! 豚の血を追加でお願いします!」

「ぶ、豚の血!?」


 フィートくんが片手間のようにとんでもないものを頼み始めた。


「フィートくん、豚の血って……」

「え、なに?」

「豚の血なんか飲むの?」

「……うん。おいしいよ」

「そ、そうなんだ。よく飲むの?」

「偶に飲むんだ」


 フィートくんは偏食なんだろうか。


「ってことはさ、二人は学院始まって以来の身分さコンビなんだね。キリアムの方は誰が最初に呼んだのか、大きなお世話だけどね」

「落ちこぼれの平民と天才の貴族……まあコンビっていうか、ただの幼馴染だよ」

「“ただの”ってことはないでしょ? 長い付き合いじゃない?」


 久しぶりにレアーナの怒った顔を見た。

 最近はどこか気ばかり遣っていたような気がする。


「レアーナ、この間のことなんだけど、その、もう一度ちゃんと言っておきたいんだ。僕はさけてたんじゃねくて、その……」

「まるで告白みたいだな」


 フィートくんが口一杯の野菜にフォークを加えながら、片手間に茶化す。

 無視して話を続けた。


「親衛隊の人がうちに来たんだよ」

「……リズベットね」


 どうやらレアーナには心当たりがあるようだった。


「入学してからずっと付きまとわれてるのよ。悪い子じゃないと思うんだけど」

「落ちこぼれが近づくなって……だから僕がレアーナの近くにいると色々と面倒くさいんだよ」

「でも、もう誰もキリアムを落ちこぼれ呼ばわりはしないよ」


 フィートくんだった。


「ミニークンクから貴族を助け、おまけにエドワードまで退治したんだ」

「退治したのはヴィンセントっておじさんだよ」

「ああ、そうだったね。でもミニークンクの一件はみんな知ってるし、あの時まともに行動できたのはキリアムだけだっただろ。みんな陰でキリアムはただものじゃないって言ってたよ」

「……別にただのミニークンクの習性を知ってただけだよ」

「それよりキリアム、この間から気になってたんだけど、その長い剣は一体何なの? もう銀剣は生徒全員に配られているでしょ?」


 レアーナがテーブルに立てかけていたマグロ切り包丁を見た。


「これは……」

「これはマグロ包丁なのです」


 なぜかミーナが答えた。


「マグロ包丁?」

「はい。お兄ちゃまは銀剣が使えない代わりに、マグロ包丁は使えるのです」

「あれ、ミーナにそんなこと言ったっけ?」

「ニックから聞いたのです」

「ニック?……言葉が分かるのか?」

「はい」

「ふ~ん……」


 僕の独り言でも聞いたんだろう。


「ねえキリアム、そのマグロ包丁って何よ? 私、ちゃんと見てたんだから……」

「え、何が?」

「あのヴィンセントとかいう人の剣を受け止めてたでしょ? あの人、おそらく相当腕の立つ騎士よ。私には動きも見えなかったし、なのにキリアムはとっさに受け止めてた。どういうこと?」

「偶々だよ」

「嘘よ、だって剣はキリアムの横に振り下ろされていたのよ? 偶々当たるわけないわよ」

「ま、そういう時もあるよな。それより早く食べようよ」


 フィートくんが上手いこと口を挟んでくれた。

 レアーナは不服そうに運ばれてきた肉をフォークとナイフで切り分けていた。


『目のいい女だ。あのヴィンセントとかいう男の動きが多少は見えてたんだろう。だからこそ不思議がってんだ。薬草採取しか能のなかったキリアムが、なんで剣を止められたのかってなぁ。ま、偶々なわけねえ。俺の知恵のおかげだ』


 薬草採取しか能がないか……。


『幼馴染とは名ばかりだな。キリアムの本質にまったく気づいてねえ。だから意外そうな面をしてやがんだ』


 イゴールがおかしなことを言い始めた。

 本質って、なんのことだろうか。

 そんなことを思いながら、テーブルの上のフォークとナイフを取り、肉を切り分けようとした、その時だった。

 店の端から連なる壁際の窓ガラスが、順に一斉に割れた。


「ぶはっ! なっ、なんだ!」


 フィートくんは野菜を吐きだすも、ちゃっかりリトルバースで飛び散るガラスの破片を防いでいる。


「ニック!」

「クンク!」


 ミーナはニックを守ろうと抱き着いていた。

 レアーナはフィートくんと同じようにリトルバースで防いでいる。


 店内は騒然とし、あちこちから悲鳴が聞こえていた。

 そして割れる音が止むと、周囲にはガラスの破片が刺さり、血を流し倒れる人たちの姿があった。


「痛っ……」

「キリアム!」

「お兄ちゃま!」

「キリアム!」


 ――僕もその一人だ。

 ミーナは運良く破片を逃れたらしい。体は無傷だった。ニックにも傷はない。

 でもリトルバースを使えない僕に、とっさの破片を防ぐ術はない。

 強化薬ももう切れていて、反応するこはできなかった。


「お兄ちゃま!」

「……ミーナ」


 僕は椅子に座ったまま、飛んできたガラスを一身に浴びてしまい、痛みでその場から動けなかった。

 ミーナが体中に刺さった破片を手で抜いている。

 瞼を切ってしまったのか、片目開かない。


『――情けねえぞ、キリアム。それでもお前はハイドゥインか……』


 無表情で僕を見下ろす、イゴールの姿が見えていた。

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