第14話 食べる

『キリアム、そば包丁をちゃんと握れ』

「そば包丁?……何の刃物だよ」


 家に戻った僕は、イゴール監修のもとエドワードの解体作業をさせられていた。

 家の中では臭いが充満するからと、家の裏にテーブルを用意させられる羽目になった。


『ハイドゥインでは、クリーチャーの解体はこの蕎麦そば包丁とこの小型の出刃でば包丁を使う』

「どう見ても肉切り包丁だけど」

『ハイドゥインの包丁だ。そんなことよりさっさと取り掛かるぞ。解体ができなきゃ調合師にはなれねえ、気合を入れろ』

「……」


 イゴールはいつも説明不足な気がする。


『エドワードの場合、使うのは血液だが直接は取らねえ。こいつの血や唾液や内臓の中にある粘液は、すべて体外に出た時点で硬化する。すり潰し粉末にして使う方法もあるが、今は2体あるんだ。貧乏くせえことはやめておこう』

「何が貧乏くさいのかよくわからないけどね……」


 腕を切り落とせというので、僕はまず腕の付け根にそば包丁の刃を入れた。


「うわ……」


 その切れ味に驚いた。

 家の台所にあるものとはくらべものにならない。

 本当に一万年前のものなんだろうか。


『気をつけろよ、お前の細い指なんか一瞬で切れちまうぞ』

「分かった……」


 骨さえ軽々と切断できてしまう。


『欲しいのは心臓だ。ここにある』


 イゴールはエドワードの胸元を指さした。


「じゃあ何のために腕を切ったんだよ」

『干して血抜きすんだよ』

「干す?」

『先に心臓を出すと取り出すと、中がカチカチになっちまうんだ。上半身と下半身を斬り離すやり方もあるが、今回はこっちのやり方でいく。次は足だ。足を取ったらこのまましばらくここに放置しとけばいい。1時間も経たねえうちに心臓の表面がパリパリになり、中の血液は守られる』

「そのあとは?」

『輸血針で密封しながら吸い出すんだよ』

「ああ、そういうことか。でもそれなら腕に直接刺せばいいんじゃ……」

『この針にエドワードの表皮を貫けるほどの強度はねえ。包丁とは性質がまったく違うんだよ、そもそも消耗品だからなあ。よく覚えとけよ、とっさにぶっ刺しても針が折れるだけで採取はできねえ。輸血針を一本無駄にするだけだ』

「だったらこの腕の切り口に直接刺せば……」

『それがとっさの手段だ。だが既に表面から硬化は始まってる。そさだと不純物が混じっちまうんだよ。一番いいのはこのやり方だ。時間がある時は下処理をして心臓から取る』

「ふ~ん……昔のハイドゥインもそうだったの?」

『クリーチャーによって使える部位は違う。死を切り落としたら次は首だ。後で頬の肉を焼いて食べろ』

「えっ、何を食べるって?……」

『頬の肉だ。今後、殺したクリーチャーの肉は必ず食べろ。部位はその都度、教えてやる』


 エドワードは全身が蒼白の、ネズミ色の人型二足歩行クリーチャーだ。

 胴長で足長、腕長で長身で……。

 確かに瞳には白目がないし、人間には見えない。

 でも人間と見間違うこともあるくらいだ。

 真っ青で薄っぺらいけど唇もあって歯もある。

 鼻は低めだけど穴は人間と同じように2つある。

 耳だってあるし……食べるなんて……


『そのうち慣れてくる』

「慣れたくないよ……」


 そして2体の解体を終え、焚き木を準備し、切断したエドワードの腕の切り口から、丁度いいサイズの木を見つけ差し込む。


『ちゃんと表面はこんがり焼くことだ。生は腹をこわすぞ』

「焼いたところで防げるとは思えないけど……」


 イゴールがいいと言うまで焼いた。


『上出来だ!』


 焼いたところでそれは腕だ。

 これほど残酷なものはないだろう。

 でもイゴールは食べて力にしろという。


『昔の人間はクリーチャーを食べて力をつけてたんだ。だがその文化も廃れたようだがな』


 細身でありながら筋肉質なエドワードの腕。

 僕は『いいから食べてみろ』と急かすイゴールの言葉で、二の腕の辺りを噛み千切った。


「……うまい」

『だろ』


 普段は肉なんてそうそう食べられるものじゃない。

 回復薬が売れた時くらいだ。

 おばあちゃんかミーナが判断して買ってくる。

 でもそれは鳥の肉だ。

 僕はあのパサパサした鳥のもも肉が嫌いで、でも貴重なものだし仕方がないからいつも食べてる。

 でも僕は今、食べたいから肉を食べている。

 仕方がないからじゃない。


『新しいクリーチャーを食べることが大事だ。それが成長につながる』

「見た目はきもいけど、これなら食べられるよ」

『感謝して食えよ……』

「え?」


 どうしたんだろうか、イゴールはそう言うと家の中に入っていった。

 僕はそのあと、腕を完食した。




 ▽




 翌日、僕らは町へ出向いていた。

 学校は休みだけど、そもそも出席なんか気にしてない。


 ミーナは迷子にならないか心配だからと、ニックと手をつないでいる。

 でもミニークンクは鼻が利くし、はぐれたとしても一人で帰ってくるだろう。

 その隣には何故か早朝、家の前にいたフィートくんの姿があった。

 どうやら休日は暇を持てあましているらしい。


「ところでキリアム、何を買いに来たんだ?」


 ウォールハーデンは何といっても広い。

 国の面積は他国と比べるとそれほどでもないけど、学園都市ということもあって領地内に点在している町の数は多い。

 騎士学校は主に領地内でも周囲を防壁に囲まれた城下町の一画にあり、丘の上には王の城が構えている。

 そして僕らは今、市街地にいた。

 家がある旧市街から少し離れた地域だ。


「お酒を買いに来たんだ」

「酒? なんでまた酒なんか……またトーマスたちに何か嫌なことでも言われたのか?」

「違うよ。それにトーマスくんたちとはあれから会ってないし、まだまともに口もきいてない」


 フィートくんにトーマスくんの父親に会ったことを話した。

 ファイブリース家については歴史ある名家だし、それなりに知っていたけど、トーマスくんがあんな束縛されたような人生を送っているとは知らなかった。

 僕への暴力は気晴らしだったのだろうかとも思ったけど、どこかそうは思えないのは、トーマスくんがいつも僕と向き合う時、笑っていないからだ。


「深く考えるようなことでもないと思うけどな~」


 フィートくんは基本手にトロンとしたような目をしていて、真面目に考えて言ってるのかが分からない。


「別に気にしてないよ。貴族のことなんか平民の僕には分からないしね」

「お兄ちゃま、学校で上手くいっていないのですか?」


 ミーナが僕らのやり取りを聞いて、心配そうに尋ねてきた。


「別にそんなことはないけど、なんで?」

「いえ、そんな気がしたのです。辞めると言っていましたし……」

「……どうだろう。でもあれは嘘じゃないよ。僕が騎士になれない事実は変わらないし」

「別に騎士になんかならなくてもいいだろ」


 フィートくんはひょうひょうとそう言った。


「キリアムはなんでいつも真面目なの? トーマスくんに言われたから? あの3人の貴族連中はどうか知らないけど、みんながみんな真面目に卒業後のことを考えてるわけじゃないよ。そりゃ騎士になれたら楽だろうけど、騎士以外にも道はあるし、過去には主席で卒業したのに騎士にならなかった人だっている。騎士は絶対じゃないよ」

「じゃあフィートくんは騎士にならないの?」

「僕はならないよ」

「え、そうなの?……」

「うん。別に僕は、親に言われてウォールハーデンの技術を盗みに来てるだけだからね」


 フィートくんは小声でとんでもないことを言いだした。


「へ、へえ……そうなんだ。冗談だよね?」

「ホントだよ」

「……」


 盗むとはどういうことだろうか。

 フィートくんはどこかの国の密偵なのだろうか。

 学校側は出生くらい調べているだろうし、だとしたらフィートくんは問題なしと判断されて入学してるってことだ。


『ここがそうじゃねえか』


 そこでイゴールが店の前で立ち止まり、僕も合わせるように立ち止まる。

 ガラス窓で中の見える酒屋だ。

 ここから分かるくらい、高そうなお酒が並んでいる。


「ここで買うの? じゃあ中に入ろうよ」

「いや……」


 引き止めようとするもフィートくんが先に店へ入って行ってしまった。


「お兄ちゃま、入らないのですか?」

『キリアム、ここにしとけ。別に高い酒を買う必要はねえ。ホントはアルコールならなんでもいんだ』


 じゃあ医療協会でも良かったじゃないか……。


『ただ最初の酒は上手い方がいい。そうだなあ……まあ、80プルーフの酒ならなんでもいいか』


 80プルーフ? なんだそれ。

 僕はイゴールの言葉の意味が分からないまま、妹とニックを連れ店へ入った。


「いらっしゃい」


 入るなり店主の声が聞こえ、軽く会釈する。


「お客さん、そりゃなんだい? うちは一応ペットとの入店はお断りなんだけどなあ」

「あ、すみません。こいつはその……」


 何と言おうか考えていなかった。

 でも考えてみればそうだ。

 この店主だってあえてペット禁止の張り紙なんてしていない。

 ニックとの生活に馴染み過ぎて分からなかった。


「ニックはペットではないのです。ニックはこれでも人間なのですよ」


 何故かミーナがそう言った。


「人間だって? 俺にはミニークンクにしか見えないけどなあ……」

『キリアム、さっさと酒を買って出てくぞ。ニックが機嫌を損ねたらここがめちゃくちゃになっちまう』

「気づいてたなら教えてくれよ」


 小声でイゴールにそう言った。


「すみません、80プルーフのお酒ってありますか? 安い物でいいので」

「ん、80プルーフ? あんちゃんよくそんな古い言葉知ってんなあ。今じゃラベルにも記載しねえのに」


 すると店員さんは手ごろなものを一つ選んでくれた。


「これが度数40の酒だ。手ごろなものならこれがいいと思うぜ」

「いや、僕が言ってるのは80プルーフの……」

「だから40度のことだろ? ならこれがいい」

『キリアム、それでいい』

「キリアム、こんなのもおるよ!」


 そう言って何故か楽しそうにフィートくんが持ってきたのは、骸骨を模した入れ物にいれられたお酒だった。


「そりゃあウォッカだ。まあそれも40度だが……」

『それだと量が少ない。キリアム、黙ってこのおっさんが勧めた方にしとけ』

「フィートくん、僕はこれにする」


 そう言ったフィートくんはどことなくがっかりしていた。

 でもそもそもイゴールが買えって言ったんだ。

 何か理由があるんだろうし、イゴールの言うことは聞いておいた方がいいだろう。

 イゴールと出会ってから、僕はなんとなく自分が少しずつ強くなっていってるんじゃないかと、そう思うようになっていた。


「次は何を買うの?」


 店を出るとフィートくんがそう聞いてきた。


「そうだなぁ……丁度いいし、そろそろお昼にしない? ミーナもお腹がすいてるだろ?」

「はい!」

「クンク!」

「じゃあ、適当にレストランにでも入ろう」


 フィートくんはあくびをしながらそう言った。


「あれ、キリアム……」


 店を探しに繁華街へ向かおうとした時、目の前にレアーナの姿が見えた。

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