第13話 ヴィンセント

「キリアム! 下がって――」


 レアーナは銀剣を構え、颯爽と僕の横を通りぬけていく。

 そしてエドワードに飛びついた。


「やあっ!」

「ナニユエ……」

「ぐっ!」


 レアーナの銀剣は唾液で硬化した枝に接し、刀身が砕け廊下に飛び散った。


「レアーナ!」

「大丈夫……」


 レアーナは一度エドワードから距離を取り下がった。


「相手はエドワードだ。前に言っただろ、あの枝に剣をぶつけたらダメだって」

「忘れてたわ……」

「……」


 昔のことだ。まだレアーナが父親にリトルバースを教わる以前のこと。


『キリアム、マグロ切り包丁なら折れねえぞ』

「え?」


 思わず声が出てしまった。


「どうしたの」

「いや、なんでもない」


『この包丁はあの程度の枝じゃ折れねえ』

「……」


 でもただでさえ長いんだ。折れそうな感じがする。


『キリアム、別に俺はマヤや開拓者の責任をお前に押し付けるつもちはねえ。それはもう一万年前に一度区切りをつけて終わった話だ。だがハイドゥインにはそもそもクリーチャーの問題を片づける責任がある。相手にする責任があんだよ』


 いきなり何の話だろうか。


『お前がやれ、まだ体の中に昨日の強化薬が残ってるうちにな』


 レアーナは優秀だ。だからエドワードの素早い動きも見切れた。

 でも力はエドワードの腕だったんだろう。弾かれた衝撃で腕を痛めたみたいだ。


「クンククンク!」

「ニック……」

『頑張れって言ってんぞ』

「……分かってるさ」


 僕はマグロ包丁を抜いた。


「キリアム、先生を呼びに行きましょう……キリアム?」

「レアーナは下がってて、こいつは僕がやるから」


 今でなら軽く感じるマグロ切り包丁。強化薬のおかげだ。

 副作用はないのだろうか。

 おそらくハーフリブの浸透率が効いているんだとは思うが……でも飲んでからそろそろ1日経つ。

 効果が続いているうちに……そう思った時だった――


「なんでこんなところにクリーチャーがいる!」


 正面にいるエドワードの体が、右肩から斜めにいきなり両断された。

 エドワードの上半身が崩れ落ちると、そこには見慣れない人の姿があった。


「お前たち、ケガはっ――」


 その瞬間、その人の姿が消え空気が振動したかと思うと、僕のマグロ切り包丁と銀剣が交わっていた。


「…………何故クリーチャーをかばう」


 その人は低い声で呟いた。


「僕の友達です」

「……冗談のつもりか」

「ニックは無害です」

「ヴィンセントさん!」


 そこへワルドナー先生の姿が見えた。


「なっ! これは……」

「大方このミニークンクの匂いを辿ってきたんだろう」


 クリーチャーの習性を知っているのか、ヴィンセントと呼ばれる男はたんたんと答えた。


「だがこの生徒が友達だと言ってきかない。ワルドナー先生、どうなっている」

「そのミニークンクはキリアムくんの所有物です。主任の許可も下りていますので問題ありません」

「馬鹿な……まあいい。俺には関係のない話だ。坊主、そいつを放し飼いにするなよ、今度一匹でいるところを見かけたら迷わず狩る」


 ヴィンセントさんがマグロ切り包丁を見て目を細めたような気がした。

 でもそう言うと背を向け、その場をから去ろうとする。


「先生、死体の片づけは頼んだ」


 横柄な人だ。


「はい、直ぐに手配しておきます」

『キリアム、エドワードの死体は持って帰るぞ』

「……」


 クリーチャーは素材として調合に使える。


「先生。このエドワード、持って帰ってもいいですか?」

「え……構いませんが、気を遣わなくても学校側でやっておきますよ」

「いえ、ただ欲しいんです」

「欲しいだと?」


 ヴィンセントさんは振り返った。


「こんなもの、一体どうするつもりだ」

「その……調合に使おうかと」

「……なるほど」


 納得したようには見えないが、ヴィンセントさんはその場を去っていった。


「キリアム、これ、本当に持って帰るの?」

「うん」

「でも、血も出てるし……」


 廊下にあちこちにエドワードの赤い血が飛び散っている。


『筋は悪くねえが調合師には向いてねえな。こんな斬り方をしたら回収が大変だ。キリアム、人の失敗からも学べよ』


「ニック、足をの方を頼む」

「クンク!」


 僕は上半身を持ち上げ方に背負った。


「良く持ち上がるわね!」

「運動してるから……」


 薬の効果が切れる前に家に帰ろう。


「じゃあレアーナ、また明日。その銀剣は新調した方が良さそうだね」

「そうね……」


 レアーナは少し困惑しているのか、言葉がつなかった。




 ▽




「あの生徒はいつもああなのか」


 ワルドナーとヴィンセントは廊下を歩いていた。


「それは、どういう……」

「いつもクリーチャーの死骸を欲しがるのか」


 ワルドナーは納得した。


「どうでしょうか、新学期が始まってまだ2週間も経っていませんから」

「優秀なのか」

「勤勉な生徒です。私は優秀だと判断しています」

「なるほど、つまり他の教師は違うということか」

「……彼は魔力がないのです」

「……なるほど」

「教師の中にも生徒の中にも、彼を認めない者は多いでしょう」

「魔力を持たずにウォールハーデンの騎士を名乗るか。なるほど、つまり落ちこぼれということか。優秀とはほど遠いな」

「いえ! 彼は優秀な生徒です!」

「……」

「すみません。大声を出してしまって……」

「ひいきにしてるのか」

「そうではありません。ただ、彼はクリーチャーについて詳しいようですし、魔力はありませんが筆記テストは満点でした」

「戦闘では詰め込んだ知識も応用できなければ意味はない。とっさの判断がものをいう。それに魔力がなければ騎士としては三流以下とみなされる。ウォールハーデン以外ならまだ何とかなる場合もあるだろう、だがここでは落ちこぼれのレッテルはぬぐえないだろう。不遇な少年だ」

「……彼はどうやら学校を辞めようとしているようなのです」

「懸命な判断だ、腐るよりはマシだろう」

「私はそれが正解だとは思えません。彼は魔力はありませんが優秀な生徒です、博識ですし……」

「それだけじゃない。奴は俺の剣に反応し軽々と受け止めた。剣は素人そのものだが、あの小柄な体格からは想像もできないほどの身体能力を持っている。だから聞いたんだ。あの生徒はいつもああなのかとな」

「それは何と言いますか……ヴィンセントさんはご冗談はお上手だと言いますか」


 ワルドナーは思わずと言ったように微かに笑った。


「この顔が冗談を言っているように見えるか」


 そこには堀の深い中年男性の無表情があった。


「……いえ、すみません。ですが先ほどもいったように、彼はここに来て間もない生徒ですし、事前調査では剣の指導はこれまで一度も受けたことがないと書いていましたよ」

「嘘をついているわけじゃないだろう。指導を受けていたなら棒立ちで俺の剣を受け止めたりはしない。奴はいつもあんなものを使っているのか」

「あんなものと言いますと?」

「その長い剣だ。ウォールハーデンには銀剣があったはずだが」

「初耳ですね」

「あの背中にあった棒状の剣だ」

「ああ、あれです。確か松葉杖だと聞いていましたが」

「あれが松葉杖に見えたなら医療協会にでも行った方がいいだろう。あれはある特殊な刃物だ。古い文献にも載っていない類のものだ。何しろ古代の武器だからな」


 ワルドナーは徐々には話についていけなくなり、苦笑いとささやかなあいづちで流した。


「数年にグドへ訪れたことがある」

「グドと言いますと、確か北方三国の一つであるあの大国ですか?」

「そうだ。あの少年の背にあったものと近いものを、グドの大書庫でみたことがある。それはかすれて字が読めないほどの古い資料だったが、確か名前はマグロ……」

「マグロ?」

「……記憶が正確じゃないが、どうやらそれは古代の武器であるらしく、ある特殊な薬品で力を増幅すること剣を振るう剣士のことであるらしいと理解できた。だがそこには剣士ではなく調合師と記されていた」

「調合ですか。それはキリアムくんの得意分野です」

「なんだと」

「なにしろ彼はハイドゥインの道具屋の……」


 ワルドナーは「失礼しました。これは個人情報でした」と口をすぐんだ。


「ハイドゥインだと。町はずれにあるあの道具屋のことか?」

「そ、それは……はい、ヴィンセントさんはご存知でしたか」

「騎士生だった頃はよく通った。リトルバースよりもあの店の回復薬の方が効き目が良かったからだ、それにあそこ婆さんにはクリーチャーのことで当時いろいろと教えてもらった」

「なるほど、そうでしたか」

「ふっ、それにしても俺の勘も鈍ったもんだ」

「ヴィンセントさん?」

「いや、なんでもない」


 ヴィンセントは意味深な笑みをうかべた。


「ワルドナー先生!」


 そこへ別の教師の姿が見えた。


「どうしましたか、そんなに慌てて」

「それが、なんでも東棟の校舎内にクリーチャーが現れたそうなんです」

「クリーチャーですか!?」


 ワルドナーは思わずヴィンセントへ振り向いた。


「クリーチャーの異常発生におかしな少年…………ここへ来るまでに立ち寄った村でも同様の話を聞いた。どうやらウォールハーデンで何かが起きているらしい。俺に依頼を出して正解だったな」

「以上発生ですか? どういうことですか」


 教師は尋ねた。だがワルドナーも同様の表情だ。


「東棟に現れたのはエドワードか」

「あ、はい。何故それを……」


「さっきここにも現れた」


 ワルドナーが詳細を説明する。


「そんなことが……一体何が起こっているのでしょうか?」

「それを探るのが俺の仕事だが、今すぐに知りたいなら王にでも聞くことだ。俺に依頼を出してきたのはこの国の王だからなあ」


「あ、そうでした。ワルドナー先生、直ぐに職員会議を開くそうです。ヴィンセントさんにもご同行願えると助かります」


 教師はふと思い出したようにそう告げた。


「では俺も行こう」


 3人は先を急ぐようにその場を後にした。

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