第8話 ハイドゥインの調合術

 エドワードは浜に落ちていた木の枝を拾うと、口から唾液を垂らし、枝を硬質化した。


 椅子から立ち上がりエドワードと向かいあう。

 だがそうすればいいのかが分からない。


「ナニユエナンダロウ……ナニユエナンダロウネ……」


 エドワードは低くかすれた声で何度も同じ言葉を繰り返す。

 黒い水晶のような大きな瞳がこっちを見ていた。


「クリーチャーか。キリアム、お前はこいつをどうやって倒すんだ?」

「どうやってって……」

「ん? 倒し方が分からねえか? まあ、そうだろうな。魔力がねえんじゃ、そのリトルなんとかって技も使えねえ。だがな、ハイドゥインの調合術を使えば可能だぜ」


 すると何故か腰のポーチが軽く小刻みに震え始める。


「そのポーチには一体何が入ってんだ? 素材の匂いがするぞ」


 ポーチを開け、僕は一枚のハーフリブを取り出した。


「でも、こんなもの……」

「そりゃあハーフリブじゃねえか。ハーフリブはすべての調合の基盤だ。キリアム、これを使え――」


 反射的に振り返ると、イゴールが何かを僕に投げた。

 なんとか受け取り確認してみると、それは親指の第一関節くらいの小さな小瓶だった。

 中にはキャラメル色の半透明の液体が入っている。


「これは……」

「――酒だ」

「酒?」

「ああ、だがただの酒じゃねえ。そこに小さくちぎったハーフリブの葉を入れて軽く振ってみろ。早くしろよ、あいつは待っちゃくれねえぞ」


 疑問は当然あったが、他に頼れるものもなく、僕は急いで瓶のふたを開け、ちぎったハーフリヴを入れた。

 そしてイゴールの言った通りに横に軽く振ってみた。


「これは……」


 瓶の中の液体が変色を始め、みるみる赤くなっていく。半透明の赤い液体だ。


「――ハイドゥインの強化薬だ。だが効き目は持って5分、その間にあいつをどうにかしてみろ」


 僕は言われるがまま、小瓶の液体を口に入れ、流し込んだ。

 その直後、体の内側を燃えるような何かが駆け巡るようなそんな感覚に襲われた。


「はぁ……はぁ……これは、何の薬なんですか……」

「言っただろ。ハイドゥインの強化薬だ。脳の制御を外し身体能力を上げる。簡単に言やあ目が良くなって運動神経が良くなるってことだ」

「でも、息が苦しい……」

「直ぐに慣れるさ。そしたら世界が変わるぜ」


 イゴールの言葉は正しかった。

 痛みは消え、呼吸も楽になると、急に体が軽くなったような感覚を覚え、今までよりも物の見え方が少し変わって見えるようになっていた。

 エドワードの黒い瞳が違って見える。


 その時、エドワードの足が動いた。

 でも下が砂浜だからだろうか。動きがトロい。

 その進む方向や、辿った道筋がスローモーションで見える。


「なんだこれ……」


 これが薬の効果だろうか。

 すべてが手によるように分かる。

 そしてエドワードは僕の前までくると、木の枝を振り下ろした。


「見える……」


 横に移動してかわした。

 後ろでイゴールが「足の運び方から教えねえといけねえのかよ」と呟く。

 かわしたはいいものの、次はどうすればいいのだろうか。


「キリアム! そのまま拳で殴っちまえ! 思いっきりだ!」

「え?……」

「思いっきり殴れって言ってんだ! 拳のことは気にすんな!」


 他に対抗手段もなく、僕は拳を腰の位置まで引いた。

 そして思い切って突き出してみる。

 それはエドワードの横腹にあたり、その瞬間、妙な感触を覚えた。

 肉を抉るような、そんな感触だった。

 そう思った瞬間、僕の腕はエドワードの体の中に埋まっていた。腕を伝い、エドワードの赤い血が流れ出てくる。


「ナニユエ、ナンダロウ……ナニユエ…………」

「キリアム! そいつの首をもぎ取っちまえ!」


 僕はもう疑うことをやめていた。

 右手をコップでも掴むような形で構え、そして、ピクピクと痙攣しているエドワードの首に向かって、勢いよく突き出した。


「え……」

「――上出来だ」


 イゴールの声が聞こえた。

 手の平にあったのは肉を掴み、抉る感触。

 そして、気づくとエドワードの首がなく、首は僕の右手にあった。


「ナニ、ユエ……」


 首になってもまだ生きていたエドワードだったが、口をパクパクと数回繰り返し、絶命した。


「これが調合術だ」

「……」


 僕は首を落とした。


「キリアム、その首は持って帰れよ、調合の使う」

「これを調合に? でも、これはクリーチャーですよ?」

「その敬語だかなんだか知らねえおかしな話し方はやめろ」

「……」

「ハイドゥインの調合術があれば、もう魔力なんて必要ねえ。今お前が見せた力はリトルバースでは無理だ。それに魔力がないことにも利点はある。強化薬は魔力があると拒否反応を示すんだ。だから本来は魔力を空にしてから使うもんだ。ハイドゥインもそうやって使ってた。だから普通は効き目が表れるまでに時間がかかるんだが、お前の場合は即効性がある。魔力がねえからなあ」

「……ハイドゥインの調合術か」


 おばあちゃんが言っていた言葉だ。


「まるでお前のためにあるような魔法・・だろ。そりゃそうだ、お前のためにあるんだからなあ」


 イゴールはそう言って、笑った。




 ▽




「お兄ちゃま、どこへ行っていたのですか! そ、それは一体なんなのですか!」


 家の前でミーナが待っていた。


『あれが妹のミーナか?』

「ああ」

『…………ありゃハイドゥインじゃねえなあ』

「どういうことだ? そんなはずは……」

『血の香りがしねえ』

「……」


“血の香り”――どうやらイゴールは生き物の血をかぎ分けられるようだった。

 そしてミーナはハイドゥインではない。

 深く確かめたことはないけど、でもおばあちゃんは僕と同じハイドゥインだと、言っていた。


「ただいま」


 ミーナが驚いているのは、紐で縛り上げて腰につるしてあるエドワードの首と、浜から引きずってきたこのエドワードの体のことだろう。

 もしくはイゴールが連れて行けとうるさかったこのミニークンクのことか。


「お兄ちゃま、それはミニークンクではないのですか? 何故お兄ちゃまの隣に……」

「なんだか懐かれたみたいなんだ」

「そうなのですか……」


 ミーナはなんとなく納得していた。


「それより森でお兄ちゃまがミニークンクに襲われたと、しばらく前に学校の先生や生徒のみなさんが来られていましたよ」

「みんなが?」


 どういうことだろうか。先生だけならまだしも、“生徒のみなさん”が顔を出すほどのことだっただろうか。


「なかなか戻られないので心配していたのです」

「悪かったな。まあ、理由はこの通りさ。森でエドワードに襲われたんだ」

「それは、まさか倒したのですか!?」

「ああ。意外と簡単だったよ」

『よく言うぜ。強化薬のおかげだろうが』


 イゴールの声はミーナに聞こえていない。

 隣でミニークンクが“クンク”と言って、イゴールに同意していた。

 どうやら言葉まで理解しているようだ。


「まさかお兄ちゃま、それを家に持って上がられるのですか」


 エドワードの死骸は異臭を放っていた。


『これからは素材の保存方法も考えねえといけねえなあ。とりあえず今は家の裏にでも置いとけよ、そんでこれをまいとけ』


 イゴールは僕のポーチに、そっと小さなガラス瓶を入れた。

 そして僕がそれを取り出す。

 ミーナが不審がらないように配慮してくれているんだ。


「ありがとう」

『まあ、簡単に言やあ防腐剤だ。だがあまり日持ちはしねえ』

「分かった」

「お兄ちゃま、さきほどからブツブツとどうされたのですか? どこか具合がよろしくないのですか?」

「ん、いや。なんでもないよ。さあ、中に入ろう」


 ミニークンクとエドワードを裏に運んだ後、僕らは家に入った。


「おいキリアム、この婆さんもハイドゥインじゃねえぞ」


 イゴールはおばあちゃんを見るなりそう言った。


「キリアムよ、今日は遅かったのお。どこへ行っておったんじゃ」

「森だよ。ちょっとクリーチャーに手こずったんだ」

「調合の勉強はしておるか」

「うん、いつも通りだよ」

「そうかそうか。ハイドゥインの調合術だけが、ドラゴンを殺せるのじゃ。魔法など役に立たん」


 おばあちゃんはいつもようにそう言って、台所へと消えた。


『キリアム、婆さんはいつもああなのか?』

「まあ、そうだね。どうして?」

『別に。ちょっと気になっただけだ』


 イゴールはそう言って店に並べてある回復薬を見ていた。


「お兄ちゃま、そういえばガラス瓶が足りないのです」

「じゃあ明日、医療協会に行ってもらってくるよ」


 ミーナはミニークンクが気になるのか、まじまじと見つめていた。

 そういえば森でミニークンクを助けた時に瓶を一つ使ってしまったんだった。

 なんだかイゴールも調合術を教えるとか言ってはりきってたし、余分に瓶を買ってこよう。

 でも、それは明日でいいか。


「さあ、晩御飯ができたでのお」


 おばあちゃんが晩御飯を乗せたお盆を持って現れた。

 今日は家の裏の畑で取れた野菜のスープだ。

 それから肉。


「今日は豪華だね」

「市場で肉が安く手に入ったんじゃ。それだけじゃよ」


 野菜スープに肉がついてることはあまりない。

 おそらく薬が売れたんだろう。


「生徒の方が回復薬を買って行ってくださったのです」

「え、誰が?」


 フィートだろうか……それかレアーナか。


「確かファイブリースと言っていたような……」

「トーマスくんが!?」


 なんでトーマスくんが回復薬なんか……リトルバースで治せるだろうに。


「隣におられたお友達の二人が腕を痛めておられたので、ミーナが回復薬をすすめたのです」

「そしたら金を払ったのか?」

「はい。余分にいくつか買っていかれたのです」


 どういうつもりだろうか……あまり考えないようにしよう。


 ミーナはミニークンクにご飯を分け与えていた。

 なぜイゴールはミニークンクを連れてきたのだろうか。

 食いぶちが一つ増えてしまった。

 でもミニークンクの場合はアモーレの実があるから大丈夫か。


『キリアム、明日は医療協会とかいうところにいくのか?』

「……」

『……そうか。どんなところだ? 診療所みたいなところか?』

「……」

『……あとで教えてくれ。調合師になる前に、揃えなきゃいけねえもんがあんだ』


 イゴールにもそれなりに予定があるみたいだけど、一体僕に何を教えるつもりなのだろうか。

 調合師なんて言葉、今はじめて聞いたけど、何の話だろうか。

 イゴールはそれついては答えず、店に陳列している回復薬を眺めていた。

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