第9話 医療協会

『キリアム、ここは診療所なんだよなあ? なんだか思ってたより大きいんだが』

「ここは医療協会だよ。診療所みたいに個人営業してるところじゃなくて、医療協会っていう大きな組織で運営している医療機関さ」

『ふ~ん……あんだか話が入ってこねえなあ。昨日言ってた話と違わねえか?』

「昨日も言ったよ。それより、なんで昨日からそればかり聞いてるの? ずっと診療所のことを知りたがってるよね」

『……いや、ちょっとお前に探してほしいもんがあっただけだ。調合師になるにはそれが欠かせねえ』

「なんの話?」


 イゴールは尋ねても深くは語らず、僕は受付へ足をすすめた。


「すみません。この種類のガラス瓶がほしいんですけど」


 僕は普段から薬品を入れるのにずっと使っているガラス瓶を渡した。

 思えばイゴールがとっさに渡してきたものも、この小瓶と同じに仕様だった。

 おばあちゃんに小さい頃かたこれを使うように言われ、疑問もなく使ってきたけど、何か理由でもあるのだろうか。


「かしこまりました。でもは少々お待ちください」


 受付のお姉さんはそのまま奥へ在庫を探しに行った。


「ねえイゴール、この小瓶ってハイドゥインでは主流なの?」

『まあな。俺が教える調合薬は強力なものが多い。その分、配分や比率を間違えれば命を落とし兼ねねえんだ。だがこの小瓶はその両方に対策された最もいいサイズだ。間違えてこの小瓶いっぱいに薬液を入れたとしても、比率の間違えた薬を入れたとしても、いずれにしろ命を脅かすようなことはねえ。計算されたサイズだ。だが……なんでこの医療協会ってところがハイドゥインのガラス瓶を売ってんのか謎だ……』


 イゴールはそう言ってエントランスルームを見渡していた。

 イゴールが何を考えているのか、僕にはそっちの方が謎だ。


『おい!……キリアム、あれは誰だ!』


 突然イゴールがびっくりするような声でそう言った。


「あれって?」

『あおの肖像画だ!』


 それは受付の中央の壁に大きく飾ってある大きな肖像画だった。

 金色の髭を生やしたブロンドヘアの凛々しいおじさんの絵が描かれている。


「ああ、あれはアルツェ・ポドロフだよ。医療協会を創設した人さ。でも実在したかどうかは分からないらしいけど」

『まさか……奴が』

「どうしたの?」


 イゴールは目を見開き、その肖像画に驚いていた。


『キリアム、さっきの受付嬢にハイドゥインへの預かり物がないか聞け』

「いきなりどうしたの?」

『こいつは開拓者の一人でな』

「開拓者? 何のこと?」

『詳しくはまた今度説明する。まずは預かり物がないか聞いてくれ』

「……まあ、別にいいけど」


 そこへお姉さんが戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらで0番の小瓶でお間違いないでしょうか?」

「はい」

『ハイドゥイン性0型試験管……それが正式名称だ』

「すみません。その、ハイドゥイン宛に預かり物はありませんか?」

「配達物のお受け取りですね。では確認してきますので、お舐めをフルネームでお教え願えますでしょうか」

「キリアム・ハイドゥインです」


 名前を教えると「少々お待ちください」とお姉さんはまた奥の部屋へ消えた。


「0型試験管?」

『ああ、他にもいくつか種類がある。俺が勘が正しけりゃ、ここに揃ってるはずだ』

「どういうこと?」

『戻ってきたぞ』


 そこへ先ほどのお姉さんが戻ってきた。


「申し訳ございませんが、キリアム様宛の配達物は確認できませんでした」

『配達じゃねえ、医療協会に預けてたもんだ。キリアム、正確に伝えろ。ハイドゥインからの預かり物だ。キリアム宛じゃねえ』

「……すみません。その、僕に宛てた物ではなくて、ハイドゥイン名義で品物を預けているはずなんですが……」

「左様でございますか……失礼ですが、それはいつ頃のお受け取りだったでしょうか?」

『ざっと一万年ほど前だ』

「一万!?」


 僕は思わず叫んでしまった。

 お姉さんはびっくりして目を大きく開け、一歩引いていた。


「す、すみません」


 お姉さんにはイゴールの姿は見えていなければ声も聞こえていないんだし仕方がない。

 隣でイゴールが「ちゃんと伝えろと」とそう言っている……仕方がない。

 これで学校だけじゃなく、医療協会も僕にとって居心地の悪い場所になるだろう。

 そしてここでは“変な人”として扱われるんだ。


「すみません。大体一万年ほど前に預けたはずなんですが」

「……」


 お姉さんはキョトンとした表情で僕を見た。


『分からねえなら一番偉い奴に聞けと言え。こいつじゃダメだ』

「すみません、差し支えなければ偉い人に聞いてもらえませんか」


 僕は苦笑いで話した。


「しょ、少々お待ちください……」


 お姉さんはまた奥へと消えた。


「余生の暇つぶしに来てるわけじゃないんだ。小瓶が切れたらまた顔を出さないといけない。これじゃあ、もう二度と来られそうにない。一体、何を預けてるんだよ」

『マヤの遺していった物だ』

「マヤ? って誰?……」


 するとイゴールは受付へ視線を向け、ニヤリと笑った。

 先ほどのお姉さんとは別に、もう一人、別の女の人の姿がある。

 受付用の制服ではなく、白衣を纏った茶色い髪の若いお姉さんだ。


「キリアム・ハイドゥイン様ですね。お預かり物は奥でお渡しいたします」

『ビンゴだ――』


 イゴールは邪悪な笑みをうかべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る