第6話 ミニークンク

 自然の摂理かもしれないが、ミニークンクはある住み着いたらその一定の範囲から外には出ない習性があり、だとすればあのミニークンクはいつもみかけるミニークンクだろう。

 昨日フィートを起こそうとしていたのもあのミニークンクに違いない。

 僕はポーチを開け、中からハーフリブと青色の葉を出した。

 これは眠草ねむそうと言い、睡眠薬の効果のある薬草だ。

 本来は単体で使うものだが、僕はハーフリブと眠草をボールに入れ、直ぐに棒ですりつぶした。

 慣れたものだ。直ぐに汁がにじみ出て、ボールの中で二つの成分が混ざり合う。

 それを親指サイズのガラス瓶に入れ、地面にある比較的軽そうなサラサラした砂を入れる。

 そしてコルクで蓋をして、軽く振った。

 これで出来上がりだ。


 今ならまだ救える。

 エドワードはミニークンクの鼻をこそぎ取る前、鼻を眺めるのだ。

 聞くところによると、そうすることで品質を確かめているらしい。

 そこがチャンスだ。

 僕はエドワードの顔面にめがけてガラス瓶をなげつけた。

 すると見事、瓶は直撃しエドワードの顔をに破片と砂と混ざり合い粉末化した成分が飛び散る。

 小麦粉を使えばもっといいものができたが、今はこれしかない。

 徐々にエドワードの瞼が落ち、手の平からミニークンクがするりと落ちる。

 そしてエドワードはその場に倒れた。


「よしっ!」


 僕は直ぐに草むらを飛び出し、ミニークンクを抱え、目的もなく走った。




 ▽




 ハーフリブの葉には傷を癒やす作用があるが、その本質は浸透しんとうだ。

 この葉自体の浸透率がとんでもないくらいに高く、眠草ねむそうとあわせることで睡眠効果も爆発的に上がる。

 でも普段はあんな使い方はしない。

 試したことはないし分からないが、あれを人に使ったら、おそらく一週間は起きないだろう。

 僕はミニークンクに刺さっていた2本の小枝を抜き、ハーフリブで作ったハイドゥインの回復薬をかけ、ミニークンクの傷を治していた。

 一瞬で、とまではいかないが、効果は十分にあり、数十分もすれば傷は癒えた。

 僕はミニ―クンクを解放してやった。

 ミニークンクはお礼をするわけでもなく、意味不明に周囲を見つめながら鼻をクンクンとさせ、草陰へと消えていった。


「はぁ……」


 思わずため息が零れる。

 でも別に採取をしにきたわけでもない。

 刺激のある、いい暇つぶしにはなった。

 そう心を落ち着かせた時だ。


「銀剣を抜け!」


 森の向こうから声が聞こえた。


「銀剣?……」


 確かにそう聞こえた。“銀剣を抜け”と……・

 それは丁度、今ミニークンクが姿を消した方向から聞こえ、気づくと僕はその先へ向かっていた。

 木の間を抜け、草陰に身をひそめながら、できるだけ速足で森を抜ける。

 すると広々とした森の空間に出た。


「ん、キリアム……」

「トーマスくん……なんでこんなところに……」


 それはトーマス・ファイブリースくんだった。

 それだけじゃない。

 辺りには大勢の生徒の姿があり、よく見るとレアーナやフィートくんの姿もあった。

 そして集団は何かを囲んでいて、その中心にいたのが先ほどのミニ―クンクだったのだ。


 そこへ僕に気づいたフィートくんがこちらに走ってきた。


「キリアム、なんでこんなこんなところにいるの!」

「フィートくん!」

「君が急にいなくなるから探したんだよ。学校中歩きまわってさあ」

「それより、この集まりは何なの?」

「何って、合同演習だよ」


 どうやら午後は合同野外演習だったらしい。

 どうりでレアーナがいるはずだ。

 説明はあったみたいだけど聞いてなかった。最悪だ。


「トーマスくん、あのミニークンクをどうするつもりなの?」

「は? どうするって、殺すに決まってるだろ? そもそもそういう授業だ。クリーチャーと交戦して感覚を覚えるんだ。だが殺して持ちかえれば評価が上がる」

「ダメだよ! 殺すなんて……ミニークンクは危ない生き物じゃない!」

「また優秀のご託か? 落ちこぼれはひっこんでろ」

「それにミニークンクを興奮させたら……」

「黙れ!」


 トーマスくんが大きな声を出した。

 その声に反応したミニークンクの様子が変わり始める。


「お前は仮にも騎士だろ! 騎士になろうとしたんだろ! そのくせにクリーチャーの一体も殺せないのか! 怖気づくのか! だから去れといったんだ! 能力のない者は直ぐに誰かの背に隠れようとする。お前は今、俺たちの背に隠れているんだ。そしてそれを変えようともせず、ただ時間を浪費しているだけ。だから去れといったんだ。魔力もなく、かといって銀剣の扱いに長けているわけでもない。そんな者に騎士は務まらない。貴族のコネで入学できただけの落ちこぼれに、騎士は無理なんだよ!」

「――クンククンクー!」


 その時、ミニークンクが興奮の絶頂を迎えた。


 トーマスくんだけじゃない。

 僕は気づかなかったけど、みんな僕がレアーナのお父さんのコネで騎士生になったことは知っていたんだ。

 だけど今はそんなことを言ってるわけじゃない。


「怒ったミニ―クンクは身体能力が上がるんだ。まだトーマスくんの剣じゃミニ―クンクには勝てないよ」

「知ったふうなことを……お前、俺に負けておいてよくそんなことが言えるな」

「トーマス! こっちに集中しろ」

「落ちこぼれはほっとけ!」


 舎弟の二人が意気込んでいる。


「キリアム・ハイドゥインか……平民のくせに大層な名前だ。だが意味が分からない。ハイドゥインなんて姓は聞いたことがない。貴族連中にもそんな名前の者はいない。それに平民は普通、姓を持たない。出しゃばりが過ぎるな……魔力がないんじゃ話にならない。お前のためだ、この場を去れ」


 トーマスくんはそう言って隣の二人と共に、ミニークンクに近づいた。


「トーマスくん!」


 でもあれじゃ無理だ。

 多分、3人ともミニ―クンクを知らないんだろう。

 僕は直ぐにアモーレの実をポーチから取り出した。

 それは表面に張りのあるピンク色の丸い実だ。

 2粒くらいで手の平いっぱいに収まるほどの大きさで、ミニークンクの好物だ。

 だが既に遅かった。


「フィリップ! クライン! 左右から囲め!」

「分かった!」

「挟みうちだな!」


 3人はミニ―クンクに正面から突っ込んでいったのだ。

 その動きはリトルバースで強化されていて素早い。

 だが興奮状態にあるミニ―クンクの前では意味をなさないだろう。

 その時、金属音が森に響いた。

 周囲の生徒たちは静まり返り、みんな3人の方を見ていた。


「なん、だと……」

「こいつ……」

「俺たちの剣を、木の棒で!……」


 ただの木の棒じゃない。

 あれはさっきおのミニークンクから引っこ抜いたエドワードの棒だ。

 唾液で硬質化されている。

 それをミニークンクは両手に一本ずつ持っていて、3人の剣を同時に受け止めたのだ。

 どうやらあのミニークンクは他のミニークンクよりも頭がいいらしい。


「クンククンク!」


 その時、ミニークンクが左右同時に木の枝を振り下ろした。

 それは二人の銀剣の側面に当たり、刀身を砕く。


「なっ!」

「くっ!」

「二人とも下がれ!――」


 トーマスくんの声に二人はミニークンクから距離を取るとも、トーマスくんはまだ向かい合っている。


「こんなもの、俺一人で十分だ!」


 トーマスくんは素早くミニークンクの背後に回った。

 ミニークンクは鼻をクンクンとさせ、位置を掴んでいる様子だ。

 でも気づくのが遅れた。

 トーマスくんは気合を込め、ミニークンクの背中に斬りつけた。


「クンクッ!」


 前のめりに倒れるミニークンク。

 背中には浅くも斬られた傷が見えていて、血も出ている。


「なっ!」


 そこでトーマスくんの表情に違和感が現れた。

 でもその意味は直ぐに分かった。

 今斬られたばかりのミニークンクの背中の傷が、みるみる治癒していく。

 おそらくさっき与えた回復薬の効果がまだ体内に残っていたんだろう。

 ハーフリヴの葉には持続作用もある。

 今頃エドワードもまだ眠っているはずだ。


 傷を感知したミニークンクは素早く起き上がると、空かさず持っていた木の枝をトーマスくんへ投げつけた。


「ぐわっ!」


 鋼の棒が腹に直撃し、むせ込むトーマスくん。

 相当の痛みなのか、銀剣を落とし地面に両手をついている。

 ミニークンクは興奮も冷め切らないまま、もう一本の棒を片手にゆっくりと近づいている。


「くそ……」


 トーマスくんは腹を抑えながら顔を上げ、ミニークンクの姿を見た。

 僕は空かさず走った。


「わぁああああああああああ!」


 大声を出しながらアモーレの実を右手に掴み、そして二人の間に入る。


「……キリアム。余計なことをするな。俺に恥をかかせるつもりか……」

「これでおあいこだよ」


 そして僕はミニークンクの顔の前に、アモーレの実を突き出した。

 その瞬間、ミニークンクの動きと鳴き声が止まった。


「クンク……クンク……」


 徐々にミニ―クンクの興奮状態が解けていく。


「クンククンク…………クンク!」


 いつものおっとりとした目に戻り、ミニークンクは万歳のポーズで喜びを表現した。

 僕はトーマスくんに向いていた気を逸らしながら、ゆっくりとミニークンクを誘導する。


「なっ、馬鹿な……」

「だから言ったでしょ、ミニークンクは危険だって」

「何をした……」


 腹が痛いのかトーマスくんはおなかをさすりながら尋ねた。


「これはミニークンクの好物なんだ」

「……そういう、ことか。お前は物知りなんだったな」

「……」


 嫌味ともとれるその言葉に、僕はもう何も返さなかった。

 でもそれは僕がたんに気にし過ぎているだけなのかもしれない。あとになってそう思った。


「僕はこのままミニークンクを誘導するから、君たちは早くトーマスくんをつれてここを去った方がいい」


 気づくとをトーマスくんはもう咳を止めていた。

 リトルバースで治したんだろう。


「さっきエドワードを見かけたから、当分の間はこの森に近づかない方がいいよ」

「キリアム!」

「フィートくんもみんなと一緒に帰って……」

「ごめん、キリアム……私……」


 それはレアーナだった。

 レアーナとこんな風に顔を合わせたのは一週間ぶりだ。

 あの入学試験以来会ってない。


「私、みんなに言ったんだけど、聞いてくれなくて……」

「…………さあ、レアーナも避難して」


 僕は久しぶりの会話にそう一言、その場を去った。

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