第5話 危機との遭遇
「二人とも、遅刻だぞ」
グラウンドには2人の教師と2クラス分の生徒が集まっていた。
「すみません」
フィートくんは何も言わず、眠そうに列にならぶ。
送れた分の奇異の目は、すべて僕が引き受けた。
隣のクラスにはレアーナの姿もあり視線を感じたが、そのまま気づかない素振りで並んだ。
「ではこれより銀剣の合同実技訓練に入る。銀剣はウォールハーデンの騎士にとって命よりも大事なものだ。これなくしてウォールハーデンの騎士を名乗ることは許されない。まず二人一組のペア―を作り、空いているスペースに散らばってもらいたい。リズベットさんの欠席で人数が合わないが、今回は私も参加するので心配ない」
隣のクラスの先生が説明を終えると、生徒は散らばり、各々、中の良い友達と班を作っていく。
「フィートくん! 私たちと一緒にやろう!」
「ちょっ、えー!……」
ファンクラブの人たちだろうか。
名も知らない生徒に連れていかれるフィートくん。
僕ははいつも通りだった。
「キリアムくんは私とやりましょう」
「……はい。お願いします」
ワルドナー先生は僕が視線を浴びる前にそう言ってはにかんだ。
生徒の欠席は隣のクラスの問題で、なぜ別のクラスの影響を僕が受けなければいけないのだろうか。
どうやらこの一週間で両クラス内では隔たりのない交友関係が築かれていたみたいだ。
合同訓練なんて名ばかりだと思っていた。
「これがキリアムくんの銀剣です」
ワルドナー先生から遅れて銀剣を受け取り、
劣等感という虚しさが少しずつ溢れてきた時、一瞬ファイブリース家のトーマスとその他2名の貴族と目があった。
薄ら笑みを浮かべこちらを見ていたような気がするが、直ぐに目を逸らし、剣を構えた。
「では打ち方、はじめ!――」
号令と共にグラウンドに金属音が鳴り響く。
「さあキリアムくん、遠慮はいりませんよ。力一杯打ち込んできてください」
「……はい」
ワルドナー先生の厚意に甘え、銀剣を思い切って振りかざしてみた。
剣が交わる直後、金属音と共に腕に衝撃が走る。
そこで剣を握りしめていた腕の力が抜け、弾かれた銀剣が地面に落ちた。
「す、すみません!」
急いで剣を取りに行くと周囲の生徒の薄ら笑みが視界に入ったけど、気にせず拾い、ワルドナー先生のところまで戻った。
剣を落とすたびに先生は細かな調整点を教えてくれた。
力むのは刃が対象に触れる一瞬だけでいいとか、そんなことだ。
徐々に慣れてくると剣を落とさなくなった。
何度も剣を落としていたのは僕くらいもので、それでも恥ずかしさを堪え剣を振った。
そこで打ち込みが終わり、一度生徒は集められた。
どうやら模擬戦を行うようだ。
「この銀剣は鋭く見せていますが、実はなまくらであり真剣ではありません。ですので人を斬りつけても打撲程度にはなるでしょうが、肉が裂けることはありません。では皆さん、模擬戦を行いたいと思いますが……」
先生は誰か立候補する者はいないかと、生徒の顔色を窺った。
誰も手など上げず数秒が過ぎ、すると一人の生徒が手を上げる。
「トーマス・ファイブリースくんですね。いいでしょう。では他にはいませんか?」
模擬戦の目的は観察だ。
生徒たちに二人の試合を見せることで客観的な視点からの考察を促す。
そして良い点と悪い点を各々で気づかせるんだ。
でもそれ以上、手を上げる生徒はいなかった。
「先生、キリアムくんに僕の相手をしてもらうというのはどうでしょうか」
そう言ったのはトーマスくんだった。嫌な予感はしていた。
「キリアムくん、ですか……」
「キリアムくんはとても物知りで、ワルドナー先生の評価も高い。自分の今後のために、一度、剣の腕前を見てみたいんです」
「なるほど、ではキリアムくん。どうでしょう、トーマスくんと模擬戦をしてみませんか?」
僕はさほど困惑していなかった。
予想できたことだったからだ
周囲の視線が痛く、みんな僕に断るなと無言の圧力をかけてくる。
生徒たちは誰一人、模擬戦ななんかしたくないんだ。
特に平民は貴族とはやりたくないだろう。
入学以前から落ちこぼれないよう、親から剣を学ぶ貴族との間に差があることは、みんな知っている。
「……分かりました」
恥をかいたとしても、どうせ僕は学校を辞める。
「キリアム、嫌なら断れよ。なんだったら僕が代わりにやってもいい」
そう言ったのはフィートくんだった。
「いいよ。どうせ模擬戦だし」
これはただの模擬戦じゃない。
練習試合であれ、負けた方は汚名を背負うことになる。
でも汚名を背負ったところで僕には汚されるような評判が何一つない。
グラウンドの真ん中で剣を構え、トーマスくんと向かい合った。
周囲を囲む生徒たち。トーマスくんの冷たい視線が見える。
そして号令が聞こえた時だった――
「はじめ!――」
――トーマスくんの姿が消えた。
次に彼の姿を見えた時、それは目前だった。
「なっ!」
声を上げ、僕はとっさに剣で身を守る。
これはリトルバースだ。
トーマスくんは足の裏からバースを放出し、見えない波動で加速したんだろう。
そしてグラウンドに剣の交わる音が響くと、握りしめていた剣を強く打たれ、体勢を大きく崩した。
でも剣は落とさなかった。打ち込みのおかげだろうか。
巧みな身のこなしで激しく打ち込むトーマスくん。
彼はわざと剣のみを狙っているようだった。
徐々に前に出ようとするが、トーマスくんその隙を見過ごさない。
僕が何か動きを見せるたびに、その剣の威力を強め牽制してくる。
その時、剣をはじかれ、僕の銀剣が宙を舞った。
騎士の夢も離れていくようで、自分にも未練はあったのだ知った。
剣は地面に突き刺さり、トーマスくんの剣先が僕の首筋に突き付けた。
「そこまで!――」
そこで試合が終わった。
「これが現実だ……」
「……」
先生に聞こえないくらいの小さな声で、トーマスくんはそう呟いた。
僕は何も答えず立ち上がった。
そして目を逸らし、直ぐにその場を去った。
丁度、授業の終わりを告げる鐘が鳴り、ワルドナー先生に銀剣を返した。
次の授業も合同訓練だけど、もうやりたくない。
「キリアムくん……」
同情するようなワルドナー先生の視線が痛い。
「先生、僕は優秀ではありません。落ちこぼれです……」
そう言い残し、僕は一人グラウンドを去った。
その後ろをレアーナが追いかけていたような気がしたが、校舎の影に隠れやり過ごした。
▽
午前の授業を抜け出した僕は家に戻っていた。
「キリアムよ、学校はいいのかえ」
「……いいんだ」
調合術を学ぶように言っておきながら、おばあちゃんは相変わらずそう言う。
その後昼食済ませ、ミーナに採取に出かけるとだけ伝え僕は森へ向かった。
正午が過ぎた。もう行合同訓練も終わっているだろう。
明日はどうしようかと、一人の森の中で寝ころびながら、そんなことを考えていた。
するとそこへミニークンクが現れる。ただ、少し様子がおかしい。
僕は立ち上がり、直ぐに草の影に隠れた。
ミニークンクの頭に木の枝が刺さっている。
でもミニークンクの表皮がああ見えて弾力性があり、突起物は基本的に刺すことすらできないはずだ。
傷は浅いだろう。それほど深く刺さっているようでもない。
ただ僕が草むらに隠れるほどの異変がそこにはあった。
その枝から滴る透明の液体。
それはゆっくりと枝を伝い、そして朝露のように落ちようとしていた。
だがそこで動きが止まる。それは硬質化だ。
液体は一瞬で凝固し、鋼のような硬さへ変わる。
――唾液だ。
僕は辺りを窺った。
するとそこへ、危惧していたものが姿を見せる。
「ナニユエナンダロウ……ナニユエナンダロウ……」
――エドワードだ。
それは人の名前ではなく、このクリーチャーの名前だ。
骨の浮き出た薄い皮一枚の姿に、二足歩行の人型クリーチャー。
2メートルは優に超えるほどの長身で、足も腕も胴も長い。
ガリガリの体に不自然な肥大した大きな頭と、その真っ黒い水晶のような大きな二つ目玉。
頬はこけており、口はアヒル口のようにすぼめていて小さい。
右手にさきほどの液体のついた木の枝を持っている。
それほどの長くはなく、身の丈にあったサイズだ。
こいつはどこにでもあるような枝を好む。
頭には途切れ途切れに薄く細い毛が生えているが、全身を遠して皮一枚だけだ。
そしてミニークンクはエドワードから逃げているようだった。
「クンク……クンク……」
「ナニユエナンダロウ……」
“何ゆえなんだろう”と、エドワードは低いかすれ声で呟くのだ。
その理由の一つとして舌が発達していることがあげられる。
だが僕はエドワードの舌なんて見たことがない。
またこれはコミュニケーションの一種ではないかと言われているが、エドワードが言葉の意味を理解しているとは思えない。
どのエドワードもみんな同じことを呟くのだ。
するとエドワードは逃げるミニークンクの背中を枝で突き刺した。
唾液で硬質化した木の枝が折れることはない。
「ナニユエナンダロウ……ナニユエ……」
「クンクー! クンクー!」
ミニークンクは悶え苦しんでいる。
エドワードは危険だ。助けられない。
エドワードはミニークンクのその大きな鼻を好物としている。
あの硬質化した木の枝も、ほとんどミニークンクの鼻をこそぎとるための物であると言われているくらいだ。
「……どうすればいい」
このままではミニークンクが殺されてしまう。
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