第4話 不眠症のフィート

 ハーフリブ。それはリブという木の根元に生える葉のことだ。

 これはリブの栄養を半分奪い成長する。

 回復薬の原料であり、ハイドゥインの調合薬の基盤とも呼べる存在だ。


 ハーフリブを採取していると、周囲で物音が聞こえた。

 振り返ってみると、林からミニークンクが姿を現す。

 ミニークンクとはクリーチャーの一種であり、鼻が肥大した小人だ。

 丸みのある体つきに低い背丈。肥大した鼻に眠そうな瞳。

 愛らしい見た目をしているが、怒らせると狂暴になり、腕の力は凄まじい。

 ときおり“クンククンク”と食べ物をねだるが、渡さないと狂暴化するので、よく山道ではミニークンクに殺された旅人の死体が見つかる。

 だが実際は違う。

 書物にはそう書かれているけど、渡さずに無視しても害はない。

 おそらく誰かが勘違いしたんだろう。

 ミニークンクは安全な生き物だ。

 かと言いって別に近寄る必要はない。

 そのまま採取を続けることにした。


 採取をしていると、ミニークンクが“クンククンク”と騒ぎはじめた。

 辺りは僕くらいしかいないはずだし……まさかミーナがついてきたのか?

 手を止め立ち上がり、ミニークンクのいる辺りを窺ってみた。

 するとそこに、騎士学院の制服を着たとある生徒の姿があった。


「この人は……」


 この人は確かフィートだ。姓はなかったはず。

 ということは僕と同じ平民だろうか。

 だが平民にしては目鼻立ちが整い過ぎているというか、聞くところによると男子らしいが、容姿だけで判断すれば完全に女の子だ。

 美少年とはこういう人のことを言うんだろう。


「こんなところで寝ていたら風邪をひくよ」


 そう言ってみたものの起きる気配はなく、落ちていた木の棒でつついてみた。


「んん……」


 すると目を擦りながら、フィートくんは目を覚ます。


「…………おはよう」


 なんとも丁寧な口調で起き上がり、冷め切らない目をこすりながら周囲を窺い、そして僕を見た。


「君は……誰?」

「僕はキリアムだけど、それよりなんでこんなところで寝てるの? ここはクリーチャーも出るし、あぶないよ」

「……いつものことさ。それよりキリアムはこんなところで何をしているの?」

「僕は……ただの薬草採取だよ。じゃあ」


 特に喋ることもないし、呼び捨てにされたからって感想もない。

 フィートくんのあだ名は“不思議ちゃん”だ。

 誰かと話しているところは見たことがない。

 と言っても隣に暮らすだしそれほど知っているわけでもないけど、いつも眠そうな顔をしているし、話が通じないような感じもする。

 それに騎士学院の人とはもうあまり関わらない方がいいだろう。


 しばらく森を歩き採取を続けていると、何故か別れたはずのフィートくんが後ろをついてくる。

 どういうつもりだろうか。

 でも貴族連中とは違い害はない。


「それを集めてるの?」

「え」

「ハーフリヴだよね」

「……うん。知ってるの?」


 珍しい。こんなもの、もう今じゃ誰も知らないと思っていた。


「じゃあ、これは?――」


 何を見つけたのか、そういってフィートくんは林の中に手を入れたと思うと、とある赤い果実を見せてくれた。


「これは……」


 ジャグロジーだ。

 それは《惹きつけ草》と呼ばれるもので、でも、これは……。


「ジャグロジーっていうんだよ、知ってる?」

「うん。でもこれって……」

「はい」

「え……」

「あげるよ」

「……僕に?」

「うん。集めてるんでしょ?」

「……」


 やっぱり変わった人だ。面白い。

 この実はそう簡単に見つけられるものじゃないのに……。


「ありがとう」

「いいんだ。起こしてくれたお礼だよ。僕は一度寝ると起こされるまで起きないんだ。いつもは大体ミニークンクが起こしてくれるんだけど、学校じゃ誰も話しかけてこないし、今日も学校があったはずなんだけど何をしていたのか自分でも思いだせないんだ」

「へー……」


 話がめちゃくちゃで分かりづらい。

 つまりいつもここで目が覚めるってことか。それだけは分かった。


「多分、みんな声はかけてるんじゃないかなあ?」

「どういうこと?」

「学院で、フィートくんを一度みかけたことがあるけど、みんな話しかけていたよ。僕にはむしろ、フィートくんが反応を示していないように見えたけど……」

「なるほど、やっぱりそうだったか。多分、その時僕は寝てたんだろうな。でもみんなは起きていると勘違いして……」


 そんな無駄話をしながら、僕らはしばらく採取を続けた。

 話してみると意外と普通の人だった。

 聞く限りでは、フィートくんは夢遊病らしい。

 そして本人も多少の自覚はあるようだ。ただ治す気がまったく感じられない。


「でもこの森にはミニークンク以外にもクリーチャーがいるし、広い森だから迷ったら出てこれないよ」

「じゃあなんでキリアムは森にいるんだい」

「僕はもっと小さい頃から何度も森に入ってるから、誰よりも森の様子に詳しいんだ。例えば中途半端にかじられたあとのあるハーフリブの葉を見つければ、近くにミニークンクがいるってことも分かるし。でも君はそうじゃないだろ?」

「キリアムは物知りなんだね」

「……ただの豆知識だよ。何の役にもたたない」

「そんなことはないよ。僕は聞いてて十分楽しいけどなー」

「……」


 採取を終え、それから僕たち二人は森を後にした。


 こんな日もあるのかと思いながら、家の前でフィートくんと別れる。

 学院の人とあんな風に話したのは初めてだ。

 フィートくんは誰も話しかけてこないと言っていたけど、それは僕の方だ。

 僕に話しかけるのは先生くらいのもので、生徒はみんな、陰口以外では話題にしない。

 本人にはあまり言わなかったけど、フィートくんは人気者だ。

 美形だし、レアーナほどじゃないけど、ファンクラブもあると聞く。

 なんだろう……関わっちゃいけない人と関わってしまったような気がする。

 リズベットさんのような信者に目を付けられても面倒くさいし、もう学校では話さないようにした方がよさそうだ。

 と言ってもクラスが違うし、会うことはないだろう。




 ▽




 次の日、僕は一応の登校をした。


「あの……」


 教室に入り、自分の席につこうとしたのだが、そこに何故か爆睡状態のフィートくんの姿があった。

 僕が背中をつつくと、周囲の生徒が僕の方を見る。

 これが信者に知れるとマズい。今日は帰ろうかと、そう思った時だ。


「あれ、キリアム? おはよう~」


 のんきな顔でフィートくんは目を覚ました。


「フィートくん、その、ここは僕の席なんだけど……」

「んん……ああ、そうらしいね」

「それに君の教室は隣だし」

「……それもそうだね」


 やる気のない、鼻から抜けたようなその声は、僕に話すことをやめさせた。

 すると教室の扉が開き、そこへ深刻そうな面持ちのワルドナー先生が現れる。


「本日、一時間目は隣のクラスとの合同実技訓練ですが、教室を移動する前に少し聞いていただきたいことがあります」


 先生は立ったままでも大丈夫だと前置きし、一枚の紙を前に話を始めた。


「昨日の正午過ぎ、リズベット・ヒースクリフさんが何者かに襲われ、現在医療協会の方で入院されています。幸いにもリズベットさんは意識を取り戻していて話もできるということですので、命に別状はありませんが、犯人がまだ捕まっていないということですので、生徒の皆さんは十分に注意するようにとのことです。では、グラウンドの方に移動してください。それからフィートくん、またそんなところで寝ていたのですか。そこはキリアムくんの席ですよ」

「は~い」

「今日は起きているようですね。では丁度良いので、みなさんと一緒にグラウンドの方へ移動してください。今日はもう寝たらダメですよ」

「は~い」


 そう言ってワルドナー先生は教室を後にした。


「授業って眠いよね~」

「ほら、早くいかないとみんなもう移動してるよ」

「どうせ銀剣でちゃんばらごっこをするだけさ。大した授業じゃないよ。キリアムもそう思うだろ」

「僕は……」

「……でも、今日は先生に見つかっちゃったし、僕たちもそろそろ行った方が良さそうだね」


 フィートくんはまだ眠いのか、目をこすりながらつたない足で歩く。

 僕はその後ろをため息をつきながらついて行った。

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