第3話 レアーナ親衛隊

 ――レアーナ親衛隊。

 それは人知れず、何者かによって創設された、《レアーナ様を見守る会》という、レアーナを陰から見守る騎士生たちのことだ。


「レアーナ様! 本日はお日柄も良く、わたくし、こうしてレアーナ様にお会いできてこと、大変うれしく思いますわ!」

「昨日会ったばかりでしょ」

「はい! わたくしは毎日お会いしたいのです!」


 このルビーのような髪色のツインテールの生徒は、リズベット・ヒースクリフ。

 ゴールドバーグ家ほど影響力はないが、ヒースクリフ家もまた貴族の名家だ。


 ルビー色の綺麗な髪をツインテールにし盛っている。

 リズベットはこの髪型を気に入っている様子だった。

 可愛らしさを強調する一方で、そのお喋りな性格が周囲の評価を下げている一面もあった。


「レアーナ様、今日はお昼をご一緒してもよろしかったでしょうか?」


 リズベットはその低い背丈でレアーナの顔を見上げ、目をキラキラとさせながら返答を心待ちにしていた。


「今日もでしょ? もう好きにして。どうせ断ったところで、また木陰から監視するんでしょ」

「あれは監視ではありません!」

「じゃあ何よ」

「見守っているのです。ハエが寄り付かぬように」


 リズベットはわざとらしく鋭く怪しい目つきで周囲の生徒を睨みつけていた。

 レアーナはため息をつき、うんざりしながら廊下を歩き進む。


 各教室から顔を出し、憧れの眼差しを向ける生徒たち。

 そしてレアーナの歩いた道には《レアーナ様を見守る会》の列が出来る。

 もはや学内においてレアーナの自由はない。


「……キリアム?」


 その時、廊下の角を曲がったところで、レアーナの前方にキリアムの姿が見えた。

 キリアムは口元から血を流しているようだが、気にもしていない様子で廊下を歩いていた。


「待って、キリアム!」


 一瞬、キリアムの驚いたような横顔が見えた気がした。

 だが生徒の群れにキリアムの姿が隠れ、レアーナは見失ってしまう。


「キリアム……」


 レアーナがそう言葉を漏らした時、キリアムの姿はもうそこにはなかった。


「レアーナ様、どういうことでしょうか……」


 そんなレアーナを面白くないと言わんばかりに見つめるリズベット。

 笑顔を貼り付けたような不自然な笑みからは、終始ピクピクと怒りにも似たものが溢れる。


「どうって、何が」

「あれは学院始まって以来の落ちこぼれです。あのような者に話し掛けるなど、レアーナ様の気品が汚れてしま……」

「言い過ぎよ」


 その時、レアーナの冷たく低い声が聞こえた。

 死んだ魚のような目で、一瞬、リズベットを睨んだように見えたレアーナの視線は、気づくと廊下の先へ向いていた。


「で、ですが……」


 リズベットは言葉を詰まらせる。


「お昼は一人でいいわね」

「え……」


 レアーナはリズベットの返事も待たずそう問いかけると、キリアムの消えた方向へ歩き去っていった。


 そこに残されたリズベットは意気消沈といった様子だ。

 だが表情が次第に変わり、「許さない……わたくしのレアーナ様……」と言葉をこぼす。


「落ちこぼれがぁ……」


 それは怒りだ。

 リズベットは廊下を睨みつけながら歯ぎしりし、周囲の生徒はその姿に少しばかり引いていた。


「許さない……」




 ▽




「ええかキリアム。呪いかバースか知らんが、そんなもん使えんでもわしらには調合術がある。わしらハイドゥインは魔法がまだなかったその時代から、調合術で世を渡ってきたのじゃ。なんも恥じることなんかありゃせん」


 入学してから一週間が過ぎたが、授業をさぼったのは今日がはじめてだ。

 トーマスくんはおそらく様子を見ていたんだろう。

 この一瞬間ずっと背中に嫌な気配を感じていたが、その正体が分かった。


 レアーナの気持ちは嬉しい。

 おそらく幼馴染である僕のことを想って根回ししてくれたんだろう。

 だがトーマスくんの言うとおりだ。

 魔力がなければ論外。

 僕は騎士にはなれないし、なったところで未来は見えている。


「でもおばあちゃん、みんなはそうは思ってくれないんだよ。学院には入れたけど、僕みたいに魔力すら持たない人間は騎士にはなれないんだ……調合術は時代遅れで、役に立たないんだよ」


 おばあちゃんはハーフリヴの木の樹液と葉を原料にして作った、回復薬を小瓶に詰めながら、ときおり僕の話にその手を止める。


 近くの森に入ればいくらでも自生しているハーフリヴ。

 それが原料になっているなど、もう誰も知らないだろう。

 誰も買わないのだから知る必要がない。

 安くて質のいいハイドゥインの回復薬。

 こんなものを買いに来るのは魔法慣れしていない変わった老人か、物好きな変わり者だけだ。


 僕と同じ17歳くらいの子供は、擦り傷程度ならみんなバースで治してしまう。

 それは免疫力を操作し一時的に治癒力を上げる術だ。

 生徒の中でも家柄が貴族の者はたいていそのくらいのことはできる。

 おそらく親に教えてもらったのだろう。


「騎士になることだけがすべてではないわい。あんな空像に縛られただけの場所でも学び舎じゃ。学べることはある。キリアムよ、調合を学ぶのじゃ。良いな」

「調合ならもう知ってるよ。おばあちゃんに全部教えてもらった……けど、ハイドゥインは夢だけは教えてくれなかった」

「キリアム……」

「空像は調合術の方だ。僕はこれからも落ちこぼれと馬鹿にされ続ける」

「キリアムよ。確かにお主は調合術をマスターしておる。そのセンスはわしをもこえる程じゃ。ハイドゥイン始まって以来の天才やもしれぬ。だが調合術にはその先というものがあるんじゃ、ハイドゥインはかつて……」

「別に嬉しくないよ。非効率で汎用性の低い能力なんて誰もほしがらないし。誰も僕たちの都合のいいようには理解してくれない」


 とある国の港町で盗みを生業に生きていた幼少の僕を、偶然、姓にハイドゥインを持っているというだけで引き取ったおばあちゃん。

 親の顔も知らないはずの僕には、なぜか姓があった。


 ウォールハーデンへ移り住んだ時から、おばあちゃんはずっと同じことを話す。

 その昔、調合術においてハイドゥインは強大な力を持っていただとか、まあ、大体そんな話だ。


 調合術とは魔法やウォールハーデンの騎士術なんかが生まれるずっと前からあったもので、当時それは人の生活の中に溶け込んでいるような、そういった類のものであったらしい。

 だがそれも時代と共に廃れていったのだと、おばあちゃんは言う。


「キリアムよ。お主はこれまで通りハイドゥインの調合術を学んでおればええ。有効なのは調合術だけじゃ」

「有効って?」

「ドラゴンじゃ! 奴らに有効なのは調合から生み出された術だけじゃ! その全身に覆われた鱗は銀剣など通さず、魔力は触れた瞬間、消えてなくなってしまうのじゃ!」


 確かに、一時は僕も鵜呑みにして、この家にある調合書を読み漁った。

 でもこの通り、おばあちゃんは少しばかりボケていた。


 ドラゴンなんていう人の妄想の産物が実在すると信じ、ハイドゥインは最強だと誰も知らないその名を誇る。

 おばあちゃんがボケていると気づいた時、僕の中から何かが消えた。

 確か丁度その頃、レアーナが簡単なバースを父親に教わったからと見せびらかしにきたことを覚えている。

 レアーナは「私が教えてあげる」と微笑んでいたけど、僕はまったく使えなかった。

 あの時からだ。

 あの時、それまでそんなことは考えたこともなかったのに、その一瞬でなぜか立場というものが生まれ、それが逆転したような感覚を覚えた。

 それまで回復薬の作り方や森に自生している植物の名前を話す物知りな僕を、レアーナは慕っていたような気がする。

 だが僕に魔力がないと知った時から、レアーナは宝石のようにキラキラとしたあの目を向けなくなった。

 何かが変わったんだ……。


「出かけるのかえ?」

「ちょっと森に言ってくる」

「キリアムよ、調合術はお主を裏切らんぞ」

「……ちゃんと勉強してるよ。それに、僕には本を読むことくらいしかできないしね。考えをどう変えたって魔力は宿らない。それから言い忘れてたけど、もしかしたら学院はもう辞めるかもしれないから、そしたらまたこれまで通り調合の勉強をするよ」

「学校はもうええのかえ?」

「……いいんだ。僕には合わなかったんだよ」


 僕は家を飛び出した。


「お兄ちゃま! どこかへお出かけですか?」


 外に出ると買い物から帰ってきた妹と鉢合わせた。


「ミーナ……」


 これは妹のミーナだ。と言っても血は繋がっていない。

 ミーナは僕が来た時にはもう既にこの家にいた。

 僕と同じように親に捨てられ、孤児だったところをおばあちゃんに拾われたらしい。


「その様子からして採取ですね!」


 妹は明るい。いつもキラキラしている。

 まるで昔のレアーナみたいだ。

 でも昔のレアーナの顔なんか忘れてしまったし、ホントのところは分からない。


「ああ、ちょっと森に言ってくるよ。ハーフリヴもそろそろ切れそうだし」

「ミーナもついて行っていいですか?」

「ダメだよ、森にはクリーチャーも出るし……いつも言ってるだろ」

「ミーナはお兄ちゃまの役に立てると思うのです! だからついていきたいのです!」

「ミーナ……あと一年の辛抱だ」

「お兄ちゃま……」

「あと一年したらミーナも騎士学院に入るだろ。ミーナには僕と違って魔力があるだろうし、そしたらいくらでも好きな時に森にいけるようになる」

「ミーナは今、お兄ちゃまと一緒に行きたいのです!」

「お取込み中、失礼いたしますわ――」


 その時、会話を遮るように声が聞こえた。

 振り向くと、そこには騎士学院の制服を着た数人の女子生徒と、その先頭に赤毛の女子生徒の姿があった。


「なんですか」

「キリアム・ハイドゥインさんとお見受けいたしますわ」

「確かに僕はキリアムですけど……」


 その人が一瞬、敵意のある視線を向けたような気がした。

 ミーナもそう思ったのか、僕の袖をつかみ少し怯えたように近づいた。


「わたくしはリズベット・ヒースクリフと申します。後ろにいるのは親衛隊のメンバーです」

「親衛隊?」

「知りませんか? レアーナ様に健全に学業に努めていただけるよう発足された親衛隊です」

「レアーナ……」


 僕がレアーナの名を呟いた時、リズベットさんはまた一瞬、敵意のある視線を向けた。

 今度は見間違いじゃない。


「単刀直入に申し上げますわ。今後一切、レアーナ様に近づかないでいただきたいのです」


 分かりやすい話だ。


「平たく言えば、あなたは目障りなのです」

「…………」

「レアーナ様は天才なのです。魔力の質も量も優秀で、さらにあのゴールドバーグ家のご令嬢であらせられます。一方あなたはなんでしょうか……確か、騎士学院が創設されて以来の落ちこぼれだと、言われておりますわよねえ?」


 レアーナに親衛隊とかいうものがまとわりついているのは知っていた。

 リズベットさんの言いたいことも分かる。

 僕は平民で、かつ落ちこぼれ。

 一方レアーナは貴族で、試験会場を輝きで満たしたあの日から天才。

 僕とレアーナとでは天と地ほどの差がある。

 僕は地の底の住人……行ってみれば地底人だ。

 あのなんとかって偉人もこれを指して言っていたのだろうか。

 そんな気さえしてくる。


「……言いたいことは分かりました」

「理解が早くて助かります」

「今後一切、彼女には近づかない。それでいいですか……」

「結構、ではわたくしたちはこれで失礼させていただきますわ」


 去り際、彼女たちは薄笑みを浮かべていた。

 騎士学院の連中はそんな奴らばかりだ。

 特に貴族の中にはそういった連中が多い。

 大体そうだと言っても差し支えないほどだ。


「お兄ちゃま……」


 振り向くと、僕の手を握るミーナの姿がいた。

 怯えた表情で、少し悲しげだ。


「魔力がないんだ……」

「……」

「魔力のない者は騎士にはなれない。一度は騎士になって……なんてことも考えたけど、多分、無理だ。レアーナの根回しで入学はできたけど、近いうちに学院はやめると思う」

「お兄ちゃま……」

「ミーナ……あと一年したらミーナも入学試験を受けられる。そしたらミーナも騎士生だ。その時、僕はいないかもしれないけどね…………」


 最後の「頑張って」という言葉が言えず、ミーナを置いてその場を去った。

 僕の分も騎士になってくれ、なんてこと、言えるわけがない。

 血も繋がっていない妹だ。

 自分の境遇の一片でさえ押し付けることはできない。

 ミーナは優秀だ。頭もいいし、調合だって覚えるのが早い。

 そんなミーナに、落ちこぼれの都合は押し付けられない。

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