第2話 落ちこぼれの宿命

「ドラゴンとは主に、このような姿をしたクリーチャーの一種ではないかと言われています」


 騎士学院に入学してから一週間が過ぎた。

 あれからレアーナとは話していないどころか顔も合わせていない。

 だがその方がいいだろう。

 僕が絡んでも、彼女にとっては不幸を誘発するだけの材料にしかならない。


 教壇ではこのクラスの担任であるワルドナー先生が空想上の生物である《ドラゴン》について話していた。

 黒板に描かれた胴長の巨大なクリーチャー。

 二つの大きな翼と長い尻尾。

 頭には二本の角があり、その大きな口にはびっしりと鋭い牙が生えているそうだ。

 前に本で読んだから知っている。


 この存在したかさえ不明な謎の生き物は、体内で《火汁かじゅう》と呼ばれる物質を生成するらしく、それは外気に触れた瞬間、温度が上昇し発火現象を起こすのだそうだ。

 ドラゴンは咆哮ほうこうすることでこの物質を口から体外へ吐きだし、高温高圧の熱線を放つ。

 まったくデタラメな生き物だ。

 こんないい加減な生き物を考えた著者は誰なのかと思い、いつか調べたことがあったが、人気がなかったのか名前は見当たらなかった。


「キリアムくん、授業中によそ見ですか」

「あっ、すみません……」

「構いませんよ。そういう日もありますからね。ただし罰は必要です。私の代わりにドラゴンについて、最も重要だとされている補足説明をしていただけませんか?」

「補足ですか? でも、それは今ので全部じゃ……」

「流石はキリアムくん。筆記試験において一位の成績を収めたられた実績は伊達ではありませんねー、今のは引っ掛けです」


 筆記試験とは入学試験のことだ。

 本ばかり読んでいた僕には容易な内容だった。

 僕は思わず「いえ、大したことでは……」と苦笑いを返す。


「いえいえ、窓の外に流れる雲を眺めながらでもしっかりと私の話を聞いてくださっていたとは、実に優秀です。では私からヒントを出しましょう。補足説明についてですが、それは主に何故このウォールハーデンが《地底都市》と呼ばれているか、という話にあります。地底都市ウォールハーデン……ですがご覧の通り、窓の外を見上げればこんなにも広大で青々した大空が広がっているではありませんか。だというのに、何故そう呼ばれているのか、それを私の代わりにお答えいただきたいのです」


 それも何度か本で読んだことがある。

 ドラゴン以上に常軌を逸した、正気とは思えない空想上の話だ。

 ドラゴンに続き、こんなものを授業で扱うとは失望ものだ。

 騎士が聞いて呆れる。


 僕は席を立ち、そして教壇を見つめた。

 それからうんざりした気持ちを隠し、ゆっくりと答え始める。

 だが騎士になるためだ。仕方がない。


「地底都市とはこのウォールハーデンのみならず、この世界を表す言葉であり、別名地底界とも呼ばれています。それは考古学者であり魔導師でもあった偉人――フョードル・テトラの残した言葉に由来します」

「続けてください――」

「フョードルは死の間際、“人は地底人にあらず”という言葉を残し息を引き取ったとされています。偉大な魔法使いであったことからフョードルの言葉には何か意味があると考えられ、当時の学者たちはフョードルの残した研究データから長い年月をへて、その答えを導きだしました。それは《フョードルの地底論》と呼ばれるもので、この世界が地下深くに位置する地底であり、真上に広がる雲海や大空の果てに、もう一つ別の世界があるという考え方です」

「ありがとうございます。座ってください」


 僕は小さくため息をつき席に着いた。


「そうです。地底都市とはフョードルの地底論に基づく考え方であり、その言葉は彼の残した論文にも記されています。そして何故フョードルがこの世界を地底などと定義付けたのか、それは人間がこのドラゴンにより地底へ追いやられたからだと、フョードルは提唱しているのです」


 ワルドナー先生は窓際に立つと教室の窓を開けた。

 そして爽やかに微笑みながら僕たちへ視線を戻す。


「ですが、これはいわゆる都市伝説のようなものであり、皆さんの中にも同じように思われている方はおられるかと思いますが、私としても何故ウォールハーデンが騎士の必須科目にこのような授業内容を組み込んでいるのか……はなはだ疑問です」


 そう話すワルドナー先生の言葉に、数名の生徒は「クスクス」と小さく笑っていた。

 だがこれは言ってみれば童話レベルの話であり、17歳の騎士生が教養といえど、今さら教わるようなものではない。

 そういう話は嫌いではないし童話としては面白い。僕も好きだ。

 僕もこれまでに何度も目にしてきたから単語もそれなりには覚えているが、覚えていようと、だからどうしたという話だ。

 知らない方がおかしいというもの。

 よそ見をしていた罰と言うが、おそらく先生はおまけしてくれたんだろう。

 この人は落ちこぼれの僕にさえ優しくほほ笑んでくれる、いい先生だから。




 ▽




 時間は正午を過ぎ、生徒たちは昼食をとっていた。


 ここは校舎の一画に位置する噴水広場。

 だが生徒たちの教室がある棟とは少し離れており、昼食に利用する者はいない。


「ぐはっ!」


 そこには殴り飛ばされるキリアムの姿があった。

 噴水の側面にある石に叩きつけられ、動きが止まった。

 顔を殴られ口を切ってしまったのか血が出ている。

 頬にも擦り傷が見えていた。


 噴水にもたれ掛かるキリアムを見下す3名の生徒たち。

 その誰もが髪を整髪料でしっかりと整えた気品のある身なりをしている。

 それもそのはず、彼らは貴族だ。

 すると先頭にいた生徒がキリアムへ近づき、悪意のこもった眼差しで見下ろした。


「ぐはっ!」


 腹に蹴りを入れられるキリアム。

 生徒はその金色の短髪をしっかりとオールバックでまとめていた。

 目鼻立ちも整っている方だ。


「がはっ!」


 さらにもう一発と、生徒はニヤリともせず表情を変えぬまま暴力をふるう。

 だが後ろの生徒たちは彼とは違い、二人とも微かな笑みを浮かべていた。

 キリアムは腹を抑えたまま横にうなだれる。


「魔力もない落ちこぼれが調子に乗るな。おとぎ話くらいで博識気取りか? 騎士に必要なものは魔力だ。そして剣を操る技。他人の創作物を得意げに語ることが騎士だとでも言うつもりか? ワルドナー先生はいい教師ではあるが変わり者だ。だからお前のような落ちこぼれさえも受け入れる。だが他の先生方はどうかな。同じようにはいかないぞ」

「……」


 キリアムの意識は少し飛びかけていた。

 それに気づいた生徒は不意に噴水へ手をかざす。

 すると水の一部が水流を描くように跳ね上がり、空中で水晶サイズの水玉を作った。

 そして宙を漂いキリアムの頭上まで来ると、そのまま力を失ったようにストンと落ちる。


「ゲホッ! ゲホッ!」

「むせ返っているのは僕たちの方だ」


 キリアムの頭はびしょ濡れになり、衣類も少しばかり濡れた。


 ――騎士のリトルバースだ。魔法ではない。

 だが庶民にとっては見分けがつかず、魔法と同一視されることもよくある。


 省略しバースと呼ばれるこの力は、魔力を用いて放たれる波動であり、それは騎士の術を学んだ者だけに許された能力だ。

 銀剣による剣技とバース、この二つが組み合わさることにより、ウォールハーデンの騎士は最強と呼ばれる。

 その規模は騎士一人に対し、歩兵部隊一個隊分に相当すると言われている。


「教師の間で、お前が何と呼ばれているのか知っているか?――“論外”だ。魔力がないのでは落ちこぼれにすらなれない。つまり論外。そんな奴と同じ教室に閉じ込められ、挙句の果てには童話の解説まで聞かされるこっちの身にもなってもらいたいものだ」


 水を被ったことで意識をつないだキリアムは、顔を上げ目の前の生徒へ視線を向けた。


「なによりここは名門校だ。ここにいるフィリップはヘルマン家の次期当主。そしてクラインはシュバルツェ家の次期当主だ」


 フィリップ・ヘルマンは浅黒い肌に癖の強い黒髪をした青年だった。

 パーマがかったような髪は少し長めだが、恥じないよう手入れがされている。

 クライン・シュバルツェは耳がはっきりと見えるほどに短く整えられた茶髪の青年。

 右目にかかる前髪が気になるのか、ときおり首を軽く横に振る癖があった。


「みんな騎士になるため、遥々ウォールハーデンまでやってきたんだ。二人だけじゃない、他の連中だってそうだ。お前にその覚悟が分かるか?」

「……」

「僕の先祖は偉大な騎士だった。ファイブリースと言えば分かるだろ」

「……ハーデン・ファイブリース」

「そうだ。この騎士学院の初代校長は僕の先祖にあたる。僕はその子孫だ。父も母も、それから兄も、みんなここで騎士道を学んだ。守ってきたんだ。そして次の代へと繋げてきた。分かるか? 汚点などあってはいけないんだ。王族にさえ認められた先祖の名誉を、お前のような輩にけがされるわけにはいかない」


 だがその時、キリアムは笑った。

 熱弁するトーマス・ファイブリースを嘲笑うように、微かな笑みを浮かべたのだ。


「貴様……」

「僕には……関係ないよ」


 その言葉にフィリップとクラインの表情も変わった。


「お前! 平民の分際で!――」


 フィリップは激高し前へ出ようとした。

 だが空かさずトーマスが制止する。


「平民を虐める趣味はない。これはお前のためでもあるんだぞ。お前のような者は前例がないそうだ。だが落ちこぼれというのは、大抵、結果が決まっている。お前は騎士にはなれない。仮にここを卒業できたところでその学歴はお前にとって不利でしかない。ウォールハーデンの騎士学院を卒業したというだけで、他国の人間は見る目を変える。中には決闘を申し込んでくる野蛮な連中もいるだろう。だがお前はその時そいつらにさえ勝てない。もちろん誰もが魔力の扱い方を知っているわけではない。だが魔力の有無は人の力量を根本的に変える。そのあとお前がどうなろうと知ったことではないが、ウォールハーデンの名は間違いなく汚される……」


 キリアムは言い返さなかった。

 口の際についた血を舐め、手の甲で拭っただけだ。

 そんなキリアムへトーマスは力の入った鋭い目で睨む。

 目を合わせようとはしないが、キリアムは気づているだろう。


「いくぞ」


 キリアムの態度に説得は無理だと判断したのか、そう言ってトーマスは二人を引き連れ目の前から消えた。


 長い歴史をもつこの騎士学院において、訪れる生徒の親が卒業生であるということは珍しくない。

 そして親のまた親もここで騎士の技を学んでいたということはよくあることだ。

 ウォールハーデンの騎士術はそのようにして受け継がれてきたのだ。


 だがときおりキリアムのような者が紛れ込む。

 そういった者は必ずトーマスのような優秀な者に阻まれ、結果この学院を去る。

 だからこそウォールハーデンはいつまでもれることのない名誉を掲げ続けることができるのだ。

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