ハイドゥインの地下室~騎士学院の落ちこぼれ、調合師にて最強!

酒とゾンビ/蒸留ロメロ

第一章:落ちこぼれの騎士

第1話 魔力のない騎士

 騎士――それは誰もが一度は憧れを抱く、栄光の象徴。

 夢と浪漫に満ちた不動の存在だ。

 ここウォールハーデン騎士学院は、長きに亘り騎士を輩出してきた屈指の名門校。

 過去にはのちの英雄や偉人なども輩出していて、彼らに憧れた受験生が各国から多数訪れる。

 皆、騎士になりたくて仕方がないんだ。

 もちろん僕もその一人だった。

 騎士になればそれだけで豊かな暮らしが手に入る。

 恵まれた人生を送れるんだ。

 望んではいないけど、高級住宅地に家を建て貴族の女性を妻に迎える、なんてことすら平民の僕にも可能だろう。

 何故なら騎士はこの国において社会的に身分が保証されているからだ。

 少なくとも、と前置きしておいた方がいいかもしれない。

 でもウォールハーデンの騎士は世界的にも有名だし、この国だけに限らず認められている。


 とにかく騎士になればすべてが上手くいく。勝ち組だ。だから人が集まる。

 数年の間だけとはいえ、わざわざ住居をこっちに移してまで学びに訪れる。

 それだけ価値があるから。

 だから僕もその日、騎士になるべく騎士学院の門をくぐった。

 でも、結果は予想通り酷いものだった。


 試験会場へと続く長者の列に並び、気づけば体育館へと誘導されていた。

 隣では幼馴染のレアーナが「キリアム、少しは肩の力を抜いたら?」と、少し呆れた素ぶりで心配そうにしていた。

 キリアムとは僕のことだ。姓はハイドゥイン


 レアーナは癖なく真っ直ぐに伸びた金色の髪が綺麗な貴族の娘。

 なぜ僕のような平民がゴールドバーグ家の令嬢とつるんでいるのかというと、それは一言で表せば腐れ縁だろう。

 幼い頃この国へ引っ越してきた僕は、友達もおらず、一人森の中で薬草の採取に勤しんでいた。

 家が道具屋を営んでるということもあり、回復薬の材料を集める必要があったからだ。

 ハイドゥインの回復薬は当時よく売れた。


「17歳なんだし、もう私たちは大人よ。心配しなくても大丈夫だって」

「大人だからって騎士になれるわけじゃないよ。騎士になれない大人は沢山いる。それに17歳はまだ子供だ。けど、問題はそこじゃない……」

「……まだ、感じないの?」


 レアーナの問いに思わずため息が出た。


「騎士に選ばれるには魔力が必要だ。僕にはそれがない……」


 人には誰しも魔力が宿る。

 それは騎士になるには欠かせないものだ。


「オーブは反応しないよ……」


 列はゆっくりと進み、査定の時間が近づいてくる。


「上手くコントロールできないだけかもしれないじゃない。誰にだって魔力はあるものよ」


 魔力を自在に扱う騎士の体からは、青き静寂がほとばしる。誰もがその姿に憧れる。

 レアーナは僕にも才能があると疑わない。


 その時、「次の者は前へ」と軍服を着た指導官に促され、僕はオーブの前に立たされた。

 これがすべての始まりだった。

 僕を悪夢へと誘う黒いガラス玉。

 オーブは対象の魔力を計り、合格不合格、さらには優秀や平凡といったことまで判断する。


「早くオーブに触れろ! 後ろがつかえてるんだ!」


 ヒステリックな指導官の声に一瞬ビクッとした僕は、反射的にオーブへ手を置いた。

 するとオーブの中に渦巻く黒い何かが、ゆっくりと乱回転を始める。


 オーブは最初、人に反応する。何度も本で読んだから知ってる。

 そして次に対象の魔力を計り始めるんだ。

 魔力の質や量に合わせ光り輝き、優秀なものほど輝きは大きい。

 でも……。


「キリアム、どうしたの。上手くいった?」


 後ろでレアーナの声が聞こえた。

 その後ろには列が続いていて、知らない連中が僕の試験結果を見ている。


「ダメだ……光らない」

「何だこれは! 壊れているのか!」


 舌打ちが聞こえると指導官がオーブから僕を引き離した。

 そして苛立ちを見せながらオーブを手に取る。

 受験生の整理を任されているだけの一兵卒には分からないのだろう。

 オーブは壊れているから光らないんじゃない。

 そもそも魔力が存在する前提で作られたオーブは、魔力を持たない者には反応しないという選択しかとらない。

 僕はこのオーブが何で作られているのかも知っているし、何でそんな機能を果たすのかも理解している。

 だから分かる。

 つまり、今をもって僕はこの指導官にすら劣る存在だということが証明されてしまったのだ。

 何故なら僕には魔力がないから。


 無知な指導官の手の平の上で、オーブはそれなりの輝きを見せている。

 後列の受験生の何人かはそれを見て「おー!」と目を輝かせていた。

 大した輝きじゃない。でも、僕の場合は光らない。


「キリアム……」


 レアーナの同情の声が聞こえた。

 ため息と言った方が正しいかもしれない。

 レアーナにはオーブの仕組みについて話したことがある。

 だからもう、彼女は分かっているはずだ。


「な? 言った通りだったでしょ? 僕には魔力がないんだ……」


 一生懸命勉強して得たオーブの知識も無駄だった。


 その後、先ほどの指導官が代わりのオーブを持ってきたが、僕が触れてもやはりオーブは光らず、それでも拒否せず無言のまま、言われるがままに、もう終わっているはずの試験を受け続けた。


 そこへ試験会場の騒ぎを偶然に聞きつけた騎士生が現れると、事態は事なきを得る。

 もっとも、それはオーブが壊れていなかったからという意味だ。

 オーブは希少な物であり万が一壊してしまった場合、それはこの指導官の責任になってしまう。

 現れた騎士生が涼し気な面持ちで「オーブは正常です。彼に魔力がないだけですよ」と一言呟く。

 すると指導官は安堵し、振り返ると僕へ敵意を向けていた。


 この一件以降、僕は魔力を持たぬ落ちこぼれとして、その名を晒された。規模は分からない。

 多数の受験生が見ていたことから対処できるようなものではなかった。

 皮肉にも統率された彼らの前では僕の中身のない雑学など何の意味もなさなかった。


 レアーナはというと、彼女のオーブは会場中を照らす程に光り輝いていた。

 “才女の誕生だ”と、その輝きを聞きつけた教員たちは大騒ぎだ。

 やっぱり貴族は違う。

 平凡の血は、平凡だ……。




 ▽




「新入生代表! レアーナ・ゴールドバーグ!」

「はい!」


 隣にいる知らない生徒の呼吸の音しか聞こない会場に、レアーナの気持ちの良い返事が響いた。

 壇上に立つレアーナは呪文のような挨拶を述べている。


 あの試験の後、レアーナは新入生の中でも特に優秀であったらしく、特待生として迎えられた。

 ゴールドバーグ家という家柄の良いレアーナは、新入生代表の挨拶まで任される始末だ。

 僕はそんなレアーナの姿を遠くの観客席で見守っていた。

 だが見守るなどおこがましいだろう。

 彼女はもう、僕とは住む世界が違うのだから。


「なあなあ、あいつだろ? 例の……」

「ああ。なんでも学院始まって以来の落ちこぼれらしいぞ」


 どこからか耳障りの悪い言葉が聞こえてきた。


《学院始まって以来の落ちこぼれ》――僕は今、そう呼ばれている。


 試験から一週間後の話だ。

 何故か僕は学院への入学が認められた。

 それもわざわざ新学期からお世話になる先生が家に訪ねてきたのだ。

 一瞬、もしかすると僕はとんでもない何かを秘めていて、だからオーブは反応しなかったのではないか……などと、なんとも頭の悪い、都合のいい期待をしてしまった。

 だがその答えは壇上で輝いているレアーナなのだと、今なら察しが付く。


 レアーナは何も言ってこなかったが、おそらくゴールドバーグ家が何かしたんだろう。

 レアーナのお父さんには昔からお世話になっているし、家にも遊びに行ったことがある。

 平民でも受け入れる数少ない貴族だ。


「なんであんな奴が騎士学院に入れたんだ?」

「知らね、何かの間違いだろ。それかイカサマでもしたんじゃね」


 この生徒だけじゃない。

 誰もが僕に疑問を抱いているはずだ。

 そしてこんな連中でもいつかは気づくはずだ。

 僕がレアーナに親しげに接すれば、必ず誰かが勘付く。

 そうなれば次に陰口を叩かれるのはレアーナかもしれない。


「新入生代表、レアーナ・ゴールドバーグ!」


 その時、会場から拍手が巻き起こった。

 顔も知らない誰かのボソボソ声はかき消され、誰もが立ち上がっていた。

 僕は座ったまま、人込みの間からレアーナの姿を見ていた。

 そして心で呟く。

 もう……レアーナに近づくのはやめよう。


 その後も鳴り止まぬ拍手喝采に笑顔を配るレアーナ。

 僕はその姿から目を逸らせず、だがこれで見納めだと心に刻み込んだ。

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