第2話 勇者、無一文
城門の外は、思ってたより普通だった。
石畳、屋台、馬車、鎧の兵士。ファンタジーっぽい服装の人々。
景色は異世界なのに、僕は下を向いて歩いていた。
落ち込んでいるのって?いや裸足だからですけど。
まず靴だ。これはこれで解放感があって嫌いではないんだけれど。
僕は市場に向かった。
市場は賑やかだった。
見たことのない果物の山、肉の塊、香辛料、布、鍋、木工、錆びた剣。
色んな匂いが混じっていて落ち着かない。もちろん靴もある。
「ここにあるの、いくらくらいですか?」
店主が僕の足元を見て、一瞬だけ表情を固めた。
「……銅貨三十枚」
銅貨という単位は知らない。
でも金貨一枚あれば余裕だろう。どんな世界でも金の方が価値が高いはずだ。
僕は革袋から金貨を取り出した。
「これで適当に見繕ってくれ」
驚いた表情の後、店主は金貨を見たまま眉間に皺を寄せた。
「……お客さん、それ本物か?」
「え?」
「こんなもん、ここで出すな。釣り銭がねぇ」
「じゃあ崩してもらえませんか?」
「無理だって言ってんだろ」
店主は布靴を棚の奥に押し込んだ。
触れてもないのに返品されたみたいな気分になる。
「金貨なんて持ってるやつは、商人か貴族か、裸足の犯罪者だ。」
「いや、僕は勇者ですけど」
店主は鼻で笑った。
「……勇者?魔王どころかオーガにすら尻尾巻いて逃げそうじゃねぇか」
「名前からして怖い」
「じゃあ勇者名乗るんじゃねぇよ」
急に当たり強くない?もう僕と話す気がないのかこっちを見てくれなくなった。
僕はズボンのポケットに金貨をしまった。しまった瞬間、腹が鳴った。
店主が急に声を落とした。
「……両替なら、ギルド行け」
「ギルド?」
「冒険者ギルドだよ。あそこなら換えられるかもな。手数料は取られるけどな」
(ギルド……!)
ゲームでいう“最初の拠点”。
困ったら行く場所。話しかける相手がいる場所。
そこでクエストを受けて、仲間ができて、なんやかんやで強くなる。
僕は頭を下げた。
「ありがとうございます!」
ギルドへ向かう道は、思ったより人が多い。
肩がぶつかる。荷物がすれ違う。声が飛ぶ。
この世界の生活が、僕のすぐ横を普通に通り過ぎていく。
ギルドの建物が見えた。
石造りの大きな建物。
看板。出入りする屈強な連中。
なんかもう、ここだけで“安全地帯”に見える。
その時、背中に軽い衝撃があった。
「っと、すみません!」
少年みたいな声。
ちゃんと謝れるなんて偉いなと、振り向いた時にはもう、人混みに紛れていた。
僕は前を向き直った。
こんなことで止まってる場合じゃない。両替。靴。食事。宿。
ギルドの扉へ手を伸ばした瞬間。
ポケットが軽い。
いや、軽いっていうより、そこにあるはずの重みが消えている。
ない。
金貨がない。
息が止まった。
「……え?」
もう一度探る。
革袋の中。服の中。腰。ポケット。指先。
あるはずの場所を何度も撫でる。
ない。
冷たい汗が背中に走った。
もしかして、さっきの少年。
僕は振り返って人混みを見た。
市場の喧騒。笑い声。荷車。誰かの呼び込み。
(待って……待って待って……)
僕は走った。裸足で。
小石が食い込む。
痛い。でも痛いって言ってる暇がない。
もちろん少年は見つからない。
見つかったとしても、僕はどうする?
息が切れて、足の裏が焼けて、世界がぐにゃっと歪む。
僕は戻った。
ギルドの扉の前。
行くしかない。
最後の希望はここしかない。
僕は扉を開けた。
中は、酒と汗と鉄の匂いがした。
想像してた“拠点”じゃない。完全に現場だった。
怒号と笑い声が同時に飛び交っていて、壁には依頼書がびっしり貼られている。
受付があったので僕は息を整える暇もなく言った。
「すみません、助けてください。スリに遭いました」
受付はペンを止めて、顔だけ上げた。
「はぁ、ギルドの人にですか」
「市場で金貨を盗まれました。さっきまで持ってて、両替しようとして……」
「金貨?」
その一言で、空気が薄くなる。
僕は頷いた。
「王城から支給されて……僕、勇者で……」
受付はため息をついた。綺麗なため息。慣れてる感じのため息。
「ギルドカードは?」
「ないです」
「目撃者は?」
「いません。顔も覚えていないです」
受付の視線が僕の頭からつま先に落ちた。
最後に、僕の顔に戻る。
「……つまり、証明できるものが何もない、と」
「僕、勇者なんですけどダメですか?」
言ってから、自分で自分が恥ずかしくなった。
勇者って単語が、便利な切り札じゃなくて、痛い言い訳に聞こえる。
受付は紙を一枚取り出した。
「勇者を名乗る方は、毎週いらっしゃいます」
「名乗ってるだけじゃなくて、本当に……」
「証明できません」
「じゃあ……靴だけでも……」
僕は、自分でも驚くほど弱い声を出した。
受付は首を横に振った。
「貸与装備は登録者のみです。登録には登録料が必要です」
「登録料……?」
「銀貨一枚」
銀貨。
また新しい単位が出てきた。
僕の胃が、ため息をつきたそうにしていた。登録料で靴買えるんですけど。
受付はペンを動かしながら言った。
「では、日雇いの仕事を紹介します。前払いはできません」
「仕事……?」
前払いできない。
その言葉が、僕の腹に刺さった。
腹が鳴った。完全に同意している音だった。
受付は淡々と続ける。
「今すぐ受けられそうなのは、荷運び、清掃、解体補助ですね。危険手当はありません」
「危険……」
「嫌なら結構です」
そこに“助ける”の成分が一ミリも見えなかった。市販の痛み止めですら半分はあるのに。
だけど、選択肢なんて今の僕にはない。
僕は頷いた。
「……やります」
受付が紙を一枚差し出した。
「では署名を」
「……署名?」
僕はペンを持った。
手が震えていた。寒さじゃなくて、現実のせいで。
「シロウです、これで読めてますか?」
受付はそれを見て、何も言わずにスタンプを押した。
ドン。
その音が、やけに重かった。
金貨より重い。
「外の掲示板に集合場所が書いてあります。遅刻したらキャンセル扱いです」
「やっぱり靴」
僕が言い終える前に、受付は視線を上げずに言った。
「次の方どうぞー」
僕は紙を握りしめたまま、ギルドの外へ出た。
石畳がまた足裏に噛みつく。
さっきより痛い。
だけど僕は歩き出した。勇者だから。
そう思わないと何も出来なくなる気がしたから。
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