僕勇者なんですけど? 〜“ハズレ”と呼ばれた僕が、敵国の王になるまで~

@kuronodo

第1話召喚、即ハズレ判定

眩しかった。

PCのスリープが解除でもされたのか? そういう、目が焼ける系の光。


でも眩しさより先に、冷たさが来ていた。


ふかふかのベッドにいるはずなのに冷たい。

うつ伏せのまま目を開けると、床が石になっていた。


病院みたいに清潔なのに、僕の下だけ乾いた血がついてる。


僕はゆっくり仰向けになって、天井を見た。


天井が高い。

柱が白い。壁が金色。あ、壁じゃない。人だ。


……人がめっちゃいる。

全員、こっちを見てる。


めっちゃ怖い。


僕の脳が状況を理解する前に、周りが勝手に話し始めた。

誰かが誰かを呼びに行ってる。雑談してる。場が出来上がってる。僕だけ知らない劇が進んでる。


怖いし、見なかったことにして目を閉じた。


ごめん、ちょっと寝足りない。

いや違う。これは夢だ。僕は寝直さないといけないのだ。


「いい加減起きろっ!」


屈強で偉そうな男が、片手で僕の体を起こした。

軽っ。僕ってそんな簡単に起き上がる素材だった?


目を合わせたら殴られそうなので、ずっと下を向くことにした。


しばらくして。


「……成功しました。陛下」


誰かが言った。

声が通る。通るのに、温度がない。氷を丸く削って喉に入れてから話してるみたいな声。


僕はゆっくり起き上がって、というか立たされて、ようやく足元を見た。


床に円が描かれていた。

複雑な紋様、光る線、古い文字。


ゲームで見たことあるやつだ。


(え、待って……これって……)


「おお……!」


周囲から小さなどよめきが上がる。期待の音。祈りの音。

見世物の始まりの音。


僕は変に空気を読んでしまった。


「えっと……はじめまして……?」


自分でも何を言ってるのかわからなかった。

でもこういうのって、まず挨拶から始まると思った。そういう“礼儀”がある世界だと、思った。


誰も返事をしない。

さっきまで普通に喋ってたのに、僕の声が混ざった瞬間、空気だけが死んだ。


返事をくれたのは、紙の擦れる音だけだった。


氷の声の主が書類を捲っている。

ゆっくり、わざとらしく、時間をかけて。


視線が僕の全身を舐めるように巡る。

まるで買い物中の野菜を選んでるみたいに。


「……では、測定に移ります」


「あっ……どうぞ」


僕は反射で頷いた。偉い人に見えると頷く癖がある。

生き残り方として間違ってないはず。たぶん。


僕の前に、杖を持った老いた司祭みたいな人が出てきた。

顔を“笑顔にできるタイプ”の人だ。こういう人、今まで相性良くなかった。笑ってるのに目が笑ってないやつ。


司祭は僕の顔を一度だけ見て、事務的に言った。


「……名を」


「え?」


「名を名乗れ。記録する」


僕は一瞬だけ迷った。

この状況で名乗る意味があるのか、ちょっとだけ期待してしまう自分が腹立たしい。


「……シロウです」


「シロウ。ふむ」


司祭はそれだけ言って、僕から視線を外した。

もう“名前”は用済みらしい。


手をかざされる。光が走る。

それだけで僕の顔は「おお……」になりかけた。


老司祭が一瞬だけ眉を動かした。


「身体能力……平均以下」


言い切った。ためらいがなかった。


(平均以下……? え?)


スポーツは得意じゃない。走るのも遅い。腕立ても、ちょっと辛くなるとやめちゃう。

でもここって異世界だ。補正があるんじゃないのか。チートとか。


また光。


「知能……平均より、やや上」


(やや上!!)


僕の心が、さっき落ちた分だけちょっと浮いた。

よかった。せめてここだけは。僕はバカじゃない。多分。ギリ。


最後に、さっきまでニコニコしていた老司祭の顔が、ほんの少しだけ“めんどくさそう”になる。

ほら。こういうところ。こういうところが好きになれないんだよね。


「最後に魔力」


空気が変わった。

そこにいる全員が、息を一段浅くした。


僕も息を飲み込む。ここが本命だ。

勇者って言ったら魔力だ。魔法だ。なんなら炎とか雷とか。


光が走る。

……走った。

……走ったまま、何も起きない。


老司祭の目が細くなる。


「……測定不能」


沈黙が落ちた。

重たい沈黙。落下して床に刺さって抜けないタイプの沈黙。


僕は笑ってごまかそうとした。


「え? 観測不能って……すごいってことですか?」


言った瞬間に喉が乾いた。

召喚されてから、まだ誰とも会話成立してないんですけど。


返事はない。

正確に言うと、返事はあった。


「またハズレか」


最上段の玉座に座った男が、舌打ちした。


王だ。

王冠が重そうで、顔が疲れてる。疲れてるのに、それを“品格”で隠してる顔。


王は僕を見るでもなく、大臣らしき男の方を向いた。


「大臣。結果は?」


大臣は、すでに手元の紙に視線を落としていた。

紙の中に真実があって、そこに感情がないのが当たり前みたいに。


「身体能力、平均以下。知能、平均より少々上。魔力、測定不能。特殊スキルもありませんでした」


「……では、いつものように」


王の声には、怒りよりも“処理”があった。

書類を破棄するみたいなテンションで、人間の人生が決まる。


僕が何か言う前に、王が手を振った。


「次の儀式の準備をしろ。今日中に終わらせたい」


「はっ」


周囲が動く。僕の存在を空気として処理し始める。僕の心臓の音はまだ高鳴っているのに。

召喚された側は今まさに「来た!」っていう場面のはずなのに、世界がもう次のページに進んでいる。僕だけが、ページの余白に取り残される。


(え、待って、みんないなくなるんですけど)


「おい」


声がして振り向く。


兵士が二人いた。

鎧は立派。でも目は立派じゃない。面倒を押し付けられた人間の目だ。


兵士の一人が、粗末な革の袋を投げて寄越した。

僕は反射で受け取る。


中身は軽かった。


「これが支給品だ」


袋を開けると、剣が入っていた。

剣……というより刃物。刃が薄い。柄がぐらつく。鞘もない。安物の匂いがする。


防具は、布の服一枚。

革ですらない。


そして袋の隅で、金属が小さく鳴った。


金貨が一枚。


まるで誰かの気まぐれで落とした小銭みたいな音。


「……これだけ?」


僕が言うと、兵士は肩をすくめた。


「勇者として呼ばれたんだ。どうにでもできるさ」


それは投げやりな“期待”だった。

期待っていうより、“責任の押し付け”だった。


僕は金貨を指でつまんだ。

重い。確かに重い。だけど、重さが希望に繋がってない。


「えっと……あの……も、もしかして魔王、倒してこいって……」


兵士が頷く。


「そうだ。魔王を倒せ」


あまりにも雑な命令。

そのセリフ王様が言うべきなんじゃないの?


でも雑すぎて、逆に現実味がある。


「……でも、どうやって?」


兵士はもう僕の顔を見ていない。

隣の兵士と目配せして、さっさと出口の方へ歩き出す。


「出口こっちだ。ほら、来い」


ついていくしかなかった。

宮殿の廊下は長い。長いのに、誰も僕に名前を聞かない。

誰も僕の事情を聞かない。

誰も僕から漏れ出す不安を拾ってはくれない。


ただ、運搬されている。


運ばれる荷物は、揺れないように気を遣われることはあっても、心配されることはない。


途中ですれ違う貴族が、僕を見て一瞬目を逸らした。

それが一番刺さった。


(僕、何かしたっけ……?)


城門の大扉が開く。まだ開ききっていないのに兵士が僕の背中を押した。


「はい、この国の未来は頼んだぞ。幸運を祈る」


言い方が軽い。軽すぎて痛い。


僕は階段を降りた。

石の段が硬い。寝てる間に召喚されたから裸足なんですけど。


次の一歩を出す前に、背後で扉が閉まる音がした。


ガコン、という重い音。

それで終わりだった。


僕はしばらく階段の下で立ち尽くすことしかできなかった。


世界が広い。

空が高い。

人が遠い。


兵士ももういない。


残ったのは、安物の剣と薄い服と、金貨一枚。

そして、肩書きだけ。


僕の声は誰にも届かない。


「……僕、勇者なんですけど?」


遠くで街の音がする。生活の音がする。

誰かが買い物をして、誰かが仕事をして、誰かが怒鳴られて、誰かが笑ってる。


そこに僕の居場所は最初から用意されてない。


僕はゆっくり息を吸った。

日はまだ高いが空気が冷たくて、肺の中が痛い。


そして、階段の先を見た。


城門の外は見たことのない世界だった。

きっとここからが本番だ。


クエストが次々と勝手に発生していくうちに気の合う仲間が出来て、測定不能の魔力が覚醒なんかしちゃったりして、レベル一つ上がれば最強のスキルが身につく。

そんな未来が来るはずなんだ。


僕は足を踏み出す。


金貨がポケットの中で、小さく鳴った。


その音だけが、やけに現実だった。

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