第3話

 あの家には、男が一人で暮らしていた。その男は、周りの誰とも交流を持たない。近所づきあいを嫌っているようなところがあったという。

 後にわかったことだが、男は、中学生の女の子を一人誘拐し、あの家に何年も幽閉して、毎日のように暴行を繰り返していたらしい。そして、ある日、ついに少女を殺害してしまった。

 処理に困った男は、少女の死体をバラバラにし、少しずつ裏山に運んで、埋めていた。

 が、男は足腰が少し悪い。それで、最後の方は、自分の家の庭に埋めたらしい。


「マヌケなもんでさ、最初の部分が見つかったところから、警察が転々とその後を追って、男の家に辿り着いて、男は捕まり、遺体は全部掘り出されたらしいんだけどね」


 殺人事件があった家を買わされていただなんて!


「家の中は綺麗にリフォームもして、庭も綺麗に土まで替えて売り出されてたみたい。だから別の人が住んでたこともあったのよ」

「そうなんですか……」

 自分たちの前に普通に住んでいた人がいたということで、凛は少し安心した。

「まあ、親の介護があるとかで、2年くらいで引っ越しちゃったんだけどね」

「そうでしたか……」


 髪を切ってスッキリはしたけれど、事故物件を買わされたと知って、凛の心はモヤモヤしていた。



 帰って、奏汰に話した。

「事故物件だなんて全く聞いてなかったのにな」

「前に住んでた人もいたからじゃない?」

「そもそも古民家の相場なんて、俺ら知らないもんなあ」

「格安だったわけよねえ」

「まあ、事件も解決してるわけだし、気にしないでおこうよ」

「でも……あの写真とか……」

「あ〜。」

 二人、黙った。

「とりあえず、子どもたちには話さないでおこう」

 そういう話になった。



 ある日、翔と亮は、亮の部屋で、カードゲームをしていた。年が変わらないので、どちらかが容赦することもない。二人、白熱した戦いを繰り広げていた。

 亮は相変わらず翔の部屋で寝ていたが、亮の布団が敷きっぱなしになっていて、遊ぶところがなく、結局、二人は亮の部屋で遊んでいたのだった。


「もう! まだ遊んでるの? 明日起きられないわよ? 早く寝なさい!」

 子どもたちは母親に叱られるけれど、

「この勝負が終わったら寝るよ。もう〜ちょっと」

「ホントにもう〜ちょっと。」

 などと言う。

「もう。早く寝なさいよ!」

 それだけ言うと、凛は寝室に戻った。


「ゲーム機じゃないからいいか、と思ったんだけどねえ」

 困ったように奏汰に言う。

「まあ、子どもはそんなもんさ」

 奏汰は笑った。



 亮の部屋では、さあ、もう片付けて寝ようかと二人が思い始めた頃だった。


「……も……て……」


 小さい声のようなものが聞こえた。


「「えっ?」」

 二人、顔を合わせる。

「なんか聞こえた?」

「聞こえたよな?」

 二人で部屋の中をキョロキョロと探す。


 怖々、あの壁の方も見上げた。

 何もなかった。

「空耳だよ」

 翔が言う。

「二人同時に?」

 亮が言い、

「とにかく早く片付けて部屋を出よう!」

 と、足下のカードの山を見て、二人は息が止まった。


 肘から指先までの、白い手が落ちていた。


「わたしも、仲間に入れて……」

 手が、女の子の声でそう言っている。


「「わ、わあああああ!!!」」


 二人は、大慌てで、両親の寝室に逃げ込んだ。

「どうした?!」

「なんなの、こんな時間に?」

 そう言う母親に必死にしがみつく二人。

 震えている。

「手が……手が……」

「手?」

 奏汰がベッドから起きて、亮の部屋に行こうとする。

「お父さん、ダメ! ダメ! 手がいるんだ!」

 亮が叫ぶ。

「大丈夫。見てくるだけだから」

 奏汰は、近くにあったスティック掃除機を持って、そうっと亮の部屋を開けた。子どもたち二人も父親の後ろから、怖々ついていく。


 ガチャ


 ドアを開けると、そこには何もなかった。ただ二人の遊んだゲームがそのままになっているだけ。

 奏汰も子どもたちも胸をなでおろし、ゲームを片付けた。


「お父さん、この部屋、絶対なんかいる」

 と亮が怯えながら言う。

「女の子の声がしたんだよ」

 と、翔も声が震えている。

「女の子の手みたいだった。細くて白くて」

「うん、俺もそう思う」

 子どもたちは口々にそう言ってくる。

「わかった。お父さんも調べてみるよ。今日のところは、もう二人とも寝なさい」


 二人が翔の部屋に入るのを見届け、奏汰は、もう一度亮の部屋のドアを開けた。

「子供にしか見えないのかな……」

 そう呟いて、ふと壁の時計を見た。

「7時23分?」

 もう10時過ぎだ。

「えっ?」

 見ていると、時計の針はグルグル周り、今の時間で止まった。

「な、何が起きているんだ……」

 7時23分。それに何かの意味があるのだろうか?

 そう言えば、この前、電池を入れ替えた時も、その時間で止まっていた。あっ……店のタイマーも確か……。


「なにかいた?」

 寝室では、凛がクッションをギュッと抱えて、奏汰を待っていた。

「いや、見えなかった」

「そう……」

 凛はクッションを抱える手を緩める。

「でも、なんだか変なことが起きているのは確かだと思う」

「え?」

「明日にでも、不動産屋に聞いてみるよ。過去の事件のことも聞いてなかったんだし」

「そ、そうだね」

 凛は、奏汰に抱きつく。

「怖い」

「凛、最悪、この家を出ることになるかもしれない」

 奏汰が言うと、凛は俯いて、

「うん……」

 と頷いた。

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