第6話 交換殺人

 市場博士の研究は、

「タイムマシンの研究」

 というのは一番であった。

 そこに今度は、

「ロボット研究」

 というものが入ってきた。

 それは、

「必然的な発想」

 といってもいいだろう。

「ロボット開発の研究」

 というもので、一番のネックになっているということを考えると、出てくるのは、

「無限の可能性」

 というものへの問題ということであった。

 その可能性というものを考えた時、

「どうして無限になるのか?」

 という疑問が出てくるのであった。

「無限という考えかたになるから、曖昧なものとなって、何で割ったとしても、出てくる答えは無限でしかない」

 ということになるのだ。

 ということは、

「無限になる前に答えを出してしまえばいい」

 ということになるのだが、それも、無理であった。

 なぜなら、

「次の瞬間に、無限の可能性が広がっている」

 ということで、

「一瞬の間」

 ということから、単位としては、

「これ以上刻むことのできないもの」

 ということである。

 もっといえば、

「どこまでも薄い紙」

 というものを、数十枚重ねると、少しの厚みが出てくるというものだ。

 これが、

「300枚」

 ということになると、本の厚さになるということで、元々は、数枚であれば、厚みを感じることもないということから、

「どこかの瞬間から、厚みを感じさせる」

 と思えば、

「無限に広がる可能性」

 というもの、

「次の瞬間」

 というものをさらに細分化できれば、無限にならないところを見出すことができるというものだ。

 そもそも、SF小説などの中にある、

「ワープ航法」

 というものがあるが、

「それは、波状になっているグラフの端から端に飛ぶということから、可能になる」

 という考えかたがある。

 つまりは、

「ワープ航法」

 というものも、

「点から点に飛び越える」

 という発想が、もたらした発想といえるだろう。

 だから、

「無限」

 というものも、そのタイミングと力関係」

 というものに図ることで、

「有言にできる」

 ということになるだろう。

 今までは、

「無限」

 というものに対しての発想はできても、

「それを証明することができない」

 ということから、

「無限を証明することはできないが、有限であれば、考えることができる」

 と思っていた。

 しかし、

「紙を重ねると、無だった厚みが、有になる」

 ということで、そもそも、

「限りがない」

 という無限というものは、本来であれば、

「何もない」

 という発想を超越したところからきているのではないか?

 逆に、

「有限」

 というのは、

「存在するものに、限りがある」

 という当たり前のものである。

 だから、

「無限」

 というものが、それぞれに、正反対の意味があるということから、

「曖昧になる」

 ということで、

 それでも、さすがに、最初は、

「市場博士」

 も、この発想には、

「いたちごっこ」

 というものを繰り返させられた。

「タイムトラベルを実現する」

 ということで、

「時間のねじれ」

 というものの代表例ということで、

「メビウスの輪」

 という発想がある。

 これは、時間のねじれを、横軸と縦軸で考える場合に、辻褄が合わないという発想から生まれたものではないだろうか?

 それを考えると、

「無限という発想」

 というものが、

「曖昧な発想」

 ということから、

「次の瞬間」

 ということでの、次というまでに、

「その間に、分割できるものがあるだろうか?」

 ということからきているということではないだろうか?

 そんなことを考えているうちに、

「ねじれではなく、襷に架ける」

 という発想から、

「無限」

 というものと、

「次の瞬間」

 というものを、まるで、

「メビウスの輪」

 のように考えることができると、市場博士は考えるのであった。

 そこで、これを、

「実際に研究している、犯罪」

 というものと結びつけた時、思いついたものが、

「交換殺人」

 というものであった。

 交換殺人というものは、

「小説などではあるかも知れないが、実際にはありえない」

 という発想があった。

 というのは、

「交換殺人というのは、成功すれば、これ以上の完全犯罪というのはない」

 ということになるのだが、

「理論で考えると、心理的な意味で、交換殺人というのはありえない」

 ということであった。

 交換殺人というのは、そもそも、

「自分が殺したい相手を、別人に殺してもらう」

 ということであり、さらに、その見返りとして、

「相手が殺してほしい相手を自分が殺す」

 ということであった。

 これには、

「メリット」

「デメリット」

 とそれぞれある。

 しかし、あまりにもデメリットの方が大きいので、計画はできたとしても、

「実行には至らないだろう」

 ということであった。

 というのは、

「メリット」

 ということであれば、

「まず、自分が殺したい人を他の人が殺してくれる」

 ということで、自分に、完璧なアリバイを作ることができるのだ。

 そして、

「実行犯と、殺したいと思っている間に、まったく関係のない人ということであれば、実行犯が、捜査線上に浮かぶ」

 ということはない。

 もし、防犯カメラに姿が映っていたとしても、被害者とはまったく接点がないということであれば、疑われるということは絶対にないということになる。。

 その間に、

「もし、他に容疑者が出て、その人の方が怪しいということであれば、それこそ、自分たちに害が及ぶこともないので、これが、本当は一番いい」

 ということになるだろう。

 ただ、問題は、

「被害者と、実行犯と、動機を持った真犯人との間に、少しでも接点があれば、警察はそこから、徹底的に捜査をするだろう」

 そうなると、

「実行犯がカメラにでも映っていれば、そこから、動かぬ証拠が出ないとも限らない」

 つまり、

「三人の関係が少しでも捜査線上に浮かんでくると、これほど、脆弱な犯罪もない」

 ということになるのだ。

 それが、デメリットということと結びついてくるということになるのだ。

 だから、

「犯罪計画を立てる」

 という時点で、

「どこから、自分たちの関係を知られないようにしないといけないか?」

 というタイミングも難しい。

「犯行前の三か月くらい?」

 ということで考えていると、警察は、ちょっとでも関係があるということを見つけると、

「一年でも二年でもさかのぼって調べる」

 ということになるだろう。

 そうなると、

「三か月くらい前に犯行計画を練っていた」

 ということであれば、いつどこから、その犯行計画を練っている場所で、

「証人」

 というのが現れるかも知れないということになるのだ。

 これが、デメリットの一つということになる。

 もう一つであるが、これも、

「二人の関係性」

 ということと、心理的な部分でかかわってくるということであるが、

「問題は、

「どっちが先に、犯行を犯すか?」

 ということが一番の問題というものである。

 というのは、

「同じタイミングで犯罪を行う」

 ということはありえない。

 なぜなら、

「実行犯が犯罪を犯している間、殺意のある人間は、鉄壁のアリバイを作る」

 ということが当たり前ということになる。

 つまり、

「最初に犯罪を犯した実行犯」

 というのが、

「圧倒的に不利な立場にいる」

 ということになる。

 というのは、

「交換殺人が1:1ということであれば、先に実行犯になってしまえば、自分が犯罪者であり、相手には鉄壁のアリバイを作ってあげた」

 ということになる。

 これで、

「相手に恩を着せた」

 ということであれば、相手も計画通り、

「自分が殺してほしい相手を殺す」

 ということになるだろうが、相手とすれば、

「もう自分には、足かせはない」

 ということで、何も、自分が殺してほしい人を殺してくれた相手に、義理立てする必要はないということである。

 確かに、相手を殺してくれたのだから、恩はあるといえるし、

「約束をした」

 ということであれば、

「守らなければいけない」

 のであろうが、バカ正直になるという必要はないということだ。

 相手は、殺人の実行犯である。だから、表に出ることはできない。

「交換殺人を約束して、自分が犯行を犯したのに、もう一人は約束を反故にして、計画通りに動いてくれない」

 といっても、

「お前のような殺人犯のいうこと、信じられるというのか?」

 ということである。

 そもそも、

「殺意のある主犯」

 には、

「完璧なアリバイ」

 というのがあるのだ。

 それも、自分が作ってやったものであり、それが確定しているのであれば、実行犯が名乗り出ても、まったく信憑性がないというものだ。

 要するに、

「口約束」

 ということであって、そもそも、殺人計画の約束など、

「そんなものは、不法行為による約束だから、そもそも無効」

 ということである。

 しかも、本来であれば、

「お互いに関係がない」

 ということで、犯罪を完結させなければいけないわけで、もし、途中で警察に話をしてしまうと、交換殺人ということを暴露しないといけない。

 それは、

「自分にも殺してほしいという殺意がある相手がいて、殺してもらうのを待っている」

 ということから、

「まだ起こっていない殺人計画を暴露する」

 ということになり、実行犯というだけでなく、

「殺人ほう助」

 ということでも、

「自分の罪が重くなる」

 ということになるのだ。

 それを考えると、

「交換殺人というのは、必ず、先に相手に犯罪をさせないといけない」

 ということになるというものだ。

「どこかで似たような感覚を味わったことがあったな」

 というのを、市場博士は感じていた。

「これが、それぞれ1:1だから、犯罪がうまくいかない」

 ということになるんだ。

 と考える。

 つまりは、

「それぞれに、抑止力というものがあれば、相手にも同じ足かせを課すことができて、自分だけが憂き目を見るということはない」

 と考えられる。

 そこで、思いついたこととして、

「交換殺人というのは、先に動けば、負けになる」

 ということ。

 そして、

「抑止力が働いていないといけない」

 という発想。

 そしてもう一つは、

「昔、似たような感覚を味わったことがあったな」

 という発想から浮かんでくるということが、

「三すくみの関係」

 というものだったのだ。

 実際に、

「三すくみというのは、ヘビとカエルとナメクジというような関係だ」

 と考えた時、

「ヘビは、カエルを喰うがカエルは、ナメクジを喰う、しかし、ナメクジはヘビを溶かしてしまう」

 ということで、

「もし、ヘビの立場で、ヘビがカエルを喰おうとして、カエルを食べてしまうと、カエルがいなくなったことで、天敵はいないナメクジは、堂々と、ヘビを溶かしにいくことができる」

 ということである。

 これは、この三匹の間では同じことが言えるということであり、つまりは、

「先に動いた方が負けになる」

 ということで、

「生き残るためには、まったく動かないか、あるいは、自分の立場が強い相手を動かすということだ」

 ということになるのだ。

 つまりは、

「三すくみ」

 というものと、

「交換殺人」

 というものは、

「密接に絡み合っている」

 ということで、

「1:1」

 ということでは成立しないことも、

「三すくみ」

 であれば、うまくいくということだ。

 そこにあるのが、

「抑止力」

 というもので。交換殺人というのも、

「自分が強い立場で相手をいかに動かすことができるか?」

 ということであれば、成立するという考えである。

 つまりは、

「交換殺人というものを、完全犯罪ならしめるためには、三すくみという発想が不可欠であり、その結びつきから得られる答えが、この犯罪研究における答えだ」

 といってもいいだろう。


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