第4話 秘密結社の存在意義
これは、どこまで本当のことなのか分からないが、
「東西冷戦」
というものが過激になり、
「代理戦争」
というものが行われていた時、
「戦争は必要悪だ」
といわれた時があった。
必要悪というのは、
「本当は間違いであるが、世の中には、間違いも必要である場合がある」
といわれる。
つまり、
「世の中における間違い」
というものが、
「悪」
ということだというのだ。
この場合は、
「国家の存続のために、定期的に戦争をしなければ、国が衰退する」
という考えである。
これは、
「経済問題」
ということであり、
「そもそも、今までの歴史としての、事実」
ということで、
「戦争がない時代が、まずない」
ということである。
特に、20世紀の戦争というのは、
「大量殺戮」
というものが行われた時代で、
「大量殺戮のための、
「究極の兵器」
というものが、どんどん作られていった。
それが、
「戦車であったり、戦闘機、潜水艦」
などの、
「乗り物兵器」
であったり、
「ナパームや、機関銃などのような、瞬時に相手を殺戮する」
というもの。
さらには、
「毒ガスであったり、原子爆弾」
というような、
「大量殺戮というものが、人間としての倫理に反する」
と呼ばれるものの開発だったりするのだ。
それらの兵器というのは、民間の企業が請け負って作っている。
大量生産を行うことが可能なので、特に、戦争のように、
「作れば作るほど、需要がある」
ということであれば、それこそ、
「戦争特需」
ということで、
「兵器産業」
あるいは、
「戦争産業」
と呼ばれるものが儲かるということになるのだ。
だから、
「兵器開発」
であったり、
「大量生産」
というものを行うことで利益を出している会社と、国家が結びつけば、これほど怖いものはないといってもいいだろう。
だから、
「世の中から戦争はなくならない」
ということである。
昔のような、
「国家間の宣戦布告による戦争」
であったり、
「同盟国を巻き込む」
というような、世界大戦のようなものはなくなってきた。
というのも、
「核保有国」
というものが戦争に巻き込まれ、
「核保有国同士が直接対決を行えば、全面核戦争」
というものになりかねない。
誰も、
「核の発射ボタン」
というものを押したいなどと思うわけはない。
しかし、いつ何時、
「不慮の事故」
というものが起こり、
「間違い」
ということでも、簡単に核戦争になってしまう。
それが怖いから、冷戦の時代には、
「代理戦争」
という形にしかならなかったのだ。
しかし、
「東西冷戦」
というものが終わり、表向きは、平和になったかのように思われたが、実際には、
「大国同士の争い」
ということではなく、民族間による、
「局地的な戦闘」
というのが、世界各国で起こってきて、いわゆる、
「ゲリラ戦」
というものが繰り広げられるようになった。
それこそ、
「戦争がないと困る」
という連中が、裏で暗躍しているからなのかも知れない。
「戦闘がある以上、どこの国であろうが、武器は売れる」
というわけで、今のところ、
「戦闘が行われている」
ということで武器は売れるということだが、もし、戦闘がなくなれば、
「裏の組が暗躍し、作為的に戦闘を起こさせる」
ということになるだろう。
実際に、半世紀前のマンガなどで、その発想があったりした。ちょうど、
「代理戦争が行われていた時代」
ということだ。
そういう意味では、今よりも、昔の方が、
「時代の核心をついていたのかも知れない」
といえるだろう。
ひょっとすれば、
「代理戦争」
というのも、元々、秘密結社の暗躍から起こった戦争なのかも知れない。
特に、
「世論が反戦運動をしている」
ということで、手を引いた国とすれば、
「本当は最初から、そのつもりだった」
ということで、
「ちょうどいいところで辞めるために、世界に、反戦運動を陽動した」
ということなのかも知れない。
それを考えると、、
「戦争屋」
というのは本当にあるのかも知れない。
ということで、それが、超大国の暗躍による、
「国家ぐるみ」
ということであれば、本当の意味での、
「冷戦」
というのは終わっていないといってもいいだろう。
冷戦ということにしてしまうと、どうしても、
「全面核戦争」
ということから、
「世界の滅亡」
を意味することで、反戦運動というのが起こったのかも知れないが、それがたままた、時代の流れが、国家の暗躍と、世論の感情が、偶然一致しただけかも知れない。
ただ、
「もし、それも計算されたものだった」
ということであれば、
「今の時代が、どこに向かっているのか?
ということを考えると、
「これ以上、恐ろしいことはない」
ということで、それこそ、
「影で暗躍している組織」
というものが、
「本当に必要悪と言えるのだろうか?」
ということである。
そういう意味で、
「秘密結社」
というものは、
「基本的には。金を持っている連中のものでくぁる」
ということであれば、
「すべてを国家ぐるみ」
とはいえないが、
「国家が絡むものがなければ、他にも存在できないのではないか?」
と考えられ、
「警察の秘密結社は、正義でなければいけない」
といえるだろう。
実際の表に出ている警察組織というものは、
「組織」
というしがらみから、
「事件が起こらなければ動けない」
ということで、
「犯罪の抑止」
ということでは、警察はまったく機能していないということだ。
それこそ、昔の特高警察のように、
「存在しているだけで、誰も逆らえない」
というほどの、
「法律で守られる、国家権力を有している」
というものでなければいけないのだろうが、どうしても、
「民主主義」
というものの、
「自由」
という発想から、
「押さえつける力」
というものを持っていなければいけない立場の警察が、何もできないというのは、本当に正しいということなのだろうか?
だから、
「闇の世界」
ということでしか、強力な力を持つことができないということになるのだろう。
そういう意味で、
「自由」
よりも、
「平等」
というものを目指している国家は、確かに、
「カネと政治」
であったり。
「貧富の格差」
というものをなくすという考えかたでやっているのだが、
「自由」
というものを完全に遮断しているために、
「国家が最大級の力を持つ」
ということで、あくまでも、
「独裁政権」
でなければいけないということになる。
つまり、
「政府の方針に逆らうものの存在は許されない」
ということで、国家ぐるみというものが政治を牛耳っているということになり、そのために、
「粛清」
と言われる、
「人員整理」
が横行してきて。
「絶対的な政権を持っている人が、国を制圧する」
ということになる。
ただ、今までの超大国においては、
「世襲」
ということではなく、
「選挙によって選ばれた国家元首」
ということであった。
しかし、実際には、
「世襲ではない」
とはいえ。中には、
「絶対的な力」
というものを目指すやつもいたりした。
ただ、
「国家運営」
ということで、社会を安定させるということで、ある程度の、
「独裁」
というのは、無理もないことなのかも知れない。
もし、政府に国家権力がないとすれば、今の世界のように、
「小規模な組織が、乱立する」
ということで、それこそ、日本の歴史上の戦乱の時代と言われた、
「群雄割拠の戦国時代」
ということになるだろう。
今の世界で行われている、
「ゲリラ戦」
というのも、そもそも、
「政府に力がなかったり、地域的な意味で、民族問題などによって、群雄割拠の時代」
というものになりつつあるといってもいいだろう。
そういう意味で、
「暗躍する秘密結社」
というものは、
「やはり、国家の混乱を防ぐ」
という意味で必要なのかも知れない。
昔でいえば、
「忍び」
であったり
「素破」
などというのが、その役目といってもいいだろう。
ただ、昔の戦国時代は、確かに群雄割拠ということであったが、実際には、
「いずれは、戦のない世に」
ということで、そのためには、
「強力な力によって、国を統一することが必要だ」
ということで、その頂に立つのは、自分たちと考えてのことであろう。
確かに、
「天下を握りたい」
という意識は当たり前のようにあるだろうが、
「戦のない世界を作る」
ということで、
「強力な中央集権国家」
つまりは、
「幕府や朝廷によって支配される世界」
というのが理想とされてきた。
だから、戦国大名というのは、名ばかりとはいえ、
「将軍」
というものを祀り上げるために、
「都に上る」
ということを画策していたのであった。
それは、
「あれだけ独裁政権を持っていた」
と言われる織田信長にしても同じことで、彼も、
「将軍」
であったり、
「帝と呼ばれる天皇」
に対して、敬意を表していたのだ。
本来の、
「天下統一」
と言われるのは、
「全国の統一」
ということではなく、
「畿内の統一」
ということだったのであろう。
だから、信長は、地方の支配というものを、
「自分の武士団を地方に派遣し、方面軍」
ということで、統治に当たらせていたということであった。
だから、今の時代の、
「世界平和」
というものも。確かに、
「世界に君臨する」
という人物が世界を統一するのが一番いいのかも知れないが、範囲が広く、
「主義主張が、広範囲にまたがっている」
ということから、余計に難しいといってもいいだろう。
しかも、
「闇の組織の暗躍が、戦争屋というものであれば、厄介なことで、世界平和などというのは、訪れない」
ということになる。
ただそれが、
「世界の力の均衡」
というものに役立っていれば、それはそれで正解ではないか?
といえるだろう。
確かに、
「秘密結社」
というものの暗躍が、どのような存在意義になるかと考えれば、
「必要悪」
というものがどういうものかということも、自ずと分かってくるというものである。
今、秘密結社の中で、
「警察側」
と、
「暗躍する悪の秘密結社の方で、それぞれ、歴史の核心に迫る」
という研究が行われているという。
そお研究に携わっているのは、一人は、
「警察側の人」
ということで、名前を、
「二宮教授」
という。
彼は、警察をキャリアで入ったのだが、警察に入った中で、科学的なことに関しては、
「数十年に一人の天才」
と言われていた。
しかし、彼の研究は、少し他の人とかけ離れたところを研究していて、本来であれば、
「警察の仕事に関係のある研究」
とは程遠いと言われていた。
ただ、彼は警察組織に入りたいという意思は強かった。
しかし、それが、
「勧善懲悪としての意識」
というわけではなく、別に、
「犯人を許せない」
であったり、
「犯罪をなくしたい」
という意識が強いわけではない。
ただ、自分が考えていることを達成させるには、
「警察の研究所」
というのが一番の近道だと考えたからであった、
実際には、
「国家における最重要機密」
ということであったが、学生であっても、天災と呼ばれる連中で、いずれは、
「国指定のどこかの研究所で研究を行う」
ということが約束されているような人であれば、ある程度は、知られているということになるだろう。
実際に、
「国家機密」
と言われる研究所は、
「警察組織の中だけにあるものではない」
もちろん、民間にも似たような組織はあるわけで、その民間ではできないような組織を、国家が担っているといってもいい。
そもそも、国家としては、
「今でこそ、国が運営しているが、ある程度まで研究所の体制が出来上がれば、民営化というものを視野に入れる」
ということであった。
そのために、今は、
「国家予算」
というものを、
「いかに国民に悟られないようにしながら、組織を運営しているか?」
ということが重要なのであった。
実際には、
「警察組織」
ほど大きなものではない研究所で、
「警察組織の研究所」
よりも後にできたところが、
「先に民営化した」
というところも結構ある。
その時に、
「速やかな民営化を行う」
ということで、秘密組織の存在というものが、最悪バレたとしても、
「諸規模な組織であれば、何とかごまかせる」
と考えている。
それこそ、
「木を隠すなら森の中」
といってもいいような発想で、
「肉を切らせて骨を断つ」
というように、相手を欺くことで、こちらの作戦を優位に進めるということができるということである。
「警察の研究所」
というもので研究しているのは、
「二宮博士」
という人物であった。
さらに、同時期に、
「悪の秘密結社」
と呼ばれている組織で研究を行っているのが、
「市場博士」
であった。
二人は、中学時代からの知り合いで、高校卒業後は、どうなったのか、お互いに知らなかった。
そもそも、
「国家の最高機密」
というところに入ったのだから、当然、
「お互いのことは、分からない」
と思っても別に当たり前のことであった。
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