第3話 路傍の石
そんな、
「犯罪組織」
というものが暗躍し始めたのであった。
警察の方は、最初に、
「警察組織の中で出来上がってきた」
というものが、
「税金の無駄遣い」
といわれたことで、
「政府のお家芸」
といってもいいような、
「民営化」
ということで、民間に、
「いくつかの組織ができた」
ということから、どんどん、さらに、細分化されてきたということであった。
しかし、悪の組織も、警察に少しだけであったが、遅れをとったのだが、あくまでも、
「影の組織」
ということで、警察のように、
「世論やマスゴミが敵」
ということはなく、
「組織というものは、少しずつ暗躍する形で、増えていった」
ということであった。
ただ、暗躍してできたということなので、それぞれの組織は、まだまだ弱体というものであった。
そこで、
「闇の組織」
という巨大な組織が中心となって、
「闇は闇の中で、少しずつ新しく形成されていく」
というものを、
「一つの組織」
ということで、盤石なものということにしておいて、そこから、
「それぞれに、まるで、子会社孫会社というような形のもの」
を形成していくのであった。
そういう意味で、
「警察組織と逆方向」
ということで、それだけ、
「闇の力の大きさ」
というものが確立してきたといってもいいだろう。
組織の強さというのは、
「闇に暗躍」
というだけではなく、
「路傍の石」
としての力を持てるのであった。
一種の、
「ステルス化」
といってもいいかも知れない。
ただ、実際のステルスと違うのは、
「路傍の石」
という形で、
「保護色」
というものとは少し違った。
「実際には目の前にあるのに、誰も意識をしない」
というものであった。
これは、
「忍び」
とも違うもので、実際に、このことを、
「皆知っている」
ということのはずなのに、意識をしないということで、それほど、そのステルス性が大きいかということになるのだ。
実際の犯罪というものも、この、
「路傍の石」
というものを使って行うということが、いかに、合理的で、相手を欺けるか?
ということになるので、犯罪者側からすれば、
「相手に対して大きな盲点」
ということで、
「いかに、犯罪を行うか?」
ということだけではなく、
「捕まることはないか?」
ということで、最初から考えられていたことだといえるだろう。
警察組織としては、
「完全な死角になる」
ということである。
そもそも、相手に気づかれずに捜査をするというのは、警察では組織で動くものなので、基本的には考えにくいということであった。
それこそ、
「麻薬捜査や、マルボーのように、内偵などというもの」
でもなければ、
「極秘というのはなかなかない」
といえる。
そういう意味では、警察が意識をしないのだから、犯罪組織も、警察に対して、
「路傍の石」
という意識を持つことはないと考えられる。
だから、警察がひそかにやっているつもりのことでも、闇組織を持っている連中からすれば、
「警察が路傍の石というものを考えることは不可能だ」
と考えるのであった。
「路傍の石」
というものは、
「探偵小説などの、架空の小説」
というものでは、よく使われたりする。
「目の前にいても、相手には、それが犯人である」
とは分からない特殊なものをまとっているというような発想である。
だから、中には、
「探偵が犯人だった」
という探偵小説があったりもした。
ただ、これは実際に昔から言われていることとして、
「ノックスの十戒」
と呼ばれるものなどで、
「ミステリー界のトリックにおいての、タブー」
というものが言われているのだが、その中に、
「当たり前じゃないか?」
といわれるものがある。
たとえば、
「最後まで犯人を登場させず、最後の最後で、この人が犯人だ」
という謎解きであったり、
「密室殺人トリック」
において。
「隠し扉があった」
ということを、前触れもなく、最後に出してきたりする中で、
「犯人が探偵だった」
というのも、タブーといわれていた。
しかし、それも、小説家が書く、
「叙述」
というものにおいて、
「よく読めば、小説の中に、探偵の態度がおかしい」
ということを匂わせるような、伏線というものが存在していれば、それこそ、
「叙述トリック」
ということで、
「読者をうまく欺き、作者が考える迷路に誘い込んでいる」
というようなことであれば許されるということである。
そういう意味で、
「探偵小説のトリックが出尽くしているので、後はバリエーションの問題だ」
といわれるということであったが、この、
「バリエーションというものが、叙述トリックとして使えるということであれば、それもありだ」
ということになるだろう。
「ノックスの十戒」
というのも、あくまでも、その当時に考えられた一種のマニュアルのようなもので、トリックや謎解きを考える時。
「ノックスの十戒というものに挑戦する」
という小説であれば、それこそ、
「今後のミステリー界に、衝撃を与える」
ということで、特化できるものだといえるのではないだろうか。
近未来に至るまでの、ミステリー小説界であったり、
「犯罪者と警察組織」
というものは、
「科学捜査」
であったり、
「心理捜査」
ということに関しては、新たに開発され、
「犯罪が行いにくい時代になった」
ということは間違いないだろう。
しかし、
「犯罪者側」
というのも、
「じっと黙っている」
というわけではない。
もし、その犯罪というものに、
「お金が絡む」
ということであれば、
「営利目的のため、組織化した犯罪集団が暗躍する」
ということが当たり前になるだろう。
今までの、
「警察組織と犯罪者」
という構図から、
「警察と、犯罪者の、組織同士の戦い」
というものができてくる時代になってきたのかも知れない。
ただ、犯罪組織というのは、
「マフィア」
などのような、
「組織犯罪」
ということではなく、元々、
「個人的な犯罪」
というものを、
「組織がバックアップする」
ということでの、犯罪組織であることから、
「警察の捜査を妨害したりする」
ということよりも、
「警察と、犯罪組織の間で、頭脳的な戦いが繰り広げられる」
ということになる。
だからこそ、
「警察での、犯罪研究所」
というものができたり、
「遅ればせではあるが、犯罪も組織化することで、警察に挑戦する」
ということで、
「犯罪組織による、犯罪研究」
というものができてきたのだ。
当然、その二つは、
「頭脳集団」
ということで、
「犯罪組織と警察組織の組織力」
というものを、
「頭脳集団が、手足として使う」
ということになるのであった。
実際に、
「警察と犯罪組織」
というものが、頭脳集団の火花を散らすという時代は、まだ少し先の近未来にあるということで、
「今はまだまだ、研究に没頭している」
ということであった。
しかし、犯罪において、
「今はまだ実用化されていない」
ということで、過去からの犯罪をシミュレーションを行うということから、
「犯罪というものを、根本から見直してみる」
ということで、大学でも、
「犯罪心理学」
というものが、どんどんできてくるのだ。
卒業後は、
「警察の、犯罪研究所」
という人も多いが、
「民間の犯罪研究所」
というのに入る人もいた。
その中には、
「犯罪組織による研究所」
というのもあり、研究員は、そのことを知らずに、
「研究させられている」
ということで、それこそ、
「路傍の石」
というものであった。
いろいろな犯罪が研究されているが、最近の研究というところでは、
「共犯者」
というものをいかに使うか?
ということが、研究されているという。
普通に考えれば、共犯者が増えるということ、それだけリスクが高まるということである。
というのは、
「裏切りが起こる」
あるいは、
「計画が予定通りに進まず露呈の可能性が増えてくる」
という可能性である。
へたをすれば、
「共犯者が心変わりして、自首する」
などと言いだせば、計画はまったく水泡に帰してしまうといってもいいだろう。
そんなことになれば、
「せっかく考えた犯罪計画はまったくの無駄ということになってしまう。そういう意味では、共犯者を必要とする犯罪を犯す場合は、その人の性格をしっかりと把握していて、必ず、自分には従順で、決して裏切らない相手というのを選ぶ必要があるということになるだろう」
つまりは、
「共犯者としての資質というものを、完全に満たしていないと難しい」
ということである。
いくら、自分に従順であっても、気が弱かったりすれば、まずいし、いくら、切羽詰まっていて、犯罪を犯さなければ、自分が助からない場合でも、思いつめて、
「遺書に告白状などというものを書いて自殺をする」
などということになってしまうと、主犯としては、たまったものではないといえるだろう。
そういう意味で、秘密組織の間では、
「共犯者ロボット」
というものが研究されていた。
あくまでも、主犯であるご主人様に対しては、絶対的な服従であり。決して裏切らず、主犯の命が危なければ、自分の命を懸けて守るということである・
それは、ずっと研究されてきた、
「ロボット工学三原則」
というものに由来するもので、
「決して主犯の損にはならないということで、研究所としては、
「最優先」
ということで、考えられることであった。
そして、それに並行して考えられているのが、
「共犯のステルス化」
ということである。
これは、
「路傍の石」
という発想と同じで、まわりの誰にも気づかれないという発想を、ロボットに組み込むということである。
それも、
「透明人間」
という発想ではなく、相手には見えているのに、その存在を意識させないという力である。
ただ、相手に気づかれないというだけではダメで、
「カメラにも映らない」
という性質でなければいけない。
もっといえば、
「カメラに映らない」
という性能を最初に開発し、それから、
「人間に対して気配を消す」
ということになるのだ。
そのどちらも、開発とすれば、
「究極の研究」
ということであり、
「ほとんど不可能に近い」
といえるだろう。
しかし、逆にいえば、
「カメラに映らない」
という性質を開発できれば、
「人間に気配を感じさせない」
ということも可能だという考えかただ。
だから「カメラに映らない」
ということと、
「気配を消す」
ということを同時並行で開発するというのは、本末転倒ではないか?
と思うのだ。
だから、ある意味で、
「どちらを先に開発したとしても、そのどちらかが出来上がれば、もう一方も、
「すぐにできることだろう」
と考えられるのであった。
実は、
「警察側の秘密組織としても、似たような研究」
を続けていたのだ。
もちろん、
「犯罪を犯すため」
という研究ではなく、
「捜査に使用する」
ということで、一種の、
「潜入捜査」
というものを、
「忍者のようなロボット捜査員にやらせる」
ということである。
目的のまったく違う組織が、それぞれに、自分たちのための似たような開発をしているのだから、お互いに、いたちごっこというものをしているといってもいいだろう。
それを考えると、
「結局は、競争ということになり、
「早く開発した方が勝ちだ」
といえるのだろうが、相手も、
「今回は負けたが、さらに強力な装置の開発を次こそはしてやる」
ということで、
「開発競争」
というものが激化してくるというものである。
これが、最終的に、
「科学の発展」
ということで、
「人類の発展」
であったり、
「社会生活のために役立つ」
ということであればいいのだが、実際には、
「平和医療」
ということを並行で行いながら、結局は、
「兵器として開発」
ということをしているわけで、最終的には、
「世界を破滅に導く」
という兵器を、
「いかに強力に。そして、いかに数多く作るか?」
ということを考えると、
「抑止力」
という言葉でごまかされるという可能性があるのであった。
それが、
「東西冷戦」
における、
「核の抑止力」
というものにつながっているのだ。
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