第3話 俺の右手

 目を開けた瞬間、真上には白い天井が広がっていた。

 きつめの消毒液の匂い。規則正しい機械音。


 ――病院だ。


「あっ、昇……目が覚めたのね。よかった……」


 覗き込んできた母の顔は、今朝見送ってくれたときと同じはずなのに、別人のようにやつれて見えた。


「俺……」


 声を出そうとした、その瞬間だった。

 身体の一部に、ズキズキと痛みが集中しているのが分かる。


 右手だ。


 動かそうとした途端、息が詰まるほどの激痛が走った。


「……っ!」


 視線を落とす。

 そこには、何重にも巻かれた包帯。


「俺の手……ケガ、したの?」


 自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。


「……っ、う、うう……」


 母は答えず、唇を噛みしめた。


「看護師さんを呼ぶわね。ちゃんと……病状を説明してもらいましょう」


 涙を隠そうとしているのに、どうしても溢れてしまう――そんな顔だった。


「なあ、母さん。俺の手、どうしたんだよ」


「……ううっ……」


 そのとき、ようやく違和感に気づいた。


 ――短い。


 右手が、明らかに短い。

 本来、手のひらがあるはずの長さが、そこにはなかった。


「……嘘だろ」


 心臓が、音を立てて脈打つ。


「これ、何かの冗談だよな……?」


 その問いに答えるように、扉が開いた。


「落ち着いてください。今から状況を説明します」


 白衣を着た医師と、看護師が病室に入ってくる。


「交通事故によって、右手の手掌部は重度の損傷を受けました。複雑骨折に加え、壊死の危険が高く、緊急で切断手術を行う必要がありました」


 淡々と、感情のこもらない声。


「保護者の同意のもと、手術は即日実施されました。その後、丸一日昏睡状態が続いていました」


 看護師は、どこか痛ましそうな視線を俺に向けている。


「今は強い痛みがあると思いますが、投薬でコントロールします。三日ほど、入院してもらいます」


 言葉が、頭の上を通り過ぎていく。


 切断。

 手術。

 同意。


 母は、耐えきれなくなったように俯き、足早に病室を出ていった。


 俺は――

 これは何かの冗談だ、そう思い込むことでしか、現実を受け止められなかった。


 ただ、短くなった右腕だけが、否定しようのない事実として、そこにあった。

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