第2話 ハンド

 俺は、この生活に慣れ始めていた。

 ――そう、ハンドがいる生活に。


 だが、これは三年間だけの仮の姿だ。

 本当の自分を忘れないために、俺は時折、あの日のことを頭の中で想い返す。


『今を楽しめばいいだろ。わざわざ思い出す必要があるのか?』


 頭の奥で、ハンドがからかうように言った。

 人間の感情を理解しているようで、どこか他人事な声音。


『そういう性格なんだよ、俺は』


 自分でも分かっている。

 忘れないことが、前に進むためのやり方なのだと。


◆○◆○

 半年前


「行ってきまーす」


 俺はそう言って、朝の玄関を出た。

 高校生になり、新しい学校、新しいクラスメートにも、少しずつ馴染んできていた。


 もちろん、小・中と続けてきたバスケットボール部にも迷わず入部した。

 これからは、きっと充実した日々が待っている――そう信じて疑っていなかった。


「あっ……いけね」


 歩き出してすぐ、俺は足を止めた。


「部活のタオル、忘れた」


 舌打ちしながら振り返る。

 青信号の横断歩道を渡り切ろうとしたところだったが、戻ることにした。


 その瞬間だった。


 左折してきた自動車は、俺の動きに気づいていなかった。


「え――」


 気づいた時には遅かった。

『キキィッ――!』


 耳を裂くような急ブレーキの音。

 次の瞬間、俺の身体は道路に叩きつけられていた。


 そして――手。


 手首から先に、信じられないほどの激痛が走る。


『痛い……痛い……!』


 声にならない叫びが、喉の奥で潰れた。

 ただ、痛みだけが世界を支配していた。


 そこから先の記憶は、途切れ途切れだ。

 遠くで聞こえる人の声。

 近づいてくる救急車のサイレンが、やけに耳障りだったこと。


 そして――

 俺は病院へと運ばれていった。

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