ハンド
クースケ
第1話 俺の分身
「おはよう、母さん」
出雲 昇は、まだ眠気の残る顔のまま食卓についた。
「おはよう、昇。あれからどう? 手の調子は?」
母さんは、毎朝というくらい同じ質問を投げかけてくる。
「少しでも異変があったら、すぐ言うんだぞ」
父さんも、新聞から目を離さずに付け加えた。
「ああ。いつもと変わらないよ。それに――こいつとコンタクトも取れてるし、大丈夫」
俺は右手を軽く持ち上げる。
「そうか」
「でも……試験運用って言ってたわよね? 本当に人体への影響はないのかしら」
母さんの声には、まだ不安が滲んでいる。
「他の星の住民にも導入されてて、大盛況らしいぞ」
父さんがそう言うと、母さんは小さく息を吐いた。
「まあ……もうこうして昇の手になったんだもの。今さら疑っても仕方ないわね。三年間は、様子を見るしかないわ」
――そう。
半年前から、毎朝まったく同じような会話が繰り返されている。
正直、当の本人である俺は、もう辟易していた。
◆◆○
学校にて
「昇、オーライ! オーライ!」
レギュラーの先輩にボールを渡し、すぐにディフェンスを振り切る。
戻ってきたボールを受け取り、そのまま跳んだ。
――シュッ。
ネットが軽く揺れる。
「ナイス!」
「ナイス、昇!」
「いいぞ!」
賞賛の声が飛び交う。
俺は校庭の隅――葉のついた木が等間隔に並ぶ場所へ移動し、水筒で喉を潤し、タオルで汗を拭いた。
「あの時は、正直みんな心配してたんだぜ」
三年の三津先輩が、水筒をあおりながら言う。
「あの事故の後な」
「……すみません。心配かけました。でも、この義手のおかげで、またバスケができてます」
この言葉、もう何度目だろう。
「しかし、最近の義手ってすげえな。完全に身体の一部じゃねえか」
三津先輩は感心したように俺の右手を見る。
「事情を知らなきゃ、誰も義手だなんて思わねえぞ。ちょっと触っても――」
その瞬間、俺の意識の奥に声が響いた。
『ハンド。触りたいってさ』
『嫌だよ。気持ち悪い』
『……だよな。わかった、断る』
俺たちは、言葉を使わずに会話をしていた。
「先輩、すみませんが……」
俺がやんわり断ると、三津先輩はすぐに察したように手を引いた。
「悪い悪い。変なこと言ったな」
そう言ってから、真剣な表情になる。
「でもよ、今度の大会は俺たち三年にとって最後なんだ。お前に、みんな期待してる。頼むぞ昇…」
肩をぽん、と叩いて去っていく背中を見送りながら、俺は息を吐いた。
『……人間って、ややこしいな』
『何度も同じことを繰り返す』
『まあな。みんな、不安で、でも期待してて……それを言葉にしたいんだよ』
『ふうん』
少し間を置いて、ハンドが続ける。
『なあ。このまま期限まで、バスケットを続けるのか?』
『ああ。俺にはーこれしかないんだ。小学生の頃から、ずっと続けて来たんだから』
『面倒だな人間って…。手なんて、二本じゃなくてもいくらでも増やしてやるぜ』
『……それ、普通に気味悪いから』
心の中でそう返すと、ハンドは楽しそうに猫の鳴き声のように、笑った。
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