横幅30cmの摩天楼
ちびまるフォイ
縦か横か
生まれたときにはすでに壁があった。
親に聞くと、いつからか地面からコンクリが生えた。
それは人が通れるギリギリの隙間で伸びていった。
今やすべての人間はこのモノリスの隙間に挟まれて生活している。
太りすぎればお腹がでっぱって動けなくなる。
痩せすぎると今度は滑り落ちて滑落死する。
子供の頃はモノリスの間にジャッキを挟んで、
その上に寝るようにしていた。
でも今はそれがなくても平気。
平気じゃないのはむしろ衛生面だった。
「危ない!!」
その声に反応してとっさに横へカニ歩き。
すんでのところで、上から落ちてくる人をかわした。
最下層の自分たちのエリアまで落下すると
トマトがつぶれたみたいな音をして臓物をちらす。
子供の頃からずっとこんなだ。
最下層は地面があるから滑落しないが、
逆に上で手や足を滑らした人が落ちてくる。
毎日腐臭がするし、汚物だって上から落ちてくる。
最悪だ。
「なんでこんな生活しなくちゃいけないんだ……」
「諦めろ。俺たち下層の人間はずっとこの掃き溜めだ。
上に移動するなら隙間通行許可証が必要なんだから」
「今や最下層は滑落してきた人も含めてギッチギチだ。
多少は上層に移動してもいいだろう!?」
「あっちはあっちで、人をギッチギチにしたくないんだよ」
「納得いかない……」
いったい上層はどれだけ快適なんだろうか。
上を見上げても果てが見えやしない。
「……俺、この上に登ってみるよ」
「バカ! 何考えてる! 通行許可なく登ったら落とされるぞ!」
「さっき落ちてきた人がこれ持ってたんだ」
「これ……宅配許可証?」
「通行許可がなくても、宅配だと偽ればきっと登れる」
衣服を偽装して、上層への宅配業者へと姿を偽る。
壁に囲まれた世界ではデリバリーのサービスは重宝される。
とくに飯まわりは需要が高い。
滑落する危険と隣合わせだが、通行許可なくとも上層に挑める。
「この上がどうなっているのか見てくるよ」
壁と壁の間を腕と足で固定して、上層へと登っていった。
けして下は見ない。
上から落ちてくるものだけに警戒して、上へ上へと登る。
手汗が怖い。
緊張と疲れで汗をかき始めると滑り落ちそう。
「はあ……はあ……。今日はここで休憩しよう」
上層までの途中で休憩スポットを作る。
壁と壁につっぱり棒を差し込んで固定する。
上層から落ちてくる人に気付けるよう
休憩スポットの上にワイヤーを張って振動があれば急いで退避。
そんなことを繰り返しながら上へ上へと進んでいく。
「隙間が広くなった……!」
上層にいくにつれ、これまで壁だったモノリスはしだいに数を減らす。
どうやらひとつひとつの高さはバラバラのよう。
めいっぱい腕を広げながら隙間をぬって上にあがっていく。
ついに宅配先の上層へとたどりついた。
上層では、下層よりも隙間が広いにもかかわらず
でっぱった腹がつっかえたままのデブが挟まっていた。
「ぶふう、やっとデリバリーか。ずいぶん待たせたじゃないか」
「あ。えと」
「こっちは腹ペコだ。さっさと飯をよこせ」
この展開は予想していなかった。
あわてて回収していたデリバリーバッグから食事を渡した。
「むふう。お腹いっぱいだぁ」
「あの……」
「なんだ? 仕事終わったなら下層へ帰れ」
デブは腹をつっかえ棒にズボンを脱ぐ。
下層に向かってうんちし、下層にツバを吐く。
「その体じゃ、もうこの隙間では動けないのでは?」
「当たり前だ。だからこうして宅配してるんだろ」
「宅配がこなかったら?」
「次の宅配をよぶ」
「宅配ってどれだけ危険な仕事かわかってます?」
この場所での死亡率が最も高い職業がコレだ。
無神経に下層へ汚物をバラまく人を見て許せなくなった。
「ぶふ? それがなんだ? 滑落するのは注意してないからだろ」
「……そうですか。ところで俺の住んでいる最下層をご存知で?」
「あんなきったない場所しるものか」
「いろんなものや人が毎日落ちてくるんです。
落ちてきたものに巻き込まれて命を落とす人も多くいます」
「それで?」
「こういうものも、よく落ちてくるんですよ!!」
「ぶふ!?」
それは潤滑油だった。
隙間に挟まる男の腹にそれを垂らしてやった。
一気に摩擦がなくなって男は一目散に滑り落ちる。
「ぶふーー!!!!」
みるみる小さくなって落ちていた。
「ははは。ざまあみろ。よくも毎日最下層を汚してくれたな」
憧れていた上層にはたどり着いた。
隙間は広がって、下層ほど息もつまらない。
「この上の頂点はどれだけ快適なんだ……」
このぎっちり生えているモノリスの頂点。
その最上階はもはや壁にすら囲まれていないのではないか。
生まれて初めて手足を伸ばせるんじゃないか。
そう考えると登らずにはいられない。
「最上層だ。最上層に行けば……はじめて地平線も見られるかも」
おとぎ話でしか存在しない地平線。
壁をのぼりきった先には見えるんじゃないか。
なによりも自由で開けた場所が待っているはず。
「はあ、はあ……。み、みえた!! あれが頂点!!」
ついにモノリスの終着点が見えた。
屋上の端っこに手をかける。
「壁に囲まれていない世界だ! ついに登りきった!!」
他のモノリスが生えていない屋上へ寝転んだ。
はじめて両手両足をめいっぱい横に広げられる。
なんて幸福なんだろう。
今までどれだけ窮屈な生活をしていたかがよく分かる。
「そうだ。地平線! 地平線は!?」
憧れていた地平線がはじめて見られるかも。
モノリスの屋上で立ち上がったとき。
「あ痛っ!!」
思いきり頭を打って、ふたたび寝転んで悶絶。
そっと空に手を伸ばすと壁の感触がある。
「え……絵か……? これ、空の絵が書かれた天井じゃないか……」
壁の頂点。
そこには広がる地平線など待っていなかった。
人間がひとり横倒しでギリギリの天井があるだけ。
壁の屋上でひとたび横倒しになってしまったら、
もう壁の隙間にいた頃のように直立はできない。
一生自分が鼻先にある天井を眺めながら、
ここで寝たきりの人生を過ごすことが今決まった。
横幅30cmの摩天楼 ちびまるフォイ @firestorage
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