第7話 インキャの秘め事と、マドンナの突撃

昨日の夢のような時間は、決して幻じゃなかった。

僕は教室の隅の席で、スマホの画面を凝視していた。メッセージアプリに届いた、一通の通知。


れいな:

昨日は本当にありがとう。また……すぐ会いたいな。



「……へへ、へへへ……っ」


ダメだ。頬が緩むのを止められない。

あの国民的アイドルが、僕だけにこんなメッセージを。思い出すだけで、指先に残るサテン生地の滑らかな感触と、彼女の甘い吐息が蘇ってくる。

ニヤニヤが止まらない。今の僕は、端から見れば「スマホを見て怪しく笑う不審なモヤシ」そのものだろう。


「……おやおや、翔太氏。何をそんなにニヤけているのでござるか?」


背後から、ヌッと聞き慣れた(そして少し耳障りな)声がした。

振り返ると、そこには眼鏡を中指でクイッと押し上げる、僕の数少ないインキャ仲間・吉田(よしだ)が立っていた。


「よ、吉田!? いつからそこに……っ!」


「翔太氏がスマホを凝視して、気色の悪い笑みを浮かべ始めた当初からでござるよ。さては、ついに禁断の二次元嫁にでも手を出したのでござるか? それとも、怪しい闇サイトの懸賞でも当たったのでござるか?」


「違うよ! 別に、なんでもないから……っ」


「怪しい。あまりにも怪しいでござる。拙者の『オタクの嗅覚』が、何やら重大な秘密の香りを察知しているのでござるよ! さあ、そのスマホの画面を見せるのでござる!」


「やめろよ! 離せって!」


僕と吉田が、スマホを奪い合ってワチャワチャと醜い争いを繰り広げていた、その時。


「おはよー! 二人とも、朝から元気だね?」


背後から降ってきたのは、鈴を転がすような、でもどこか「逃げ場を塞ぐ」ような明るい声。

クラスのマドンナ、高橋みゆきさんだ。


「「…………っ!!」」


僕と吉田は、石化したように動きを止めた。

吉田にいたっては、あまりの眩しさに「ひっ、光属性の波動が……っ!」と呟きながら目を逸らしている。


「あ、高橋さん。お、おはよう……」


「ねえ、高木くん。さっき、すっごく嬉しそうに笑ってたでしょ? 何かいいことあったの?」


みゆきさんが、ひょいと僕の顔を覗き込んでくる。

距離が近い。ふんわりと香るシャンプーの匂いに、僕の「マッサージ脳」が勝手に彼女の肩の凝り具合を測定しそうになる。


「い、いや、別に……。ちょっと、面白い動画を見てただけで……」


「……ふーん?」


みゆきさんは、僕のスマホを隠している手をジッと見つめた。

その瞳は、昨日マッサージをしてあげた時の「懐いた目」ではなく、獲物を追い詰める「女の目」をしていた。


「あー! 分かったでござる! 翔太氏、もしや最近始めたというバイト先で、何かハレンチなことでもあったのでござるな!?」


余計なことを叫ぶ吉田。


「バイト……? 高木くん、バイト始めたの? 私、聞いてないよ」

みゆきさんの笑顔が、少しだけ……いや、かなり固定された(怖い)ものに変わった。

彼女の中では、あの放課後のマッサージ以来、僕は「自分だけの専属」的なポジションになりつつあったのかもしれない。


「そ、そうなんだ! 叔母さんのマッサージ店でちょっと……手伝いを……っ」


「へぇ……。どんなお客さんが来るの? 男の人を?女の人?まさか女性ばかりとか……?」


「それは……まあ、女性専用のお店だから……」


「……。じゃあ、今度私も、そのお店に遊びに行こうかな? 『高木くん指名』で」


みゆきさんの言葉に、僕と吉田は同時に「へっ?」とマ抜けな声を上げた。

トップアイドルのれいなさんと、学校のマドンナのみゆきさん。

もしその二人が叔母の店で鉢合わせたら……?


(……想像しただけで、僕の人生がフライ(飛行)する前に爆発(爆死)しそうだ!)


「あ、予鈴だ! 席につかなきゃ!」


僕は必死の思いで話題を切り上げ、机に突っ伏した。

背中で「翔太氏、あとで詳しく問い詰めるのでござるよ……」という吉田の呪詛と、みゆきさんの鋭い視線を感じながら。


【現在の実績】

累積施術人数:5人

ボーナスまで:あと95人


空を飛べるようになる前に、クラスでの居場所が空中分解しそうな予感がした。

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