第14話 百人斬りの指先と、不可視の『三個目、四個目』

「……なに、この行列」


土曜日の朝。叔母さんの店『癒しの手』の前に到着した僕は、思わず立ちすくんだ。

開店前だというのに、店の前にはお洒落な服を着た女性たちがズラリと列を作っている。OL、女子大生、そして噂を聞きつけたマダムたち。


「翔太、来たわね! ぼさっとしてないで、早く着替えて!」


奥から血走った目の恵美さんが現れ、僕をバックヤードへ引きずり込んだ。

どうやら、トップアイドルのれいなさんが「最近、秘密のサロンで肌が生き返った」とラジオで(店名は伏せて)話したことや、みゆきさんの激変ぶりが学校外のコミュニティでも話題になったことが重なり、一気に火がついたらしい。


「いい? 今日は一人20分の『超特急クイック・デトックス・コース』で回すわよ。私も頑張るけど、翔太、あんたが勝負の鍵よ!」


「あの人数を一人20分で……。あ、はい。頑張ります」


僕は震える手で、プロ用の黒いポロシャツに袖を通した。

今日、この忙しさを乗り越えれば……。僕の視界の端に浮かぶ【累積施術人数:7人】の数字が、一気に跳ね上がるはずだ。


そこからは、まさに「修行」だった。

防音室のドアが開くたび、サテンの施術着に着替えた女性たちが次々とベッドに横たわる。

僕はスキルをフル回転させた。


「あ、はぁ……っ! 噂以上……。指が触れたところから、毒素が抜けていくみたい……っ」


「……姿勢を整えますね。少し熱くなりますよ」


【スキル発動:マッサージ Lv3 + 脂肪再配置(微調整)】


サテンの生地越しに伝わる、様々な女性たちの体温と質感。

一人、また一人と、僕は「最高のリラクゼーション」と「微細なボディラインの修正」を施していく。

10人、20人、30人……。

昼休憩もそこそこに、僕はただひたすら指先を動かし続けた。

レベル3になったことでマッサージ時間が短縮され、効率は飛躍的に上がっている。

そして、日が暮れかけた頃。

本日最後のお客様を送り出し、僕はガクガクと震える指で、空中に浮かぶスキルボードをタップした。


【累積施術人数:100人】

【おめでとうございます! マイルストーン達成】


「……き、きた!」

脳内にファンファーレのような音が響き、ボードに新しい項目がポップアップした。

【ボーナススキル解禁:不可視の手(エクストラ・ハンド)】

効果:自分にしか見えない「第三、第四の手」を実体化させる。物理的な干渉が可能。


「見えない手……? それも、もう一対?」


僕は試しに、念じてみた。

すると、自分範囲2メートルに、半透明に揺らめく「もう一対の手」がヌッと生えてきた。僕にしか見えないが、そこには確かな感覚がある。

僕は近くのテーブルにあったマッサージオイルのボトルに、その「見えない手」を伸ばしてみた。

指先がボトルに触れる。感触がある。そのまま持ち上げると……。


「うわ、本当に持てた……」


僕の両手は体の横にある。なのに、オイルボトルが空中にふわりと浮き上がった。


「これがあれば、一人の体を四本の手で同時にマッサージできるってことか? もしかしたら、別の作業をしながらでも……」


僕が「見えない手」でボトルを宙に浮かせ、くるくると回して遊んでいた、その時だった。


「翔太ー? 片付け終わった……って、ええええっ!? なにそれ、浮いてる!?」


飛び込んできたあかり姉ちゃんが、宙に浮くオイルボトルを見て絶叫した。

僕は心臓が止まるかと思い、慌てて「見えない手」を消した。

ガシャン!

支えを失ったボトルが、僕の「本当の手」の中に落ちる。


「あ、いや……手品! 手品の練習だよ! びっくりした?」


僕は引き攣った笑顔で、ボトルをジャグリングのように回してみせた。


「……心臓に悪いわよ! 糸か何かで吊るしてたの? 全然見えなかったわ……。でも、今日のあんた、本当に凄かったわ。売り上げも過去最高。お母さん、あんたに特別ボーナス出すって言ってるわよ」


あかり姉ちゃんは呆れながらも、感心したように僕の様子を眺めている。


【現在の実績】

累積施術人数:100人

次のボーナス(1000人:透明化)まで:あと900人


100人。それは、僕が「普通の高校生」を完全に卒業し、人知を超えた「四本手のマッサージ師」として歩み始めた証だった。

自分にしか見えない手。この背徳的な力に酔いしれながら、僕は次の大きな目標を見据えた。

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