第5話 プロの心構えと、シルクサテンの罠

放課後、僕は恵美さんのお店に来ていた。

明日からいよいよ『癒しの手』のスタッフとして本格的に働くことになる。

形だけとはいえ、まずは履歴書を提出。叔母の恵美さんはそれを受け取ると、満足げに頷いて「いきなり本採用よ」と笑顔で告げた。


だが、仕事開始を前に、僕は経営者としての彼女から厳しい「プロの心得」を叩き込まれることになる。


「……いい、翔太。よく聞いて。うちは『女性専用』のプライベートサロンなの。だからこそ最初はあなたの採用を断る気でいた。女性専用のサロンに男子高校生のあんたを置くっていうのが、どれだけイレギュラーなことか分かる?」


営業後の店内。アロマの香りが微かに残る静寂の中で、恵美さんはいつになく真剣な顔で僕に向き合っていた。


しかし、女性専用という事を初めて知った僕は動揺を隠しきれなかった。

たしかに疲れ切った男の人をマッサージするよりは、体力的にはいいかもしれない。でもだからと言って、女性のみがいいかと言うと……。

僕は女性があまり得意ではなかった。


「まず、男の施術師ってだけで、最初はお客さんから不信感を持たれる。それは覚悟しなさい。でも、そこからの信用はあんたのその『指』で勝ち取るしかないの。分かった?」


「は、はい……」


恵美さんは頷き、次に奥の個室を指差した。


「この部屋は、お客様に最高にリフレッシュしてもらうために防音性を極限まで高めてる。だから、中でどんな声……あー、音が漏れても外には一切聞こえない。でもね」


彼女が一歩近づき、僕の目をじっと覗き込む。


「だからと言って、中で変なことするんじゃないわよ? 翔太の事疑ってる訳じゃないの。ただ、あんたのマッサージはあまりにも気持ちよすぎる。……正直、理性を飛ばしちゃうお客さんもいるかもしれないわ」


「えっ、僕が誘惑されるってこと……?」


「そうよ。際どい誘いをしてくる大人の女性だっているかも。でも、それに乗って手を出したが最後。このご時世、不同意性交罪、SNSでの拡散……あんたの人生、一発で終わるわよ。そして私の店も終わる。それだけは絶対に避けなさい。まあ未成年の翔太に手を出したら相手の人生も終わるんだけど。一石三鳥ね。」


僕はゴクリと唾を飲み込んだ。空を飛ぶために始めたことが、人生を地獄に叩き落とすトリガーにもなり得る。その恐怖が、僕の浮ついた心を冷やしたが、おばさんの最後の言葉は意味がちょっと違うと考える余裕はまだあった。


「よし。じゃあ、実務の流れを教えるわね。……まずはこれをお客さんに渡して」


恵美さんは、棚から一着の服を取り出した。


「うちの指定施術着、シルクのサテン製よ。肌触りを重視してるから、下着なしで着る人も多いわ。これを着た女性が、あんたの前に横たわるの」


差し出されたのは、独特の光沢を放つ滑らかな生地だった。

想像しただけで、男子高校生の僕には劇薬だ。こんな薄い生地一枚を隔てて、僕は女性の体に触れるのか……。


「コースによって、デトックス重点か、リラクゼーション重点か。あんたの腕に合わせてメニューを組んでおいたから。……さあ、研修はここまでよ、無名のエースさん」


恵美さんは最後にいたずらっぽく、でもどこか試すような目で笑った。


「明日はね、ちょっとした『VIP』の予約が入ってるの。名前はまだ内緒だけど、あんたでもテレビで見かけたことがあるかもしれない、すごい人よ」


「ええっ、有名人……?」


「楽しみにしてなさい。あんたの力が、本物のプロにどこまで通じるか。……期待してるわよ」


【現在の実績】

累積施術人数:4人(変わらず)

獲得経験値:150exp

ボーナスまで:あと96人

明日は、僕の人生が大きく動き出す日になりそうだ。

緊張で胃が痛いけれど、それ以上に「一気に人数を稼げるかもしれない」という期待が、僕の背中を少しだけ押し上げた。

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