第3話 マドンナの悩みと、視える僕

翌朝。登校する僕の視界は、昨日までより数センチだけ高かった。

相変わらず前髪は長いし、眼鏡もそのままだ。でも、叔母さんの店であんなに感謝されて、少しだけ――本当に、数ミリ程度だけど、猫背が伸びた気がする。


学校の重い鉄扉をくぐり、いつものように誰とも目を合わせず教室の隅の席に座る。


「……あれ?」


隣の席の女子たちが、ひそひそとこちらを見ていた。


「ねえ、高木くん……なんか、今日ちょっと雰囲気違くない?」


「そう? 相変わらずモヤシっぽけど……あ、でも、なんか姿勢がマシになったような……」


心臓がドクンと跳ねる。

インキャにとって、ポジティブな変化であっても「注目されること」自体が最大のストレスだ。僕は慌てて顔を伏せ、カバンからラノベを取り出して防御体制に入った。

すると、教室の前方がパッと明るくなったような気がした。


「おはよう、みんな!」


高橋みゆきさん。

このクラス、いや、この学校の「マドンナ」だ。

明るい笑顔、サラサラの長い髪。僕のような人間とは住む世界が違う、光属性の象徴。

いつもなら視線を逸らすところだけど、今の僕には、昨日得た「スキル」が強制的に情報を書き込んできた。


(……えっ?)


【対象:高橋みゆき】

状態:重度の肩こり、背中の筋肉の炎症、軽微な肌荒れ(ストレス性)

原因:過剰なバスト重量による骨格への負担、睡眠不足


スキルボードが、残酷なまで赤裸々に彼女の悩みを詳らかにする。

マドンナという完璧な仮面の下で、彼女の体は悲鳴を上げていた。

特に「胸の重みによる負担」という情報は、思春期の僕には刺激が強すぎて、顔が火を吹くかと思った。


「……うう、今日も重いなぁ……」


自分の席に座った彼女が、誰にも聞こえないような小声で呟き、肩を回した。

その顔は、一瞬だけ苦痛に歪んでいる。

いつも優しく誰にでも接する彼女が、一人で痛みを堪えている。

それを知っているのは、この教室で「視える」僕だけだ。


(……どうする? 僕みたいなやつが話しかけたら、通報されるんじゃ……。でも、あれは放っておいたら腰まで悪くするみたいだし)


「空を飛ぶため」という名目と、ほんの少しの正義感が、僕の背中を叩いた。

休み時間。僕は震える脚で、図書室へ向かおうとする彼女のあとを追った。


「あの、た、高橋さん……っ!」


廊下で声をかけると、彼女は驚いたように振り向いた。


「えっ……あ、高木くん? どうしたの、珍しいね」


「あの、その……肩、痛いんじゃないかなって……」


沈黙。

やってしまった。完全に不審者だ。マッサージスキルがあるなんて言えないし、ただのストーカーのセリフだ。

彼女の大きな瞳が、戸惑いに揺れる。


「……え、どうして分かったの? 最近、本当にひどくて……整体に行ってもあんまり変わらないし」


「あ、いや……顔色が、ちょっと辛そうだったから。僕……家がマッサージの家系で、少しだけコツを知ってるっていうか……」


嘘をついた。でも、止まらない。


「あ、あの! 手のひらだけでも、少し……ここを……」


僕は勇気を振り絞り、彼女の手首に近い、肩こりに効くツボ(とスキルが教えてくれている場所)を指先で軽く押した。


【スキル発動:マッサージ Lv1】


「――っ!? ふあ……っ」


彼女の口から、可愛らしい、でも少し艶っぽい声が漏れた。

ほんの一瞬。数秒だけ、エネルギーを流し込む。


「え、ええっ!? 何これ……今、一瞬触られただけなのに、肩が……ポカポカして、すこし軽くなった……?」


彼女は自分の肩を触り、驚愕の表情で僕を見た。

その頬は、ポッと赤らんでいる。


「高木くん、すごい……! 本当に、魔法みたい……」


「い、いや。……また、放課後とか、もし良かったら……」


逃げるようにその場を去る僕の背中に、彼女の熱い視線が刺さるのを感じた。


【現在の実績】

累積施術人数:3人(父、叔母、あかり)

高橋みゆきは短時間の為カウント外

ボーナスまで:あと96人


学校のマドンナを相手に、とんでもないことをしてしまった。

でも、彼女のあの驚いた笑顔と、一瞬触れた柔らかい肌の感覚が、僕の中に新しい「勇気」という名の経験値を溜めていくのがわかった。

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