第2話 プロの現場と、いとこのお姉ちゃん
「……ここか。場違いすぎる」
東京の静かな商店街の端。小洒落た木目調の看板に『リラクゼーションサロン・癒しの手』と書かれた店の前で、僕は立ち尽くしていた。
前髪をいじり、猫背をさらに丸める。僕のような陰キャが足を踏み入れていい場所じゃない。中からはアロマのいい香りが漂ってきて、それだけで意識が遠のきそうだ。
「あれ? 翔太じゃん! 何、入り口で固まってんの?」
背後から飛んできた明るい声に、心臓が跳ねた。
振り返ると、そこにはショートヘアを揺らして笑う女子大生――いとこの、あかり姉ちゃんがいた。
「あ……あかり姉ちゃん。お、おはよう……」
「相変わらず暗いなー。あ、もしかして私に会いにきたの?それとも母さんに用事? 母さんなら、今、店の中で死んでるから」
「死んでる?」
首を傾げる僕の背中を、あかり姉ちゃんがぐいぐいと押して店内へ引きずり込む。
店の中は落ち着いた照明でリラックス空間を演出していたが、受付の奥にあるソファには、文字通り「死体」のようにぐったりした叔母の恵美さんが横たわっていた。
「……恵美さん、大丈夫?」
「あ……翔太……? 来たのね……。でもごめん、今、相手できる状態じゃないわ……。予約が詰まってて、自分のケアを後回しにしたら、肩と腰が岩みたいになっちゃって……」
叔母の恵美さん。38歳。
いつもはスレンダーで綺麗な人なのに、今は仕事のストレスのせいか、肌もくすんで、目の下にはクマがくっきり浮き出ている。
「お父さんが連絡してくれたから、知ってると思うけど、僕マッサージ勉強したんだ……。少し……やってみようか?」
「えっ、翔太が? ……あはは、可愛いこと言ってくれるわね。でも、おばさんはプロなのよ? 素人のマッサージじゃ、この『岩』は砕けないわ」
恵美さんは力なく笑ったが、僕は黙って彼女の背後に回った。
あかり姉ちゃんが「無理だよー、翔太の細い腕じゃ」と茶化してくるが、構わず手を伸ばす。
触れた瞬間。
視界に、恵美さんの体の「地図」が浮かび上がった。
(ひどいな……。リンパが完全に詰まって、筋肉が悲鳴を上げてる。ここを、こうして……)
【スキル発動:マッサージ Lv1】
「――っ!?」
僕が肩に指を食い込ませた瞬間、恵美さんの体がビクンと跳ねた。
「え、ちょっと……何これ。翔太、あんた何したの!? 身体が、熱い……っ!」
「動かないで。すぐ楽になると思うから」
僕はスキルボードの情報を頼りに、指先からエネルギーを流し込んだ。
不要な老廃物をデトックスで流し、硬直した筋肉をピンポイントで解きほぐしていく。
「あ、ああっ……! すごい、何これ……。脳が溶けそう……。今まで勉強も兼ねて何十人って施術を受けてきたけどこんなの、経験したことない……っ」
恵美さんの声が、次第に色っぽさを帯びていく。
女性特有の「最高のリラックス効果」が発動している証拠だ。
横で見ていたあかり姉ちゃんが、目を見開いて固まっている。
「ちょ、お母さん!? 変な声出さないでよ! 翔太、あんた本当に何してんの!?」
「……骨格を、少し整えるね」
最後に、歪んでいた背骨のラインを指先でなぞるように矯正する。
仕上げに、顔まわりのリンパを流して「アンチエイジング」の効果を最大に設定した。
数分後。
僕が手を離すと、恵美さんは数秒間、放心状態で突っ伏していた。
「……恵美さん?」
「……。……信じられない」
ゆっくりと起き上がった恵美さんの顔を見て、あかり姉ちゃんが悲鳴を上げた。
「う、嘘でしょ!? お母さん、肌が……光ってる!? クマも消えてるし、なんか、5年……いや10年くらい若返ってない!?」
「体が……羽が生えたみたいに軽いわ。腰の痛みも、嘘みたいに消えてる……。翔太、あんた一体どこでこんな技術を……」
恵美さんは自分の顔を鏡で見て、絶句していた。
先ほどまでの疲れ切った表情は消え、そこには全盛期の美しさを取り戻した女性オーナーが立っていた。
「翔太。本当は断るしかないって思ってたんだけど、あんた、うちで働きなさい」
「えっ?」
「時給は……そうね、相場の3倍出すわ。いえ、歩合制にしましょうか。あんたのこの指、うちの店の『秘密兵器』になるわよ!」
恵美さんは、さっきまでの弱々しさが嘘のように、ビジネスウーマンの目をして僕の手を握りしめた。
隣では、あかり姉ちゃんが「私も! 私もやってよ翔太!」と身を乗り出してきている。
【現在の実績】
累積施術人数:3人(父、叔母、あかり)
ボーナスまで:あと97人
……どうやら、1万人への道は、思っていたよりずっと賑やかなものになりそうだ。
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