第3話
あれから数日。
彼の境遇を聞き、色々な思いを募らせながら日々を過ごす。
薄幸の君に会いたい。その気持ちが日に日に強くなる。
彼が三日月家でも騎士団でも冷遇され、今も酷使され続けていることを知る。
国の守護者として三日月の紋章を背負う──最強の騎士団長。
ヴェルダー主任から彼が平民出身だと聞かされた。
騎士たちから侮蔑するような態度が散見されたことも腑に落ち、あの孤高の雰囲気は孤立からくると得心がいく。
薄幸の君はカリソン・クロィサーントの影武者として見初められ、抜擢された。
幼い頃から剣の才は抜きん出ていて、他の候補など考えられなかったそうだ。
クロィサーント家の唯一の誤算は、選んだ影武者があまりにも優秀すぎたこと。
異常なほどの武勲の数々が、齢15という若さで騎士団長に就けなければならなくなった。良好だったカリソンとの仲もその日を境におかしくなり、五年の月日で関係修復は不可能の域へ。
歴代最強と評された薄幸の君は、全ての妬み恨みを一身に背負うこととなった。
(他人事と思えないんだよね)
妬まれ、憎まれる立場は私も同じ。
この国生まれの貴族ではなく、淑女らしさもない私は多くの令嬢にとって目の上のたんこぶだし、未来の王妃候補に眉を顰めるものは多い。
聖女としての力は本物だから、今はいいように利用しているに過ぎない。私に向けてくる笑顔や優しい声色の裏に何が潜んでいるのか。それを知るのが怖い。
(薄幸の君にも同じような不安はあるのかしら?)
どこか翳りを感じていた面差し。それでも流麗な所作や凛とした佇まいは、誰の助けも必要としない強さを感じた。いや、私が感じていただけかも知れない。
薄幸の君はどこにいったのだろう。彼に会いたい。
そうした思いからだろうか。気付けば騎士団の演習場には毎日通っていた。
今日も騎士団の演習へと足を運ぶ。
向かう途中で私が最も会いたくない相手が廊下の向こうからやってきた。
金髪を靡かせたギモーヴ王子は、妙に化粧の濃い女を侍らせてもいる。どこかで見た気もするが、貴族令嬢は装飾や化粧が多すぎて顔を覚えにくい。
私は廊下の端に寄り、カーテシーだけでやり過ごす。
しかし、下卑た笑みで見下ろしてきたギモーヴが、私の髪を鷲掴みにした。
「平民。この黒い髪は華やかさをどこかに置いてきたのか? 私の婚約者というのならもっと美しくあって欲しいものだ」
「あら、およしになって殿下。そんな平民の髪など触っては御手が汚れます」
「あぁ、長いこと触ると臭いのが移ってしまいそうだな」
痛みを覚えていた髪を汚物でも振り払うように放される。
勝手に掴んできたのは王子なのに。言い返さないのを良いことに言いたい放題。
でも、ここで反論をすると余計に時間がかかることは今までに学習していた。
「殿下、早く行きましょう。わたくし、観劇と絵画鑑賞を楽しみにしていたの」
「おぉ、アマレッティ。楽しみにしてくれて嬉しいよ。約束通り欲しい宝石も買いに行こうか」
「ギモーヴ殿下、わたくしのためにありがとうございます」
思い出した。婚約当初、やたら私に絡んできたアマレッティ・ブレデルだ。
王妃の座を狙っていた彼女からは会うたびに嫌味を言われていた。最近は避けていたし、戦場で忙しくしていたから完全に忘れていた。けど、その程度の存在。
私の視線に気付いたアマレッティが、不快そうに顔を顰める。
「何よ? この女の目付き、気に入らないわ」
「生まれつきです。ご容赦ください」
思わず言葉を返してしまう。
仮にも私とギモーヴは婚約者であるのに、その立場なんか関係ないと言わんばかりに目の前で体を密着させている二人。こんな往来で恥ずかしく無いのだろうか。
後ろに控えている従者たちも、取り込まれ済みなのか苦言すら呈さない。
あんな風にギモーヴと体を密着させるなんて生理的に無理だけど、将来結婚する相手が他の女とそういうことをしている嫌悪感が先に立つ。
同時に、女としての魅力が無いと突きつけられているようで不快だった。
ギモーヴとアマレッティは私の一言に反応し、続けざまに暴言を投げてくる。
「平民、口が利けたのか? 妬くような感情は不要だ。本来、側室にもなれぬほど気品も格も足りていないのに思い上がるな」
「そうよ。殿下と口を利かないでくれます? 汚らわしい。平民聖女は祝詞だけ唱えていれば良いのよ。本当に気持ち悪い魔法。まるでバケモノね」
化け物という言葉を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。
ずっと抱えていた懸念が、堰を切って押し寄せてくる。
貴族たちの笑顔が幾つも思い浮かんでは、仮面の裏で化け物を見る目に変わる。
言葉にされたことで、薄々感じていた「私は化け物では無いのか?」の不安が、明確な形を成す。
私を嘲笑して二人が去っていく足音は、決して相容れることのない遠くの音に聞こえた。
◇◆◇◆◇
「アン様、理由を仰ってくださいませ! 一体何があったのですか!?」
演習場に行く気力もなくなり、私は自室に戻った。
戻る前に綺麗に拭いたつもりだったのに、フランは「こんなに目元を腫らして何があったのですか?」と騒ぎ出し、そっとしていて欲しいのに放ってくれない。
こんなやり取りも既に三日目。
フランが構い過ぎるから、未だにあの一件を引きずっている。
今日の午前中はヴェルダー主任も心配して部屋を訪れた。
フランや主任から落ち込んでいる理由を尋ねられても、言葉にしようとすると喉の奥が締まり、何も話せなくなってしまう。
二人が私に対してそんな感情を抱くなんて思えない。けれど怖いのだ。
眉尻を下げたフランが、テーブルにあった招待状を取り上げる。
「体調が優れないのならカルメリート様のお茶会にはお断りをしておきますね」
「ダメだよフラン。私は行くから」
今も胸の奥がむかむかして少し吐き気もする。けれど、貴族令嬢たちのお茶会への誘いを断ったとしたら何を言われるか分かったものではない。
「意志は変わらないのですね。アン様は努力しすぎるのです。もう少し楽になさってください。無理そうだと感じたらすぐに帰りましょう」
「ありがとうフラン」
差し出された手を取って私は立ち上がり、貴族令嬢たちの魔窟へと向かった。
ロイヤルガーデンにあるコンサバトリー。
仲の良い貴族令嬢たちが良くお茶会を開く場だが、向かう足は思い。
訪れた先には三人の貴族令嬢が居た。
以前に自己紹介を受けているはずだけど、名前はもう思い出せない。それに、彼女たちの名前を知るくらいならば薄幸の君の名を知りたい。
本音の見えない笑顔で私を迎えてくれた。
「ようこそ、アン様。わたくし、アン様とお茶できるのをとても楽しみにしていたのです。お好きなフレーバーはございまして?」
「カルメリート様、お招きいただき嬉しいわ。お勧めはあるかしら?」
主催の名前だけは頭に入れて来たけれど、笑顔の裏に何を思うのか分からない。
言質を取られないようにしなければ、と私は気合いを入れた。
席に着くと、侍女たちが紅茶を注いでくれる。
ふわりと感じるマスカットに似た香りが、強張っていた心を少しだけ溶かした。
「わたくしの国で一番人気の茶葉ですの。きっとアン様のお口にも合いますわ」
柏手を打って楽しそうに話しかけられ、返しに困ってお茶を口に含む。
カルメリート・ランビックは、隣国の出身だと聞いている。何か自国に優位な条件でも持ち帰ろうとしているのか、取り巻きと一緒に私を褒めて持ち上げていた。
(美味しいお茶なのに、気持ち悪い)
美辞麗句とまではいかないまでも、これだけ良く褒め言葉が出てくるものだと感心さえする。弾むような声は何を期待しているのか。どう答えれば彼女たちは満足するのかが分からない。
日本で無縁だっただけに、貴族同士の腹の探り合いは負担だ。体調の悪さも相まって吐き気を催す。
下を向いて堪えていたら、控えていたフランが一歩前に歩み出てきた。
「アン様、大丈夫でしょうか?」
貴族の会話に割り込めば不敬と言われて不利になることも多いのに、フランは私を気遣い、リスクを承知で前に出てきている。
笑わなければ、笑顔を浮かべなければならない。
背中には汗が伝い、焦るほどに言葉は出てこなかった。
そこで唐突に手拍子の音が響く。
──パン、パン。
何事かと視線をあげれば、カルメリートが侍女や取り巻きに指示を出し始めた。
「お茶会はお開きにしますわ。貴女たちも急ぎ立ち去りなさい。アン様の体調が最優先です」
取り巻きの貴族令嬢たちはそそくさとコンサバトリーを出ていき、私にはブランケットが差し出された。一つ頷いて掛けて貰う。
やり取りの様子をカルメリートは真剣な眼差しで見ていた。
「アン様、わたくしと少しだけお話をできますでしょうか?」
「体調が優れないし、私も帰りたいわ」
そう伝えたら「わたくしではお力になれませんか?」と返され、改めて彼女の瞳を見た。
ややオレンジの入る瞳は、これまでに見てきたどの貴族令嬢とも違う気がする。
答えに窮していたら、フランが優しく背中を擦ってくれた。
「大丈夫です、アン様。カルメリート様は信頼できる御方です」
フランが選別し、信用に足ると判断して持ってきてくれた招待状だったと聞かされる。
カルメリートは「まだお茶会を開くべきでは無かった」と後悔を滲ませた。
「わたくし、アン様と境遇が似ていまして、御力になりたいと考えていたのです」
彼女も婚約して結婚を目前に控える身であり、政略結婚の立場や、一人で国を離れて過ごす不安な日々を理解できると言う。
「アン様には心から感謝しているのです」
私が救った騎士の中に、彼女の身内が居たそうだ。
命を救うことの出来る魔法の凄さを語っていた彼女の言葉の数々は、全て本物だったのかも知れない。
今までの努力が報われた気がして、肩の力が抜けた。
「こちらこそありがとう。最近、色々とありすぎてちょっと滅入っていたの」
「わたくしで良ければお聞かせください」
愚痴を零しても良いのだろうか。
不安になってフランへ視線を向けると、笑顔で力強く頷いていた。
「実は……」
気が緩んだ私は、王子との一件を全てぶちまけた。
「あのポンコツ王子! わたくし、ちょん切ってやりたくなりましたわ!」
「その時は私もご助力致します。幾ら殿下と言えどあり得ません」
フランやカルメリートの方が王子に対し、激怒を始めてしまう。
「ブレデル嬢の口は針で縫い付けた方が良いかしら? 金輪際開けなくしてやりたいわ!」
「釘を打ち付けるのも良さそうですね。道具は用意しておきます」
アマレッティには罵詈雑言を並べている。
私は二人の剣幕に思わず笑ってしまった。
「……ようやくアン様の笑顔が見られましたわ」
「カルメリート様、釘は何本用意しましょうか?」
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そのような地位はいりません。私の望みは大切な人を温めたいだけ。 元毛玉 @motokedama
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