第2話

 異常な現象が起こり、騎士たちが騒然となる。


「わ、私にも何がなんだか……」


 この世界に召喚されてから魔法の練習は毎日続けてきた。なのに今の現象は見たことが無い。

 周囲へ光が拡散したかと思ったら、光の粒が螺旋を描いて騎士団長の青年だけを包み込み、強烈な光の柱となった。行使した私も息を飲み、ただその光景を見つめることしかできずにいる。

 騎士団長の静かな一声が水を打つ。


「冷静になり、普段の訓練通りを心掛けよ。各自、魔法の効果を確認次第、歩みを進めるように」


 透明で透き通るようなその声に私の心音が一瞬高まった。

 号令を皮切りに騎士たちも平静さを取り戻し、行軍が始まっていく。

 騎士団長は何事も無かったかのように先頭を進み、陣を率いていた。


(謝らなきゃ!)


 恐らく本物の戦場に向かう高揚感が私に余計な意識や力を与えてしまったのだ。

 魔法の行使直前まで騎士団長の美しい顔だちを見ていただけに「怪我なく帰ってきて欲しいな」と、雑念が紛れ込んだせいかも知れない。

 意を決し、騎士団長の元へ向かおうとしたら、カリソンには手で制された。


「聖女殿。ここから先は騎士にお任せを。貴女は軍のテントで待機されたし」

「わかりました」


 ここで駄々をこねてはならない。迷惑をかけた後でもあるし、大人しく言葉に従うことにした。

 聞こえないはずの騎士団長に向けて声をかける。


「無理は、なさらないでください」


 声が聞こえた範囲の騎士たちが、槍を高く掲げてくれた。

 行軍を見届けた後、広めの軍用テントの中へと入る。

 騎士団の帰りを待つ間、聖女としての力と改めて向き合った。


(力の魔法って、聖女としては微妙だよね)


 私の魔法は《力》の加護。

 歴代の聖女様たちは、浄化の魔法、豊穣の魔法と聖女に相応しい魔法だったのに、私は何故か力の魔法。それだけに戦闘行為へ駆り出され過ぎて色々なものが疲弊していく気がした。

 けれど本物認定されただけあって効果は凄まじく、国王陛下にも満足して頂けたみたい。そのせいで第一王子と婚約させられたのはこれ以上ない皮肉かな。

 未来の王妃としての期待も背負わされることになった私。元の生活からは考えられないような淑女教育も始まってしまう。

 食事マナーから普段の所作まで徹底的に指導され、何度枕を濡らしたことか。

 期待に応えられないごとに嫌なものでも見るような目を侍女や指導役たちに向けられたことは今でも忘れない。

 フランだけは対等の目線で見てくれて叱ってくれる。だから彼女以外の付き人は要らないと全員突っぱねた。

 淑女としては失格かも知れないけれど、せめて聖女としては務めを果たしたい。

 心の中で再起を誓っていたら、怒声を受けて心臓と体が大きく跳ねた。


「負傷者です! 急ぎ手当を!」


 次々と運ばれてくる重症者たち。異様さは強烈な臭いが先に立つ。

 軍用テントはお世辞にも良い香りとは言えず、男所帯の汗や体臭が漂っていて、聖女としての責務がなければ一秒でも早く立ち去りたい気分だった。

 今はそれがまだマシだったと痛感させられる。

 大型のテント内を埋め尽くし塗り替える圧倒的な血の香り。負傷者を見る前から手足の力は抜け、ちゃんとしようと思っても力が入らない。


「聖女様! お願いします!」

「ひっ……!」


 目の前に連れて来られた重症者は肩口から肺の辺りまで切り裂かれていて、肩から先は触れればちぎれてしまうようにも思えた。

 命の残り時間が少ないと、このような経験が初めてでもハッキリと分かる。


(さっき頑張るって決めたばかりじゃない!)


 心の中で、強く叱咤した。

 控えていた騎士が重症者にポーションを飲ませるのに合わせ、魔法を行使する。

 彼の命の力を信じ、祝詞に思いを託す。

 魔法の光が溢れ、周囲の騎士たちが一斉に声をあげた。


「おぉ! これが聖女様の力の魔法!」

「凄いです聖女様! こちらも重体なのでお願いします!」


 重症だった騎士の傷は塞がり、苦悶の表情も和らぎ血色も回復した。

 魔法は練習通りの効果を発揮し、彼の命を救えたことに胸を撫でおろす。

 あらゆる《力》を高める私の魔法は、ポーションの回復力も、対象者の生命力も、生きようとする意志の力も同時に高めることができる。

 直接の癒し効果は無いのだけれど、国王に「万能の魔法」と言わしめただけはあると思う。

 軍事面でいいように利用されることは癪だけど、誰かの命が救えたのは本当に誇らしいし、私がこの世界に招かれた意味を見出せた気がした。


「重症者を運んで下さい。ポーションの数を間違えないようにお願いします」



 ◇◆◇◆◇



 あれから数度の戦場を経験し、多くの人を救ったけれど、間に合わず看取ることしか出来なかった人も多くいた。

 最初の内は眠れない日もあったけれど、今では熟睡できてしまう。だけど、慣れてはいけないと強く思う。

 周辺の勢力関係も大きく変わり、平定が進んだと聞いている。

 私も休暇を得られることが増えた。

 しかし、休暇の方が気が休まらないのは悲しい現実でもある。


(あぁ、私の休暇のたびに面会を申し込んでくる人たちが本当に面倒……)


 戦場で戦果を上げ続けたせいで、色んな人が私に群がるようになった。

 私の魔法を利用しようとして、私のためだと嘯く人たちは信用ならない。

 魔族との戦いに駆り出されるのはまだ良いとしても、政争や権力闘争、人類の周辺諸国との力関係、果ては商売や経済に関することまで利用される。

 私が人の欲望の力も増幅できると知ったとき、私は自分の魔法が怖くなった。

 いつか掌を返されてバケモノと呼ばれる日が来るのではないか。そんな不安が拭えなくなり、気のせいだと笑い飛ばせず、それを誰にも打ち明けられていない。

 今日何度目かの溜息をつくと、フランが大声で捲し立ててきた。


「アン様! そんな辛気臭い溜息を吐かれていては部屋が汚れます! 掃除しますから出てって下さい!」

「いや、部屋は汚れないと思うけど……うん、分かった」


 掃除は建前で外の空気を吸わせたいのだろう。

 ちょっと分かりにくいフランの優しさに、小さな笑みを零す。


「いってきます」

「いってらっしゃいませ。今日の天気みたいになってから帰ってきてくださいね」


 フランの見送りを受けて部屋を出た私は、城内庭園へ足を運ぶ。

 季節が過ぎ、春を迎えた今は心地が良くて大のお気に入り。特に快晴の今日は、心の洗濯日和だ。

 散歩の途中、騎士団の演習を見かけた。

 揃った掛け声と一糸乱れぬ動き。三日月の紋章を背負う最強の騎士団。

 演習でのマントは邪魔そうに思うけれど、常に本番を想定していないと正しい訓練にならないという理由で全員着用して臨んでいる。

 矢も退ける強度を持つマントたちの音は、実に重そうであった。


(傍から眺めている分には綺麗でカッコイイけどね)


 見入っていたら、一際目を惹くはずの騎士団長の姿が無いことに気付く。

 戦場で何度も顔を合わせたし、そのたびに目を奪われていたから嫌でも分かる。

 流麗な動きで、音を感じさせない騎士団長の剣舞は歌劇スターのようだった。

 ふと、彼との初対面のシーンを思い返す。


(そういやマントのお礼をまだ言ってないかも……)


 初めて出会った冬の始め、初陣の恐怖も加わって寒さに身震いしていたら、そっとマントを貸してくれた。

 そのときの温もりが忘れられず、彼のことを目で追うようになっている。

 凛とした面差しも、洗練された所作も、同じ人間とは思えないほど美しかった。

 思い出すたびにうっとりしてしまう。それだけに彼の不在は残念だし、何かあったのかと心配にもなる。


(カリソン様には質問できないし、お使いついでに主任に聞いてみようかな?)


 兄弟の仲はなんとなく察していて、カリソンが対抗心を燃やしているのは間違いが無く、騎士団長のことを聞くのはタブーだと思う。

 騎士団長の名前を聞いても「聖女殿には不要な知識ですよ」と断られて、彼の闇の深さを知った。

 美麗な兄弟には仲良くしていて欲しいが、上手くいかないものだ。

 兄弟と仲が良く、私も面識のある人に聞くのが一番だと思い、用事ついでに薬剤師主任の元を訪ねる。


 ──コン、コン。


「どちら様でしょう?」

「アンです。新しいポーションの報告書を持ってきました」

「よく来てくれたねアン。どうぞ中に入って」


 私は「お邪魔します」と一言告げ、聖女らしく楚々とした感じで扉を開けた。

 柔らかい物腰と穏やかな雰囲気の長髪の男性が、薬剤師主任のヴェルダー・フォン・キルシュヴァッサー。

 聖女の私にも気さくな態度で接してくれる数少ない相手だ。

 元々は敵国の出身だったらしいけど、今はこの国で薬剤師として活躍している。

 戦場でお世話になるポーションを通して、私も仲良くなった。

 持って来た報告書を彼に差し出す。


「頑張っているね、アン。動きはかなり良くなってきたかな」

「そ、そう? ありがとう主任」

「君を愛する僕だから良いけど、直接差し出すのは減点だね。あと、そろそろヴェルダーと呼んでくれないか?」


 直接渡そうとするのではなく、机に置くべきだと叱られた。淑女の道は遠い。

 今みたく、主任はことあるごとに私を口説いてくる。

 三つ上の彼は年の釣り合いも取れているし、積極的に口説かれるのは面映ゆい。


「ふふっ、ヴェルダー主任。ダメですよ。私は未来の王妃なのですから」


 正直、あんな王子よりも主任に乗り換えたい気持ちはある。けれど国王が決定した婚約に逆らう訳にもいかず、彼の申し出は曖昧に断るしかないのだ。


「わざわざ持って来たってことは、僕に興味があるのでは?」

「もう、からかわないでください!」


 主任の甘い言葉に頬が熱くなる。

 彼は微笑んだ後、少し表情を引き締めた。


「聞きたいことがあって来たんだよね? 三日月卿のことかな?」

「はい、そうです。それといい加減に名前を教えてくださいよ」


 騎士団長の名前を聞いても、主任は「本人に尋ねれば?」といつもはぐらかす。

 毎度楽し気な顔をしているから、半分面白がっているのは間違いない。


「騎士団長だけが不在なのが気になって……」


 またからかわれるかも知れないと思いつつも、ここを訪ねた目的を質問した。


「……そうだね。これは本人から聞き出せないだろうし、僕が教えてあげよう」


 そうして主任からクロィサーント家の実情を聞かされ、強い衝撃を受けていく。

 私は心の中で「薄幸の君」と呼ぶことに決めた。

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