そのような地位はいりません。私の望みは大切な人を温めたいだけ。

元毛玉

第1話

「アン様! この惨状は一体何ですか!?」


 私は何度もダメと断ったのに、侍女のフランには半ば強引に押し入られる。

 戦場よりも凄惨な部屋を見たフランは、目を三角にして仁王立ちしていた。


「聖女様ともあろうものがこんな体たらくで良いのですか?」

「好きで聖女になった訳じゃないし、聖女にだって苦手分野はあるよ……」


 整理整頓が出来ない私は、フランが休みだった二日で見事なまでの汚部屋にリフォームしてしまった。けれど私にだって言い分はある。


「召喚される前は私物が少なかったから、私が整理整頓できない訳じゃなくってここの物が多すぎると思うの。そうは思わなくてフラン?」


 中途半端な言い訳をしたからか、フランは笑顔のままヒンヤリオーラを纏う。

 聖女として与えられた立派で広すぎる部屋をこれだけ汚せるのは、我ながら才能だとも思えて何度も頷き、自分自身の罪を許していた。

 チラリとフランを見ると、フランはテーブルのティーカップを指差す。


「飲みかけのティーカップは出しっぱなしで、次のを出す必要がありますか?」

「色んなフレーバーがあって飲み比べが楽しくて、つい」


 70種類もフレーバーがあるから仕方がない。はしたないとされる飲み比べを試していたら、カップがどんどんと増えていったのだ。

 次はベッドの方を指差すフラン。


「大量の衣装を脱ぎ散らかしただけでなく、あからさまに着付けができなくて諦めていますよね? どうして他の従者を呼ばなかったのですか!?」

「だって、フラン以外の人に私の実態を知られて、幻滅されるのも嫌だし……」


 言い切る前に笑顔のフランには凄まれた。


「でしたら着替えなければ良いでしょう! 床にまで脱ぎ散らかす必要は!?」

「アハハ……素敵な服が多くて、つい」


 さらにフランは無言でソファーを指差した。

 そこには本が無造作に散らばっている。貴重な本も幾つも読み散らかし、ページを開いたまま栞も使わず裏返しにしてしまったのは誰だろう。……私だった。


「アハハ……栞が一つしか無くて、でも色々と気になったところをキープしたくて、つい」

「つい……じゃありませんよ! 床にまで進出させる必要がありますか!?」

「だってテーブルもソファーもスペースが無いじゃない! 不可抗力なの!」


 変に口答えをしてしまったせいで、フランの逆鱗に触れてしまいお説教は数時間コースへ延びてしまう。

 フランのクドクドしたお説教を聞き、内心で言い訳をしつつ今に至ったこれまでのことを思い返していた。


 私の本名は粒越つぶこし あん

 パート帰りの買い物中に突然光に包まれる。気付いたときにはここの王城の謁見の間に居た。

 複雑な紋様の浮かぶ魔法陣の中央に現れた私の手には、ダブルロールのトイレットペーパーと値引きシールの貼られたプリン。

 数十人は居ただろうか。高価な衣装を身に纏った人や甲冑を身に纏った人たち。

 喉の奥がキュッと締まり、大声をあげることもできずただ目を見開くのが精一杯だった。

 杖持ち老人が空中に光の紋様を浮かび上がらせ、その光が私に降り注いだ。

 眩しさに目を閉じていたら、何故か唐突に言葉が理解できるようになる。

 そして彼等は言うのだ「本物の聖女だ!」と。


「聞いているのですか!? アン様! 聖女の自覚はございますか!?」


 フランの叱責で現実へと引き戻される。

 すると、扉の向こう側がやけに騒がしくなり始めた。

 廊下から聞こえる甲冑の音が大きくなり、伝令が来たことが分かった。


「聖女様! 騎士団は東門に集結しております! ご準備のほどを!」


 ついに来た。

 日本で暮らしていた私には無縁の戦場へ向かわなければならない。

 唇は震え、腹の底から冷えを感じる。

 私に出来るのだろうか。大した学歴もなく、スポーツも得意では無かった私に自信なんて無い。けれど、聖女として祀り上げられ、豪華な暮らしと豊かな教育を与えられる現状があり、聖女としての使命は私が果たさなければならない責務だと思う。自信が無いから、怖いからで逃げ出して良い訳が無かった。

 覚悟を決めても、小さく震えていた私の手。温かいフランの手が包んでくれた。


「アン様。急いで支度をしましょう。努力家なアン様ならきっとお役目を果たせると私は信じています」

「……ありがとうフラン」


 信じてくれるフランのためにも勇気をかき集め、着替えを済ませて廊下に出た。

 王城の長い長い廊下。

 普段は煌びやかに見える華美な美術品の数々も、今日は色褪せて見える。

 この先に戦場が待つのだと思うと足は竦む。正直、血を見るのだって怖いし、近づきたくはない。一歩進むごとに血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 そんな中、廊下に現れた人影。この国の第一王子で私の婚約者でもあるギモーヴ・プロヴァンスが道を塞いでいた。


「おいおい、平民聖女は淑女の歩き方も出来ないのか? これだから教養を持たない平民は……さっさと戦場で己が役目を果たしてくるが良い」

「ギモーヴ殿下は赴かないのですか?」

「第一継承権を持つ私がなぜ危険なところに赴かねばならない? 普通は考えずとも分かるだろう? あぁ、そうかツブアンとやらが普通では無かったな。失礼」


 本当に失礼だ。それに私の名前は粒越だから変な略し方をしないで欲しい。どうせ召喚時に見た私のそばかすでも揶揄しているのだろう。本当に腹が立つ。

 でも、敢えて言葉にはせず、カーテシーだけでやり過ごす。

 まともに口論をしても、権力の前に跪かされるだけなのは分かっている。それにこれから戦場へ向かうのだ。余計なことにかかずらっている余裕は無い。

 一番嫌なことは、彼が私の婚約者ということだ。

 聖女の私を国王陛下はいたく気に入って、私は第一継承権を持つ王子と婚約させられてしまう。身よりもなく、日本からただ一人召喚させられた私に拒否権なんかある訳が無い。

 だけど、彼への苛立ちを募らせていたら震えるほどの恐怖は薄まっていたので、今日だけは感謝しよう。

 不快感を忘れようと急ぎ王城を出て、東門へ。

 肌寒さの残る澄んだ空気が、一度緩んだ気持ちを引き締め直してくれた。


「聖女様がご到着なされました!」


 息を白くした伝令が大声をあげたことで、視線が私へと集中し始める。

 これだけ多くの男の人に見られることは無かったので、緊張で体が熱くなる。

 明らかに他よりも格調高い鎧を身に纏った人が私へ近づいてきた。


「聖女殿、緊張されておられるのかな?」


 馬上の高い位置から声をかけてきたのは、黄金の装飾が印象的な鎧の男だった。

 この人が騎士団長だろうか。

 軍馬を間近で見たことすら無かった私は、覆い被さる圧に思わず一歩後ずさる。

 私が言葉を詰まらせていると、何故か背中に温かさが訪れた。


「聖女様。外は冷えます。こちらのマントをお使いください」


 振り向くと、まるで吸い込まれるようなアイスブルーの瞳がそこにはあった。どこか冬の風を思わせる佇まいの青年が、私にマントを羽織わせてくれた。


「ありがとうございます」

「いえ、このくらいは当然です。我が騎士団に聖女の尊き加護を」


 そこからは青年が周囲に指示を出していく。

 青年は馬上の豪奢な男にも声をかけた。


「兄上。馬から降りて挨拶をしなければ聖女様に失礼です」

「これは失敬。美しい聖女殿の顔が強張っておられたので、焦るあまり先に声をかけてしまった」


 金の鎧の男は軍馬を軽やかに降り、マントも私に羽織わせてきた。

 私は慌ててお礼を述べる。


「騎士団長様、ありがとうございます」

「いえ、私は騎士団長ではありませんよ。カリソンとお呼び下さい」

「も、申し訳ございません! カリソン様!」


 やってしまった。

 資料に目を通していたのでカリソンの名前は分かる。副団長のはずだ。

 挨拶をしなければならないし、騎士団長を探す。

 周囲を見渡すと、先ほどの青年がどうしても強く印象に残る。

 彼の纏う鎧は、並みの兵士と大差無い実用性だけの鎧に見えた。

 なのに、目が離せない。

 兜を脱いだその顔には、凛とした高潔さと、触れれば切れてしまいそうなほど鋭い孤独が同居している。本来であれば色褪せて見えるはずの質素な鎧も、彼の銀髪のように輝いてさえ見えた。

 その所作一つ、指先の動き一つが、あまりに完成されていて目を奪われる。

 見惚れていたら、隣に居たカリソンが小さく嘆息した。


「一応、あそこにいる弟が騎士団長を務めてはいます。ですが、挨拶などであればこのカリソンでも代行できますので問題はありませんよ」


 資料にも騎士団長の名前は載っていなかった。

 聞き出したいとも思ったが、やめておく。

 二人の何度かのやり取りを聞いて、この兄弟には溝がありそうに思えたから。

 恐らく弟の方が出世してしまい、関係が微妙になったとかそんなところだろう。

 公的な場では騎士団長と呼んでおけば問題ないし、騎士団長のような立場の人ならこれから幾らでも名前を知る機会はあるはず。そう自分に言い聞かせた。


「では、儀式と付与魔法を始めます。カリソン様、旗を……」

「心得ました」


 二人の旗手を呼び出し、雄大な二つの旗が目の前で交差する。

 一つは国家を示すプロヴァンス家の旗。

 もう一つは騎士団を示すクロィサーント家の旗。

 分厚い布が冬の風を包み、鈍く重い音を立ててはためいている。

 プロヴァンス家の紋章は、百合の花を模したシンメトリーな造形に、太陽を思わす艶やかな金の意匠で目を惹く。

 クロィサーント家の紋章は、夜に浮かぶ三日月を思い起こさせる美しさ。どこか物悲しさも感じてしまうが、その鋭利さが死神の鎌のようにも思えて怖くなる。

 代々騎士団長を排出するクロィサーント家の轟く勇名にはことを欠かない。大陸全土に名と恐ろしさが知れ渡る名門だ。

 平和な日本育ちの私と彼らは価値観が違うだろうし、優雅さのなんたるかを勉強中の身としては、隣に立つだけでも恥ずかしくてならない。


(兄弟揃って目の保養ではあるけどね)


 準備が整ったようでカリソンから目配せをされる。

 気持ちの整理を済ませ、祝詞を唱えて儀式を進めていく。

 私の言葉一つ一つで光が舞い、騎士団全員を覆うような魔法陣が浮かぶ。


「積み重ね、紡ぎ上げるは揺るぎない意志。星の意思に集いし者たちへ、力の加護があらんことを」


 私の持つ《力の魔法》が発動し、辺り一帯を光の粒子が覆いつくした。


「な!? 何故、騎士団長だけ!?」

「これは一体どういうことか聖女殿!」

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