第2話 「登録できない」
村を救った――なんて言葉は、俺には似合わなかった。
魔物を倒したのは事実だ。
けれど村の連中は、俺の剣を褒めるより先に、神官の顔色をうかがった。
「……今の、見たか?」
「いや、でも、あいつは……」
聞こえる。
聞こえないふりをしてきた声が、今日はやけに鮮明だ。
神官は何も言わず、俺の額を見た。
そこに刻まれるはずの“役割”が、いまだ空白であることを確かめるように。
そして静かに、命令だけを落とした。
「ギルドへ行きなさい」
それは忠告にも、追放にも聞こえた。
⸻
翌朝、俺は村を出た。
荷物は少ない。
水と乾パン、薄い外套、そして拾い物の剣。
剣だけは、昨日から“自分のもの”になった気がしていた。
道は一本だ。
この辺境から最寄りの町へ向かう街道。
歩きながら、何度も視界の端を確かめた。
【ジョブ:剣士】
【変更可能】
文字は消えない。
瞼を閉じても残っているような、奇妙な存在感。
村では誰にも言えなかった。
言った瞬間、俺は“異端”になる。
いや、もうなっているのかもしれないが。
――この世界に、転職はない。
昨日それを、体で知った。
俺だけが例外だ。
例外は、必ず正される。
そんな予感が、喉の奥に刺さったまま抜けなかった。
⸻
町は大きかった。
石畳、露店、鎧の音、笑い声。
村の静けさに慣れた耳には、全部がうるさい。
それでも、ここには人がいる。
役割を与えられ、働き、食い、眠り、また働く人が。
俺はギルドの建物を見上げた。
獣の頭を象った紋章。
扉の前には、武器を持った人間が出入りしている。
ここに来れば、人生が変わる――そんな顔をして。
俺は、扉を押した。
⸻
内部は酒場に近かった。
依頼の紙が掲示板に並び、机では冒険者たちが情報を交換している。
受付には女性が一人。
髪を束ね、仕事の顔をしていた。
俺が近づくと、彼女は慣れた声で言った。
「登録ですか? 初回登録なら、身分証とジョブ証明を」
……ジョブ証明。
そうだ。
ここでは誰もが、ジョブを持っている。
俺は喉を鳴らし、額を指差した。
「……ない」
受付嬢の視線が俺の額に落ち、次に俺の顔へ戻る。
眉がほんの少しだけ上がった。
「……え?」
「ジョブが、ない」
受付嬢は、笑っていいのか判断に迷ったみたいに口元を引きつらせた。
そして、業務用の愛想で取り繕う。
「ええと……“未覚醒”の方は、神殿で――」
「五歳でやった。結果は、空白だ」
空気が少し変わる。
近くの冒険者が、ちらりとこっちを見た。
好奇心と、軽蔑と、警戒が混ざった視線。
受付嬢は声を落とした。
「……神官に、紹介状は?」
「ない」
「……少々お待ちを。担当を呼びます」
彼女は奥へ引っ込み、すぐに年配の男を連れて戻ってきた。
ギルドの制服、肩の飾り。偉い人間だと分かる。
男は俺を上から下まで見て、言った。
「ジョブなしが登録を?」
俺は頷いた。
「魔物を倒せるなら、冒険者になれるだろ」
男の目が細くなった。
「倒せる? ジョブもないのに?」
俺は答えず、剣の柄に手を置いた。
ここで言葉にしたら終わる。
“俺だけジョブチェンジできる”なんて。
男は、鼻で笑うような息を吐いた。
「……試験だ。簡単な模擬戦をやる」
⸻
裏庭の訓練場に連れて行かれた。
木剣を持った若い冒険者が相手に立つ。
周囲には見物が集まり、ざわざわと声が広がる。
「ジョブなしが、試験?」
「怪しいな」
「何かの呪いか?」
俺は木剣を受け取った。軽い。
だが手に馴染む感覚はある。
合図が鳴る。
相手が踏み込む。
速い。村の狩人よりずっと。
――このままだと、負ける。
その瞬間、視界に選択肢が浮かんだ。
▼ジョブ変更
・剣士
・斥候
・魔法使い
俺は息を殺し、斥候を選ぶ。
世界が、静かになる。
足が軽い。
相手の重心が読める。
次に来る一撃が、なぜか分かる。
俺は半歩だけずらし、相手の腕を弾き、木剣を首元に当てた。
一瞬で終わった。
訓練場が、しんと静まる。
相手の冒険者が目を丸くし、見物が言葉を失う。
――やった。
そう思った瞬間だった。
⸻
男の顔色が変わった。
「……今、何をした」
俺は黙る。
男は、受付嬢に低い声で命じた。
「記録石を」
受付嬢が持ってきたのは、透明な水晶の板だった。
それに手を当てれば、ジョブと適性が刻まれる――と聞いたことがある。
男が俺に突きつける。
「手を置け」
拒めば怪しまれる。
置けば、もっと怪しまれる。
俺は、ゆっくりと手を置いた。
水晶が、淡く光る。
……だが、文字が出ない。
代わりに、ひび割れるような黒い線が走った。
パキ、と嫌な音。
水晶の表面に、蜘蛛の巣状の亀裂が広がり――
光が、ぷつりと途切れた。
誰かが息を呑む音がした。
受付嬢が青ざめ、男が一歩後ずさる。
「……未定義」
男の口が、ようやくその単語を吐く。
次の瞬間、彼ははっきり言った。
「登録はできない」
俺は食い下がった。
「倒せるって見せただろ」
「だからだ」
男の目は、怯えと怒りが混ざっていた。
「ジョブがないのに、適性がある。
記録石が壊れる。
そんなものを登録できるわけがない」
周囲の視線が変わる。
好奇心ではない。
“危険”を見る目だ。
男は、さらに声を低くした。
「……神殿へ行け。ここにいていい存在じゃない」
神殿。
つまり――神の領域。
俺の背中を、冷たい汗が伝った。
⸻
ギルドを出るとき、受付嬢が小さく言った。
「……逃げた方がいい」
「え?」
彼女は周囲を気にしながら、口だけ動かした。
「今、伝令を飛ばしました。
“未定義”が現れたって」
俺は足を止めた。
「……誰に」
受付嬢は答えなかった。
答えなくても分かった。
神殿。
王国。
あるいは、その両方。
俺は町の喧騒の中で、初めて理解する。
――昨日、村で魔物を倒したことは、始まりですらない。
世界が俺に気づいた。
そして、気づいた世界は、きっと俺を放っておかない。
視界の端に、冷たく文字が浮かぶ。
【警告】
監視フラグ:ON
冗談みたいな言葉。
けれど俺は、笑えなかった。
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俺だけジョブチェンジできる“理由”が世界の禁忌 SeptArc @SeptArc
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