車を走らせてから暫くして、煙草を吸いたくてコンビニに立ち寄った。煌々とする光を背に、煙草をくわえたままに。ヤドカリはコンビニに興味がないと言ってはいたが、手土産に温かい唐揚げを用意していた。おれも小腹が空いたからだ。


 車内と車外、ヤドカリと目が合った。ウィーンと下がったガラスから、ヤドカリが頭を出した。


「なに?」

「腹空いたろ?」


 ヤドカリに唐揚げとコーンポタージュを押し付け、おれは背を向け車に凭れる。煙草を肺に入れると、乾燥と冷たさと、辛さで肺が痺れた。一息、空へ。


「なんか優しいじゃん」


 目を向ければ、温かい車内からヤドカリは身を乗り出していた。片手にある唐揚げに爪楊枝を刺して、頬張る姿は少し見慣れない。思えば、サヤ以外とこうした年齢の誰かに顔を合わせる機会はなかった。もの珍しく見てれば、ヤドカリは中途半端に開けたガラスを軋ませ、上体をもっと迫り出した。


「いる?」

「いや、ある」

「あっそう」


 右手、隠れていた唐揚げを示す。コーヒーでも、とも考えて、小腹が勝ったからだ。寒さに震え、ヤドカリは熱々の唐揚げをまた齧る。そうして、歯型の残った唐揚げを容器にそっと戻した。


「うちさ、家出中なんだよね」

「だろうな」


 おれが吹かす煙草の煙を目で追って、鋏む爪楊枝をくるくる回す。


「え、興味ない?」

「まあ、ないな」

「じゃ、きいてて」


 おれは肩をやや上げる。ヤドカリは唐揚げに爪楊枝を刺し、ついっと掲げた。


「ママが再婚するの」

「めでたいな」

「うん、そう」


 唐揚げを齧れば、肉汁で唇が濡れた。コンビニの光に照らされ、てかてかする唇がきゅっと固まって、少しすると緩く解けた。白い息を置くと、ヤドカリはおれを見るでもなく。


「パパがさ、遠くにいっちゃう気がするの」


 今一、分からん話をされた。おれは続きを待つように、煙草を一旦離して唐揚げを放り込む。じゃりっとした感触は、唇にあった鉄粉だろうか。胃に押し込んで、煙草を口に。


「反対したいのか?」

「ううん」


 ヤドカリは静電気で上がる金の触角を揺らした。


「ママには、幸せになってほしい。パパも、そうだと思う」


 判然としない話だ。ママやパパ、再婚、賛同に反対。なんとも言えん核の掴めない話。若い子とは本来はこうなんだろう。順序とか、整理とか、共有する知識範囲をあんまり考えられない生き物。


「でもさ、パパがいなくなるみたいで……ママから、いなくなるから」

「そうか」

「どうしたらいいのかな……」


 仕様書のないヤドカリに、おれは唐揚げを食べて誤魔化し、燻る煙草を親指で揉み消した。

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