第2話 大人の財力




「―――鎮静化完了。 乱れたシーツの修復、及び全身の洗浄を行いました。 ご安心ください、御主人様。 あなたの尊厳は私の手によって守られました」


 おっさんは虚ろな目で天井を見上げていた。  

 視界の端には割烹着姿の美少女型番c78-19797+2が、甲斐甲斐しくシーツを撫でている。

 彼女の手が触れたそばから、汚れも臭いも屈辱の痕跡も、まるで何も無かったかのように消えていく。 ほとんど新品を買った時と変わらなかった。  

 超科学による完璧な介護というものか。  


 だが、おっさんの心に開いた穴は、ナノマシンでも修復不可能だ。


「……夢じゃ、ないんだな」

「昨晩の全てがログとして保存してあります。 再生しますか?」

「やめろ、頭がおかしくなる」


 おっさんは顔を覆った。  

 記憶が鮮明に蘇る。  

 奥多摩湖の上空の冷たい夜風。

 フリフリのスカート。 手にはカチカチに凍った巨大なマグロ。  

 そして、自分が口にした台詞。


「悪しき怨念よ! このコンデンスミルクが、甘~い裁きを下してあげるんだからぁっ♡」


 裏返った高い声が頭に残っている。

 自分の意思とは無関係に、脳内にプリセットされた10歳の頃の俺が考えた最強に可愛い決め台詞と当時は思っていた物が口をついて出た瞬間の絶望感。

 まさしく自分の願いを完全に答えてくれたわけである。 顔から火が出るとはこの事か。

 40歳を越えて恥は人を殺せるのだと学べたおっさんである。ハナクソすぎる。


「殺せ……いっそ殺してくれ……」

「御主人様の自殺願望を検知。 精神安定処置として、セロトニンとドーパミンの分泌を促進します」

「薬漬けにすんじゃねぇっ!」


 おっさんは叫びながら立ち上がった。 

 体は中年男性のものに戻っている。

 だが30代を過ぎてから襲ってくる身体の重みはまるでなかった。

 節々は痛くないし、むしろ昨日の大立ち回りのせいかあるいはこの宇宙人のメンテナンスのおかげか、二十代の頃より体が軽いかもと錯覚するくらいだ。  


 それが余計に腹立たしい。

 なんてったって身体が動く。 とんでもなく快適だ。

 健康。

 そこだけで見れば神と言える。


 くそっ、と悪態をついてとりあえず、現実逃避のためにテレビをつけた。  

 2031年の最新のテレビ、ネットと繋がった壁一面ディスプレイ型が主流になりつつある。 

 スイッチを入れた瞬間、おっさんの目に飛び込んできたのはニュース番組の特大見出しだった。


『奥多摩湖に未確認飛行物体出現! 迎撃したのは……冷凍マグロ!?』


「うわあああああああああああああああ!!」


 おっさんはリモコンを投げつけようとして、自分の家のテレビが最新版の高価なことを思い出して踏みとどまった。  

 画面には、ブレブレの映像が流れている。  夜空を舞う、白い光。

 そして、どう見てもスーパーの鮮魚コーナーから持ってきたようなマグロをバットのように構え、謎の円盤を殴打する白いフリフリの少女。


『目撃者の証言によりますと、少女は コンデンスミルク と名乗ったとのことです! ネット上では既にマグロちゃん・魔法少女・令和日本の最終兵器などのハッシュタグがトレンド入りしており……』

「うおおおおああああっ……があああっあぁぁぁぁっっ!」

『私の解析では、御主人様の所作には、中年男性特有のガニ股や、ドスを利かせた掛け声が含まれていました。隠蔽率は60%程度かと』

「ふざけるなよボケがッ! 当たり前の指摘をするんじゃねぇよ!」


 おっさんは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。  

 カレンダーが目に入る。

 あ?会社。そうだ、今日は平日だ。  

 休むか? 

 いや、無断欠勤など真面目なことが取り柄な俺としてはできない。  

 しかし、外に出ればマグロちゃんの話題で持ちきりだろう。

 もし正体がバレたら?  ああ、社会的な死だ。


「……おい、宇宙人」

「はい、型番c78-19797+2です。愛称をつけてくださると喜びます」

「今はいい……俺が変身? 変態? したことは、誰にもバレてないだろうな」

「ご安心ください。 変身時の光学的迷彩と認識阻害により、御主人様個人と魔法少女コンデンスミルクの紐付けは完全に遮断されています……が」

「が?」

「変身の際、初期装備として出現する冷凍マグロ大間産ですが、こちらの代金が御主人様の銀行口座から自動引き落としされました」

「はァ?」


 おっさんの思考が停止した。慌てて決済をスマホで確認すれば、消費税込みで6万円を越えている。

 下の方に表示されてた今月の決済欄もちゃんと6万円増えていた。


『変身プロセスの一環として、近海から最高品質の個体を瞬間転送・急速冷凍・装備化するお取り寄せ機能が実装されています。 代金は市場価格(時価)で即時決済されます』

「勝手に人の金で買い物してんじゃねえーーーーっ!!」


 おっさんは絶叫した。  変身するたびに約6万?  

 自分で食べるならともかく、振り回すだけで終わったマグロが6万円?


 戦えば戦うほど、敵ではなく俺の貯金が死ぬってこと?


『しかし、コンデンスミルクの設定及び変身時に主武器装着を完全に再現するには、支払う必要があります』

「昔の俺を殺したい」

『それとマグロのDNA情報は、近所のスーパーライフで昨日特売だった本マグロと一致していますので、そこから辿られれば正体が判明する可能性はありますね』

「足がつくとしたらそこかよ!!」


 おっさんは落ち着けたはずの腰を浮かして、再び立ち上がった。


 いったん、金の事は後回しだ。

 とにかく今は日常に戻るしかない。なんてったって会社に行く時間だからだ。

 この悪夢のような出来事を、ただの悪い夢として脇に置いて処理するのだ。

 タイムカードを押すことで仕事に集中し、意識下から追い出すしかない。


「いいか、お前……俺は仕事に行く。 お前はここで留守番だ。 絶対に、絶対についてくるなよ」

「御主人様の安全確保が最優先事項です。 随伴します」

「来るなっつってんだよ! その割烹着で外歩かれて後ろに付き纏われたら俺が不審者だろ!」

「承知しました。 では、同期して随伴します」


 言うが早いか、少女の姿が空気中に溶けた。  

 いや、いる。

 気配はバリバリする。 おっさんの中に、ぴったりと張り付いている何かを感じる。

 胃もたれしそう。


「……はぁ」


 おっさんは深いため息をつき、スーツの上着を羽織った。  

 玄関を出ていつもの朝の光景が広がっていた。

 小さな公園を横切って、自動販売機が角に並ぶ小さな商店のある交差点を曲がり、線路沿いを歩く……いつもの通勤路。  

 すれ違う学生たちが、スマホを見ながらゲラゲラ笑っていた。


「マジすごくね? マグロだぜマグロ!」

「なんか奥多摩湖の岸にマグロ落ちてたらしいね」

「奥多摩の水半分蒸発したらしいよ、ヤバすぎ」

「魔法少女ってか、動きがヨレヨレのおっさんじゃね? ここなんかバランス崩してる感じじゃん」


 耳を塞ぎたい。  

 おっさんは縮こまるようにして駅へと向かった。  

 幸い誰もこの疲れたサラリーマンが、昨夜マグロを振り回して未確認飛行物体を撃墜した張本人だとは気づいていない。


 電車に揺られ、会社につくと何時ものルーチン通りデスクに座り、パソコンを起動する。  

 会社の前の自販機で買ったコーヒーを胃に流し込むと、普段の行いを崩していないせいか少しばかり精神が落ち着いてきた。

 部長がやってきて、嫌味たらしく書類を置いていく。


「おい、メール見ただろ。 昨日のミス、今日中に修正しておけよ」

「あ、部長、おはようございます……すみません、直しておきます」


 ああ、これだ。この平穏……ストレスフルなだけの日常。  

 俺にはこれがお似合いなんだ。  

 宇宙だの魔法だのマグロだの、そんなものは俺の人生には必要ない。


 そう思って、キーボードに手を置いた、その時だった。


『警告。 敵性存在の接近を探知』


 脳内に直接、あの無機質な声が響いた。


「敵だぁ?」

『座標、本ビル上空300メートル。質量、推定20トン。疑似カテゴリー、タコ』

「なんだそりゃ? ここ千代田区だぞ!? 冗談だろ!?」

『御主人様、変身の準備を。コンデンスミルク、出撃です』


 バリン!!


 おっさんが反論する間もなく、オフィスの窓ガラスが外側からの衝撃で粉々に砕け散った。  

 悲鳴が上がるオフィス。窓の外に浮かんでいたのは、巨大なタコの足だった。

 ただし、足の先が全てレーザー砲になっているようで、あちらこちらに謎の怪光線を放っている宇宙タコだ。


「ひ、ひいいいい!」

「なんだあれは!?」

「怪獣だ! 警、警察! 警察を呼べ!」


 パニックになる社内を尻目におっさんはデスクの下に潜り込んだ。  

 頼む、自衛隊、あるいは警察、なんでもいいから来てくれ。 俺はただの事務職兼営業なんだ。

 喧噪を聴きながら、蹲って震えるおっさん。

 知らず歯がガチガチと音を立てる。


『御主人様、今こそ人類を守る時です。 コンデンスミルクなら勝てます!』

「ざけんな! 絶対に嫌だ! ここで変身したら、社会的に死ぬ! 俺の人生が終わる!」

『ですが、このままでは同僚の皆様が蒸発します』

「いや何人か蒸発した方がマシな奴が……ちくしょっ……!」


 タコの足先が光る。

 狙いはおっさんのいるフロア。  

 部長が腰を抜かしている。入社したばかりの女が頭を抱えて震えている。

 おっさんは歯を食いしばって歯噛みした。正義感? いや、違う。  

 ここで死ぬのが怖いだけだ。

 あるいは、誰かが死ぬ寝覚めの悪さを背負いたくないだけだ。

 それに、なんだかんだ言ってコンデンスミルクの時に沸いた昨日の全能感が、体の奥底で燻っているのも事実だった。


「……変身はここで出来るのか?」

『はい。トイレまで行けば100%、他人はご主人様を認識できません』

「……場所は?」

『転送機能により一瞬で屋上へ移動、変身シークエンスを実行します』


 おっさんはネクタイを緩めた。 覚悟を決めた男の顔。

 その覚悟は正義感からではない。 身の保身と金が消える心の準備である。

 これからなるのはフリフリの魔法少女だ。


 ついでにグッバイ、6万円。


 四つん這いのまま逃げるように、トイレまで何とか駆け込んで―――


「……コンデンス、セットアップ!」

『了解。 マジカル・インストール!』


 一瞬の閃光。  

 事務員のおっさんの姿が消え、次の瞬間には千代田区の空にそれは現れた。

 

 純白のドレスに栗色のロングヘアー。 ふわっとした栗色のロングヘア―が赤のリボンでくるりと巻かれて結われてく。 最初に魔法繊維で作られた極上のエンジェルシルクの純白のパンツが急所を護る。

 全身純白の、ふりっふりのドレス。 胸下から腰にかけ黒い帯が巻かれて、オシャレなボンボンが足首手首に。 胸元にはどこから現れたのか、細いリボンとブローチが装着。  


 手にはやはりどこから調達したのか分からない、全長1mはある新鮮なカチカチの冷凍マグロ(大間産)


「……くそっ、これも6万円のマグロなんだよなぁ!!」

『時価ですので、多少の揺れはあります』

「高ぇのには違いねぇんだよ!」


 空中で叫ぶ少女の声は、可愛らしいソプラノボイスに自動変換され、都心に響き渡る。  眼下では、突然の魔法少女の登場で、人々がスマホを向けていた。

 魔法少女コンデンスミルク、二日連続の出勤である。


 ヤケクソになって振りかぶってぶつかった音がガチン!っと鳴る。

 冷凍部分が少しだけはじけ飛んだ。 マグロを叩きつけてみたが、まったく壊れない。


「くそっ、硬え! なんだこのタコ、分厚い鉄板かよ!」


 無数の触手を掻い潜って、ようやく頭を殴れたと思ったらこれだ。

 見た目は海に居るタコと変わらないのに、攻撃する時や防御する時だけ謎の機械音とともに、鋼鉄に変化するのだからたまらない。


 コンデンスミルクはマグロを抱え直し、なんで武器がマグロなんだよ、と改めて毒づいた。


「くそっ、拉致が明かないぞこれ!」


 千代田区上空。 魔法少女コンデンスミルクは、愛杖である冷凍マグロを宇宙怪獣の触手にとにかく叩きつけていた。

 ていうか、それしか出来る事無いんだよ。マグロだし。

 だが、相手はナマモノ宇宙人曰く、推定20トンの金属ぐらい硬い生命体。

 ただの冷凍マグロでは、打撃音がクソ重たそうな バゴンッ ! からベチャッアという解凍が進んだ生々しい音に変わりつつあるだけで、決定打に欠けていた。


『御主人様、打撃力が不足しています。必殺技の使用を推奨』


 脳内でタコより切実に消えて欲しい同期してるナマモノが冷静に告げる。  

 おっさんは必死に回避運動を取りながら、記憶の引き出しを開けた。  



       必殺技 『 ハ イ パ ー パ ン チ 』  



「あったな、そんなの。 よし、やるか! ……えっと、どうやるんだ?」

『補佐します。 マグロの尾びれ側をしっかりと保持し、切っ先の口部分を敵に向けてください』

「なに? こ、こうか?」


 慣れない手つきでマグロを抱える。

 身体が小さくなったせいでやりづらい。 本来の身体なら、ここまで手古摺らなかったのに。

 いや、このマグロかなり重たいから、おっさんのままだったら腰が逝くかもしれない。

 思わず戦闘中なのにマジマジと自分の手を見つめてしまうコンデンスミルク。


『それで大丈夫ですね。そして、マグロの脊髄ラインに合わせて、御主人様の右腕を分子振動させつつ、全力で突き入れます』

「は? ぶん……なに?」

『分子運動です。ご安心を、必殺技を叫ぶだけで自動的に振動します』

「ああ、そうなんだ……すごいね」



 おっさんが気の無い返事を返すと同時に、体が勝手に動きはじめた。  

 右拳を引く。

 狙うはマグロの尻尾。


「ちょ、まて、それどういう理屈――」

『これが必殺! ハイパー・パンチッ!です!』


「ハイパーパンチッッ!』


 おっさんの意思とは裏腹に、ナマモノ宇宙人の補佐なのだろう。

 少女の口が可愛らしく技名を叫び、補佐する奉仕種族の機械霊体の声も重なって聞こえた。  

 瞬間、右拳が冷凍マグロの尾びれからズブリと侵入した。 魚肉を、背骨を、内蔵を、超高速の拳が突き破って進む感触。 魔法なのに物理的感触が気持ち悪すぎないか?  


 ヌルリ、グチャ、バキバキバキッ!という、魔法にあるまじき破壊音が手元で炸裂し――


 けたたましい音と共に。

 マグロの口から、コンデンスミルクの拳が勢いよく飛び出した。  


 その衝撃波と運動エネルギーは、マグロという鞘から放たれる、抜き身の居合を思わせた。



 マグロの中で充填・発射される拳の初速は推定速度マッハ23。

 増幅され圧縮された空気砲が大気を切り裂いて、目の前の宇宙タコの眉間を直撃し粉砕した。 断熱圧縮によってプラズマ化してマグロが消え去った。

 轟音を置き去りにして宇宙タコの眉間へと突き刺さる。  ドゴォッ!! という着弾音よりも早く、タコの巨体が風船のように内側から弾け飛んだ。


「ギャオオオオオオン!」


 悲鳴を上げて吹き飛ぶタコ。  

 やったか!? とコンデンスミルクが安堵したのも束の間、右腕を見て凍りついた。

 そこには、ボロボロに弾け飛び、ミンチ状になって散布された元マグロの残骸だけが残っていた。 完全に融解していないのは、コンデンスミルクの魔法の効果である。  


 当然、増幅器としての役目……『鞘』に使われたマグロは木っ端微塵だ。


「……これ、一回こっきりなのかよ」


 おっさんは青ざめた。 視線の先で、ビルに叩きつけられ吹き飛んでいたタコが起き上がる。 まだ生きている。


 俺の6万円……


 しかも、怒っているであろう証拠なのか赤く発光し始めている。  

 さらに悪いことに足の間の裂け目から、増援と思わしき小型のイカ型の変な小型機がわらわらと湧き出してきた。

 タコからイカって。怒ったからイカか? あほか、俺は。


「おい、武器! 武器ないぞ!」

『ハイパーパンチはマグロの命を空気の弾丸に変える不可逆の生体兵器を使用した破壊攻撃です。 再使用には、新たな媒体である冷凍マグロが必要です』

「なんでそんな燃費の悪い設定にしたんだよ昔の俺ェェェ! っていうか最初変身した時は持ってたじゃねぇか!」

『あれは変身ボーナスで冷凍マグロ一本初期追加という設定に沿っています。大間産で自動引き落としになります。なお、変身一回につき必ずマグロボーナスは受け取ることになります』

「クソが! ガキの考えることはこれだから! 旨いけどな、大間産!」


 素手で戦うか? 


 いや、ゴリラの握力があるとはいえ、相手はビームを撃ってくる金属タコ。

 スマホ持ってコンデンスミルクを激写してた若者がタコの足に吹っ飛ばされてる。

 ざまぁと……喜んでも居られない、死んでたら流石に居心地が悪い。


 リーチが欲しい。  コンデンスミルクは空中でキョロキョロと周囲を見回した。


「調達だ! どこかにマグロはねえか!」

『検索中……。 現在地から南へ300メートル。 高級スーパー成城石井・千代田店にて、鮮魚コーナーに在庫を確認。 経路を誘導します』

「よし! 行くぞ!」


 コンデンスミルクは空中で身をひるがえすと、音速に近い速度で急降下を開始した。  

 これは戦場離脱ではない。戦略的再装填、つまり一時的撤退である。




 2031年のスーパーマーケットも、その営みは大きく変わっていない。  

 自動レジが普及していても、品出しや案内は人間が行っていた。  

 そんな平穏な店内に、自動ドアを蹴破らんばかりの勢いで純白ドレスのひらひらフリルの魔法少女コンデンスミルクは飛び込んできた。


「いらっしゃいませー……ひっ!?」


 店員の若い男性が悲鳴を上げる。

 無理もない。 どこのコスプレ会場から来たのかという全身ドレスを着た美少女が、マグロの血肉を腕にこびりつかせたまま血走った目で駆け込んできたのだ。

 それなりに必死であるコンデンスミルクは、元が美少女であることも相まって形相も凄い事になっており、とても怖いと言えるだろう。

 しかも口も悪い。


「マグロ! マグロはどこだ!!」

「え、あ、あちらの鮮魚コーナーに……」

「こっちか! あるだけ全部だ! 急げ!」


 コンデンスミルクは鮮魚コーナーに猛ダッシュ。

 スライディングするように低い態勢で急停止。  

 あった。

 特設コーナー本日の目玉・一本買い。

 冷凍されたカチカチのマグロが、氷の上に鎮座している。一本、二本……四本もある。


「よし、これだけあればいけるか?!」

『御主人様、敵性反応接近。上空よりタコから射出されたイカ型怪異が降下、市民が4名被害に合っているようです』

「急がねぇと! 店員さん! これ全部!」


 20kgはある冷凍マグロを、軽々と小脇に4本抱えた。計87kg。

 魔法少女の筋力(ゴリラ)があれば発泡スチロールのような軽さだ。 その姿に、周囲の主婦たちが口をあんぐりと開けている。


「行くぞっ!」

「お、お客さま、あの、お支払いは……」

「あーっ! くそっ、そうだった!」


 おっさんはスカートのポケットをごそごそと探った。 慣れないスカートで探すのも一苦労である。意外と着心地は悪くないけど。

 変身しても、中身はおっさん。財布はサラリーマンのおっさんである革財布がそのまま転送されている。

 この緊急事態に万引きをして、後で警察沙汰になるのだけは避けたかった。 そもそもそこからコンデンスミルクの正体がバレたら洒落にならん(社会的な意味で)

 おっさんの小市民としての理性が、万引きを許さなかった。


「カードで! 一括で!」


 ビシッ!とクレジットカードをレジの店員に突き出す。


「あ、はい……えっと、ポイントカードはお持ちですか?」

「ねえよ! 作ってる暇もねえ!」

「しょうしょうお待ちください、今、読み込みますので……」

「早くしろよっ! あれ見えるだろうがっ! 肝座りすぎだろ、君!」


 レジのピピッという音が、焦るおっさんの心臓を刻む。

 ガラスの外には、鉄製のイカ型みたいな、ドローンと勘違いしそうな怪異の影が迫っていた。


「えっと……お会計、締めて28万8千円になります」

「高っっっか!! 物価上昇ふざけんな!」


 涙目になりながら暗証番号を入力する魔法少女コンデンスミルク。

 今月の稼ぎが消し飛んだ。財布に隙間風が吹くが、これでようやく戦える。

 あ?なんで戦ってるんだ俺は?

 今更な疑問が浮かんでくるが、首をブルブル振って雑念を振り払う。


「レシートは!?」

「いらねぇっっ!!」


 ヤケクソの決済完了の音と共に、コンデンスミルクは4本のマグロを抱えて店を飛び出した。  


「おのれ宇宙人! 俺の28万、返してもらうぞ! うおぉぉぉ、くそがぁ、28万かよ!」


 殺意の波動とローン支払いへの恐怖を纏い、魔法少女は再び空へと舞い上がった。  

 その両腕に抱えているのは、鈍く輝く4本の冷凍マグロ。  

 それはもはや食材ではない。

 一発5万円越えの高級ミサイル。


 上空のタコに向かって、コンデンスミルクは吼える。


「見せてやるぜ……! これがガキにゃあ出来ねえ大人の財力の力だあああああ!!」



  「ハイパーパンチ!」    

「ハイパーパンチ!」  「ハイパーパンチ!」

         「ハイパーパンチ!」


 

 令和の東京の空に、マグロ4本の肉片が華麗に雪のように舞い散ったという。



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2026年1月19日 19:05
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マグロ魔法を振りまき奉仕により変態したおじさん(無敵)~chu♡魔法少女コンデンスミルク♡~ ジャミゴンズ @samurai-kinpo333

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