第3話 テト
4024年。僕が生まれたのは4013年10月10日。母親は居ない。というかほとんどの子供は人口器具から生まれている。自然妊娠の子もなかには居る。でもとても少数だ。
何かのスポーツに特化するためとか、何かの研究に特化するためとか、優劣な遺伝子のかけあわせを繰り返して、人間が生まれるようになって久しい。スポーツクラスに行けば女子も男子も身長が2メートルを超えるのは普通だし、研究クラスになれば150センチとか低身長の奴が多いと思う。
クラス分けは小学校を終えることを細分化されその能力を高める学習がプログラムされている。遺伝子操作だけでは社会常識は身に付かない。だから学校でそれを学ぶ。
大昔は6・3・3が普通だったみたいだけど、目的別のクラスでは5・4・3とか5・5・2とかいろいろ試されている。犯罪はほとんどない。倫理観の弱い遺伝子は淘汰されて残っていない。というか、犯罪をする必要がないのだ。
住むところも食べるものも着るものもほとんどが均一。生きているだけでそれをまかなうだけの必要な金銭は国から支給される。欲というものが管理され、それに反して犯罪を犯せばその遺伝子はその後残らない。犯罪を犯す前に自然妊娠でもしていなければ、その遺伝子がこの世に残ることはないなのだ。
妊娠出産が完全人工化された今、女性の活躍を、なんて昔の標語は過去の遺物だ。むしろ力でしか女に圧倒できない男の役割が危うくなっている。女性は生殖機能としての母性がある。そこから生まれる創造力は男には分かりにくい。力なら男なんかより機械の方がずっと強い。ある種の天才を除いて男の活躍の機会なんてほとんどなくなってしまった。
効率の面なら人工知能に任せればいい。人工知能が人工知能を治療し、よりよい人工知能を作る。だがそこに感情はない。設定された倫理観を条件としてもやはりそこに感情はない。
僕のクラスは、人間の持つ感情を研究するクラスだ。つまりは何も生み出さなくていいし、結果として何も期待されていない。このクラスを卒業した人が迎えるのはただの生活だ。
健康寿命は延びたけれども、尊厳死の選択肢もでき、一定の条件を満たせば自分で自分の終わりを決めることができる。過度な欲自体もなければ、生への執着も薄れるものらしい。尊厳死を選択する人はかなり多い。
僕はムツキが好きだった。何がといわれると別に何があるわけでもないけど、ムツキと一緒に居る時間が好きだし、ムツキの考え方も好きだし、ムツキの存在自体が僕の救いだった。
ムツキはよく僕に言った。 「満足な豚であるよりも、不満足な人間であるほうがいい。」
昔の哲学者の言葉で、ジョン・スチュアート・ミルという人の言葉だった。大昔、家内制手工業から工場へと、ものつくりの形が自分たちの手から離れ、最大多数の最大幸福と人間の幸福を数値で置き換え多くの人が数値的に満足をすればそれでいいだろう。そういう考え方が出た時に、ミルは、考えることができる人間の能力を放棄することを嫌って出た言葉らしい。
ムツキにとって今の大多数の人は満足な豚に思えるらしい。満足な豚ではなく、不満足な人間であるために、ムツキは常に勉強していた。遺伝子で想定される結果を上回る創造性を結果として示し、感情を評価されるクラスから出ることを望み、研究クラスに移行できるように最大限の努力をしていた。
でも僕は、ムツキに何も与えられなかったのかもしれない。人間同士の心の交流から生まれる何かの化学反応を、刺激を、僕はムツキに激を与えることができると思っていた。
男女交際のいくすえは自然妊娠だ。僕とムツキの遺伝子のかけあわせでどんな子孫を残すことができるか。それを調査することはとても簡単だし、ムツキがムツキの成長の歩みを止めて、自然妊娠に向かい合う期間を掛ける必要性があるか、ムツキにとってはとても重要な事なのだ。僕とムツキはお互いの好意を確認した後、当たり前のようにすぐにその調査をした。
結果は芳しくないものだった。
自然妊娠だけが男女交際の目的ではない。反映この結果はムツキにとって歓迎すべきものではない。好意以上の何かがなければ、ムツキは僕と時間を過ごすメリットはない。16歳までに何かしらの結果を残さなければ、今の世の中で何かを創造する職に就くことは難しい。若年時が一番能力が伸びると研究結果が出ているのだ。人生の中の一番大事なこの時期に、ムツキにとって僕と過ごす時間は意味のないものになった。僕はムツキにとってただの「満足な豚」になってしまったのだ。
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