Phase2:産声
手の傷に違和感を覚える。
治りが遅いのだ。
傷は塞がっている。
だが、腫れが引かない。
ひとつきは経とうとしていたが、むしろ肥大した気もする。
ときには脈打つように激しい熱が立ち込めて一抹の不安を覚える。
内側からなにか叩かれているような感覚だった。
最初は加齢による治癒力の低下だと思った。
思いたかった。
病院にもいこうか考えたものだが、原因を伝えるのが少々恥ずかしい。
ばい菌の原因などもし聞かれてしまったら私は間違いなく嘘をつくだろう。
そもそもの原因が不安の種なわけであった尻込みしていた。
なるべく傷を意識しないように日常を過ごすのであったが、
忘れたころにズキズキと痛む。
まるで私にかまってと言わんばかりであった。
◇
傷ができてふたつきがたちそうなころであった。
一方に腫れは引かず、むしろ肥大をし続け今では、赤子の拳程度の大きさにまで膨れ上がった。
さすがに病院に診てもらおうと思ったのだが、不思議なもので、
決意が強まるほど怖くなった。
くだらない理由で笑われてしまう。
そんなふうに思っていたが、より明確に実際に病院にいったかのように今では想像できる。
理解されないことが怖いのだ。
毎晩、よなよな慰める寂しい中年。
たまったものではない。
怒りではない。
もっと純粋な感情だ。
この人と私は本当に同じ種なのか?
おおよそ同じ形、二足歩行。
そして同じ言語を話すなにか。
こんなにも条件が揃っているのに理解されないことは不気味でしょうがなかった。
そんなことを考えながら今日も眠れない夜を過ごす。
◇
「うっ!!」
ある深夜、激しい激痛に目を覚ます。
手の傷が突如蠢いた。
鈍い痛みが押し寄せてくる。
内側からなにかに押される感覚がする。
呼吸もできないほどの痛みに気を失いそうになる。
痛みには波があり、痛みが弱いうちに酸素をありったけ吸った。
痛みに耐えながら数時間が経とうとした。
だが、一向に和らぐことはなく、徐々に痛みは激しさをましていった。
「すぅーーはぁーーすぅーーはぁーー」
息をするのがやっとだった。
痛みはピークに達し頭の中は真っ白になった。
今にも傷口が裂けて手のひらが真っ二つになりそうだった。
すると急に痛みが引くのだった。
「おぎゃーーおぎゃーー」
赤子の鳴き声のようなものが聞こえた気がしたが、
あまりもの痛みが去ったことへの安心感に身を委ね、意識は遠いどこかに飛んでいってしまった。
◇
目が覚めると朝だった。
習慣とは恐ろしいものであんなことがあったのにいつも通りの時間に無意識起きてしまう。
私は手を見ることができなかった。
今では痛みも違和感も何もなかった。
それがあえて私を不安の底に突き落とすのだ。
今までのことが夢であったかのように何も感じない。
私は小刻みに震える。
左手は硬直したままだった。
やっと決心ができた。
恐る、恐ると手の甲を背に頭上へゆっくりと掲げる。
不思議と呼吸が深くなる。
私は落ち着きを取り戻し、次は左手を開いたり閉じたりしてみる。
やはり、違和感はなかった。
そしていよいよ傷口を確認する覚悟ができた。
また一段とゆっくり。
少し手のひらをめくては、素早く裏返す。
そんなことを二、三回繰り返すのだ。
息を吸う。
そして勢いよく吐くと同時に裏返した。
息を吸えなかった。
手のひらには胎児、赤子のような大きな異物があった。
私は錯乱し、思わず左手をどこか遠くへ投げ捨てようとした。
もちろん、左手は私と繋がっていてそんなことはできない。
だが、もう私の手ではなかった気がしたのだ。
それでもなぜか、目を逸らしながらも、無意識にその“手”を抱え込むように胸元へ引き寄せていた。
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