第二章 迷宮入りの予感


翌日、神崎は施設内を徹底的に調査した。


監視カメラの映像を何度も確認した。白石が午後七時〇二分にドームを出て、七時二十分に戻った。その間、一階の廊下を歩き、トイレに入り、そして戻ってきた。


死亡推定時刻の午後七時十五分から二十五分、白石はトイレにいたはずだ。


「アリバイは完璧です」警部が言った。「白石は犯人ではない」


だが、神崎は納得できなかった。


「動機があります。三年前の特許の件。桐谷館長は白石さんの研究成果を盗んだ」


神崎は白石の過去を徹底的に調べていた。妻との離婚。娘との別離。全ては桐谷のせいだった。


「動機は十分です。しかし、アリバイがある」


神崎は苦悩した。この事件は迷宮入りしてしまうのか。


その日の午後、神崎は再び現場のドームを訪れた。一人で座席に座り、天井を見上げた。


星々が映し出される投影機。複雑な機械システム。


「何か見落としている」


神崎は桐谷が座っていた座席に近づいた。特等席。最前列中央。


座席を詳しく調べた。背もたれ、座面、アームレスト。しかし、何も異常は見つからない。


「凶器はどこだ?」


神崎は床を調べた。座席の下、通路、ドームの隅。しかし、何もない。


その時、技師の遠藤健が現れた。


「探偵さん、何をお探しですか?」


「凶器です。ピアノ線か何か」


「この施設にピアノ線なんてありませんよ」遠藤は首を振った。「あるとすれば、プラネタリウムの機械部品くらいですが、あれは全て管理されています」


「機械部品?」


「ええ、投影機を吊るすワイヤーとか、座席の調整機構とか」


神崎の目が光った。


「座席の調整機構?」


「はい、座席の角度を調整するための内部機構です。でも、館長の座席は固定式なので、調整機構はありません」


「確認できますか?」


「もちろん」


遠藤は工具箱を持ってきて、桐谷の座席を調べ始めた。背もたれのカバーを外し、内部を確認する。


「やはり、何もありませんね。固定式ですから」


神崎は失望した。また行き詰まりだ。


「他の座席はどうですか?」


「他の座席には調整機構がありますよ。見てみますか?」


遠藤は隣の座席のカバーを外した。内部には、確かに小さなモーターと金属製のアームが見えた。


「これで背もたれの角度を調整します」


神崎は何かに気づいた。


「待ってください。この機構、遠隔操作できますか?」


「いえ、手動です。座席の横にあるレバーで操作します」


「でも、理論的には遠隔操作も可能ですよね?」


「まあ、モーターを電子制御すれば可能でしょうが、そんなことをする意味が」


遠藤は言葉を止めた。神崎と目が合った。


「まさか」


「確認しましょう」


二人は再び桐谷の座席を詳しく調べた。今度は、内部を完全に分解した。


そして、見つけた。


背もたれの奥深く、隠すように設置された小型のモーターと、極細のピアノ線。そして、無線受信機。


「これは...」遠藤は息を呑んだ。「誰かが仕掛けたんだ」


神崎は慎重にピアノ線を取り出した。長さは約五十センチ。先端には小さなループがあり、自動的に首に巻きつくように設計されている。


「遠隔操作式の絞殺装置」神崎は呟いた。「これなら、犯人は現場にいる必要がない」


「でも、誰が」


「操作した時刻を特定できますか?」


遠藤は無線受信機を調べた。


「これには記録機能がありませんね。でも、バッテリーの残量から、最近使用されたことは確かです」


神崎は考え込んだ。


「犯人は、この装置を遠隔操作した。恐らく、上映中に」


「でも、誰が仕掛けたんですか?」


「座席の内部構造を知っている人物。そして、電子機器に詳しい人物」


遠藤の顔が青ざめた。


「私は違います!」


「分かっています」神崎は冷静に言った。「あなたには動機がない。それに、この装置は数週間前に設置されたものでしょう。最近、座席の点検をしましたか?」


「一ヶ月前に定期点検をしました」


「その時、この装置はありましたか?」


「いえ、気づきませんでした。でも、この位置なら、通常の点検では見つからないでしょう」


神崎は頷いた。


「つまり、犯人は定期点検の後、一ヶ月以内にこの装置を設置した」


「それができるのは」


「施設の鍵を持っている人物。そして、座席の構造を知っている人物」


神崎は白石を思い浮かべた。副館長として、施設の鍵を持っている。そして、技術的な知識も豊富だ。


「しかし、まだ証拠が足りない」


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