第一章 名探偵の登場


警察が到着したのは午後九時。そして、その三十分後に現れたのが、探偵・神崎透だった。


神崎透、三十五歳。私立探偵として数々の難事件を解決してきた男。痩身で鋭い目つき、いつも黒いコートを纏っている。警察からの依頼で、特に複雑な事件の解決を手伝うことがある。


「これは興味深い事件ですね」


現場を一瞥した神崎は、警部に向かって言った。


「密室殺人ですか?」


「その通り」警部が答えた。「上映中、ドームの出入口は施錠されていた。いや、正確には施錠はされていなかったが、出入りは監視カメラで記録されている。上映中に出たのは二人だけだ」


「二人?」


「副館長の白石誠と、事務主任の佐々木律子だ。白石は午後七時〇二分にドームを出て、七時二十分に戻った。佐々木は七時三十分に出て、七時四十分に戻っている」


神崎は監視カメラの映像を確認した。確かに、二人の出入りが記録されている。


「死亡推定時刻は?」


「午後七時十五分から二十五分の間」警部が答えた。「法医学者の見立てだ」


「つまり、白石さんがドームを出ていた時間帯ですね」


「そうだ。しかし、白石は一階のトイレにいたと証言している。トイレには監視カメラはないが、廊下のカメラには彼の姿が映っている」


神崎は七人を観察した。全員が動揺し、恐怖に震えている。


白石は内心で安堵していた。アリバイは完璧だ。自分が殺害時刻にドームにいなかったことは、監視カメラが証明している。


だが、神崎の次の質問が白石を緊張させた。


「死因は何ですか?」


「絞殺です」法医学者が答えた。「首に細い線状の痕がある。恐らく、ピアノ線のような細い金属線で絞められた」


「凶器は?」


「見つかっていません」


神崎は桐谷の遺体を詳しく観察した。首の痕は綺麗な水平線を描いている。まるで、後ろから静かに締め上げられたかのような。


「不思議ですね」神崎は呟いた。「通常、絞殺の場合、被害者は抵抗します。しかし、座席には争った形跡がない。まるで、眠ったまま殺されたような」


「毒物検査の結果はまだですが」法医学者が言った。「睡眠薬の可能性もあります」


白石は動揺を隠した。睡眠薬は予想通り検出されるだろう。だが、それが証拠になるだろうか?コーヒーを飲んだのは全員だ。


神崎は七人に質問を始めた。


「皆さん、上映中に何か変わったことはありましたか?音、動き、何でも結構です」


全員が首を横に振った。


「暗闇と音楽で、何も分かりませんでした」葉山美咲が言った。


「白石さん」神崎が白石に向き直った。「あなたは上映中に席を立ちましたね」


「ええ、お腹の調子が悪くて。トイレに行きました」


「何時頃ですか?」


「正確には覚えていませんが、上映開始から三十分くらい経った頃だと思います」


「トイレにはどのくらいいましたか?」


「十五分くらいでしょうか」


「十五分は長いですね」


「すみません、本当に調子が悪かったもので」


神崎は頷いたが、その目は疑いを含んでいた。


「佐々木さん、あなたも席を立ちましたね」


「はい」佐々木律子が答えた。「給湯室にお茶を取りに行きました。上映が長いので、喉が渇くかと思って」


「何時頃ですか?」


「七時半頃です。廊下で白石さんとすれ違いました」


神崎は現場を詳しく調べ始めた。座席、床、天井。しかし、手がかりは何も見つからない。


「凶器がない」神崎は呟いた。「犯人はどうやって凶器を処分したのか」


白石は内心で笑った。凶器など最初から存在しない。ピアノ線は座席の中だ。そして、数日後には座席を分解して、完全に処分する予定だ。


だが、神崎は別のことに気づいていた。


「おかしい」


「何がですか?」警部が尋ねた。


「死亡推定時刻です。午後七時十五分から二十五分。この時間帯、白石さんはトイレにいた。物理的に犯行は不可能です」


「では、白石は犯人ではない?」


「いえ、まだ決めつけられません」神崎は首を振った。「何か、見落としているものがある」


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