第1話『軽さの代償』③
柳『……は?』
自分の指が、自分のじゃないみたいだった。
タップ音が一回、二回。
画面が開く。
白い背景。
真ん中に、丸いアイコン。
天使の顔。
口元だけ笑ってる、可愛い顔。
そして、文字。
『今日もお疲れさまです♡』
柳『……』
スマホのスピーカーから、声は出ていない。
なのに――頭の中に直接、声が流れ込んできた。
“あなたの心を軽くします”
柳は息を止めた。
これ、音じゃない。
声でもない。
……じゃあ、なんなんだ。
柳はスマホを閉じようとした。
でも画面は消えない。
天使が、瞬きをした。
柳『消えろよ……』
天使の口が動く。
『心配しないでください♡』
柳『……心配してんのは、こっちだろ』
その瞬間、背後から肩を掴まれた。
霧島『やっと見つけた!』
柳『……っ』
柳は反射的に振り向いた。
霧島は息を切らしていた。
走ってきたのがわかる。
霧島『帰ろうとしてたでしょ。放課後、来てって言ったじゃん』
柳『……俺、行くって言ってねぇ』
霧島『でも来た。今ここにいる』
柳『たまたまだろ』
霧島『たまたまでもいい。今はそれでいい』
霧島は柳の手元を見て、目を細めた。
霧島『……それ、開いたの?』
柳『……勝手に開いた』
霧島『勝手に?』
柳『指が……勝手に』
霧島は一瞬だけ黙って、次にすぐ言った。
霧島『ミステリー研究部。今すぐ』
柳『……』
柳は断ろうとした。
なのに言葉が出ない。
霧島『薫、お願い。これ、普通じゃない』
“お願い”
その言い方が、妙に刺さった。
さっきは信じられなかったのに。
今は――少しだけ、信じたいと思ってしまった。
柳『……一回だけだぞ』
霧島『うん。十分』
霧島は笑った。
その笑い方は、いつもの霧島だった。
……と思った。
柳がそう思った瞬間。
スマホの天使が、画面の中で首を傾げた。
『良い選択です♡』
柳『……』
霧島『え、今なんか言った?』
柳『……いや』
霧島『薫?』
柳『行くぞ』
柳はスマホを握り直して、ポケットに突っ込んだ。
胸の奥が気持ち悪い。
吐き気じゃない。
寒気でもない。
もっと別の――嫌な感じ。
霧島『こっち。旧校舎の奥』
柳『旧校舎?』
霧島『そう。ミステリー研究部、そこ』
柳『……何それ。怪しすぎだろ』
霧島『怪しいからミステリーなんだよ』
柳『……』
霧島は軽く笑った。
でも柳は笑えなかった。
旧校舎の廊下は薄暗くて、窓の外の夕焼けだけが頼りだった。
足音が二人分、響く。
霧島『……ねぇ薫』
柳『なに』
霧島『さっきのこと。俺、本気で心配してるから』
柳『……』
霧島『信じられない?』
柳は少しだけ間を置いて言った。
柳『……信じたい』
霧島『……うん』
霧島の声が、少し震えた。
その震えは、本物に聞こえた。
でも、柳は安心できなかった。
信じたいと思った瞬間に、
もう負けてる気がした。
旧校舎の突き当たり。
錆びたプレートがぶら下がり風もないのに少し揺れている
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