マジックアワーの瞳たち

きほう

マジックアワーの瞳たち

 初めてSNSで万バズした。


 新宿で見上げた空の色。

 ラピスラズリを引き詰めた濃紺の空に、アメジストのような怪しさを含んだ紫のグラデーション。

 地上を包むピンクダイヤモンドの輝きが、高層ビルの隙間から滲み出し、街を覆う。

 スクリーンに映し出された、世界の終わりのような景色。

 私が生きた22年の中で、最も美しいマジックアワー。

 見惚れる間もなく、反射的にスマホのカメラを起動していた。

 ビルの隙間から空を見上げ、構図を決める。

 すかさず、画面を押した。

 パシャリ。

 鉄の小箱から軽い音が漏れる。画面の中に、一瞬の現実が保存された。

 ——きれいだな……

 画面に映された夕日にうっとりしながら、自然にXを起動した。そのまま投稿画面を開き、画像を選択する。加工はせず、ありのままの光景と、少しの言葉を添えてインターネットの海へ放った。

 そうするのが当たり前かのように、自然と。


 翌朝、スマホの振動で目が覚めた。

 画面には数えきれない通知が並んでいる。状況を理解できずに画面を眺めている間にも、次々と画面の上部に通知が届き続けた。

 戸惑いながら画面に触れると、音もなく画面が開いた。

 昨日投稿した夕日の写真に、1万件以上の<いいね>が付いている。コメントや引用も多数。

 指を滑らせてコメントに目をやると、一番上に『明らかに加工で草』と表示された。

 ——加工?

 身に覚えがない指摘に戸惑いながら、さらにコメントを辿る。


『エモい』

『彩度あげ過ぎ、無加工なわけないじゃん』

『綺麗すぎてゲームかと思った。こんな空は現実じゃありえないですよね』


 コメント欄では賛否両論が飛び交っていた。いや、大半は否定的なコメントだった。

 画面越しの他人から送られる罵声に怒りが込み上げてくるが、賞賛のコメントを見て、かろうじて平静を保つ。

 だがそれよりも、一万を超える〈いいね〉の数に脳が痺れていくような感覚を覚えた。寝起きの頭が異常に冴え、鼓動の大きな音が胸の薄壁越しに響いてくる。

 なんであれ、悪くない気分だった。否定的な意見は無視し、肯定的なコメントには〈いいね〉で返す。本当は無礼な奴ら全員に反論をしたかったが「私は万バズした有名人だし、無視する程度で勘弁してやる」くらいの気持ちで流すことに決めた。

 コメントを一通り見て引用の欄を眺める。コメントとほとんど変わらない内容。

 そうしているうちに、1つの画像に目が止まった。

 薄いオレンジがビルに反射しているだけの、普通の夕暮れ。ビルの形からして、私が昨日写真を撮ったところに近い。

 特に何の感想も抱かないまま、コメントを読み込む。


『この写真は新宿だと思うけど、昨日の夕焼けってこんな色じゃなかったはず」


 明確な証拠を持って、私を間接的に嘘つき呼ばわりしてくるこのアカウントに、他の薄っぺらい批判を浴びせてくる奴ら以上の怒りが湧いた。

 そもそも新宿はどの時間でも多くの人で賑わっている。その全員があの空の色を見たはずだ。きっと私と同じように写真を撮って投稿した人もいると思う。

 証拠を叩きつけてやろう。嘘つきは、お前の方だという証拠を。

 

 どれだけ探しても、私が見た空は見つからなかった。

 検索をかけてタイムラインを遡っても、画像検索をかけても、何もヒットしない。

 画像どころか、話題にすら上がっていなかった。

 ——どういうこと?

 ゲームやアニメじゃあるまいし、私にしか見えてないなんてありえない。

 みんなで私を騙して遊んでる……とか?

 釈然とせず、マジックアワーが見える条件をAIに聞いてみる。すると「大気の状態や雲の有無の条件が揃っても同じように見えない可能性がある」と返ってきた。さらには、眼球の個体差と脳の補正もあるらしい。

 「脳の補正」

 その言葉だけが、なぜか頭に残り続けた。

 重い濃紺も、妖艶な紫も、ビルから滲む淡いピンクも。

 全て、私の脳が見せていた幻だったのだろうか。

 スマホを開くと、手の中にあの日の空が広がった。

 妄想じゃない、確かに”あった”という事実が、薄い画面の中に焼きついている。

 正しいはずだ。だけど写った色が本当に自分が”見た色”なのか、わからなくなっていた。

 ——私が、見たかっただけ……?

 自分自身に問いかけるように、心の中で呟く。

 ほんの小さな孤独感が、胸の中に影を落とした。

 その時、小さな音と共にXの通知が届いた。

 ——はいはい。どうせまた嘘つき呼ばわりするんでしょ。みんな暇でいいな。

 心で悪態をつきながら、指は自然と画面をタップしていた。

 画面が変わり、引用欄が表示される。


『綺麗な夕日ですね。それに、人が落ちてないですか?』


 突然のことに「……へ?」と、声が出てしまった。

 ——人? 落ちてるって、道は見えないし。まさか心霊写真?

 心霊写真だとしたら「落ちている」と表すのは変。悪戯かもしれないが、無性に気になってしまった。

 夕日を肯定されたことを忘れ、写真をひたすら凝視する。人なんて写っていない。

 拡大して隅々まで探しても、人とわかるものは見つからない。

 ——からかって遊んでるだけか。気にして損した。

 画面から目を離そうとしたとき、ビルの横に黒い点が写っていることに気づいた。限界まで拡大すると、丸い点から小さな突起が伸びているように見える。

 何かの拍子に飛んできたゴミや、埃かもしれない。それでも、さっきの投稿が頭をよぎった。

 ——まさかね。

 画面を消して、スマホをポケットにしまう。

 ただの悪戯。そう片付けようとしたが、妙に引っかかる。

 視線を上げ、鏡に写る自分と目を合わせた。

 視界の隅に黒い点が浮かんでいるような気がする。点は徐々に落下していき、視界から消えていった。

 

 ◆◆◆


 数日もすれば写真のことはすっかり忘れていた。

 煩わしいと感じていた通知音も止み、SNSは普段の通りの静けさを取り戻している。

 仕事に追われ、夕暮れの空を見上げることもなかった。


 今日は友人の瞳と、新宿LOFTへ推しのアイドルのライブに行く予定だ。

 夕方に家を出て、電車を乗り継ぎ新宿へ向かう。車内の窓から見る夕陽は、なんてことない普通のオレンジ。ごく普通の、ありきたりな風景だった。

 

 新宿駅の東口から出ると、辺りを埋め尽くす人の多さに眩暈がした。

 まだ夏の気配が残る生暖かい空気。そこに皮脂と香水の臭いが合わさり、吐き気を催す。

 人混みを掻き分け、先に着いていた瞳と合流した。


「瞳。お待たせー」

「ううーん。てか今日あんまり人いないね。ラッキー」

「……え?」


 何を言っているのか理解できなかった。こんなにも酷い人混みなのに……少ない?

 瞳にとって、このくらいの人だかりは少ない方なのだろうか。


「ん? どうしたの?」

「あ。ううん。なんでもない」


 煮え切らない返事をして、歌舞伎町へ足を向けた。

 駅前の横断歩道を抜け、GUCCIの横を抜けると、少しだけ人が減る。急に空が開けた気がした。都会の汚れた空気でさえ、美味しく感じる。

 瞳と気の抜けた会話を交えながら、歌舞伎町へと向かう。

 しばらく歩いた先、歌舞伎町の入り口は人工的な光で溢れていた。ギラギラと輝くネオンが荒い波のようにうねり、人々を呑み込んでいく。その中へ踏み込み、ライブハウスへ向かった。

 

 ホールへ降りると、間も無くライブが始まった。

 八分ほど埋まったホールの照明が落とされると同時に、各々が手に持ったサイリウムを付ける。さまざまな色の光が灯り、暗闇を淡く照らした。

 私と瞳が手にしたサイリウムの色はピンク。隣の人は紫。あの日の夕日を思い出したが、すぐさま流れてきた大きな音にかき消されていった。

 籠った空間を音が縦横無尽に暴れ回り、それに釣られて人々も動き続ける。大手を振って叫ぶ人。体を軽く揺らす人。最前で取り憑かれたように踊る人たちを眺めながら、私はホールの中程でサイリウムを振り続けた。

 ライブは中盤まで進み、撮影タイムが始まった。基本は撮影禁止だが、この時だけはアイドルたちを撮影することができる。

 ステージ上の3人がさまざまなポーズをとりながら、ホールに向かって笑顔を見せる。

 呼応するように、観客全てがスマホを掲げ、彼女たちを撮影していた。

 空に浮かぶ無数の画面。夢中で彼女たちの写真を撮り続けた。ふと、隣にいる瞳の画面が目に入った。そこに映る一人の少女は、私が写している人物と同じ。同じような画角と構図。それなのに、姿が違って見えた。

 瞳のスマホでは満面の笑み。観客が求めた姿がそこにはあった。

 自分の画面に目を移す。彼女の顔から感情を読み取ることができなかった。微笑んでいるわけでもなく、不機嫌そうでもない。無表情とも違う。どこか遠くを見つめているような、空な顔。私には、そう見えた。

「今日もかわいい! やっぱり、あの笑顔を見てると癒されるわー」

 瞳がかけてきた言葉に、返すことができなかった。

 私が目を離した一瞬で変わったのかもしれない。そう思い、何度も瞳と自分の画面を見比べてみる。やはり同じだった。

 辺りを見渡した。埋め尽くされたスマホの光が、彼女の笑顔をいくつも映し出している。

 ふと、本物の彼女の表情を見てみようと思った。なぜ最初から直視しようと思わなかったのか不思議なくらい、その意識が抜け落ちていたことに気がつく。

 デジタルに咲いた偽物の彼女の向こう。本物の彼女に視線を向けると——彼女の大きな目が、私を凝視していた。いや……正確には違う。そう感じただけだ。

 彼女には顔が、なかったのだから。

 大きな目も、細くて高い鼻も、潤んだピンクの唇も——彼女の顔を構成するパーツが存在しなかった。まるで、最初からなかったかのように。まっさらに。

 「ひっ」と悲鳴を上げそうになったが、喉の奥で詰まり何も出てこない。逃げ出そうとしても、足は縫い付けられたように動かすことはできなかった。

 ライブの熱を、重く滴る冷や汗が流していく。

 ——誰か。誰か気づいてないの?

 動かせない首で、限られた視界の隅々に目を泳がせる。ホールの誰もが皆、スマホを覗きながらシャッターを切り続けていた。

 私にしか見えていないのだろうか。それとも、バーカンで出された安いビールで酔っただけ?

 それでもステージの上からは、見えない視線が刺さり続けている。彼女の目はない。だが、確かにそう感じた。

 せめて、彼女の形をした異物から目を背けたい。目を閉じようとした。力をいれ、瞳を閉じようと試みる。瞼が痙攣し、徐々に視界がぼやけていった。

 ——早く……早く!

 視界が途切れる。瞼越しに明るい闇が灯った。

 スマホのシャッター音が、耳の中で何度も響く。鼓動が、音の感覚に支配されていくような感覚。煩い。煩い煩い煩い煩い煩い。


「ねえ、大丈夫?」


 肩に乗った手の感覚と瞳の声で我に帰った。さっきまで響いていたシャッター音は消えている。ステージから彼女たちのMCが聞こえる。


「なんだか辛そうだけど、外で休もうか?」


 ゆっくりと、目を開けた。

 暗い光を瞳孔が取り込み、視界が戻っていく。

 目の前には心配そうに顔を覗かせる瞳の姿があった。


「だ、大丈夫。ありがとう。ちょっと立ちくらみしちゃって。そろそろ終わりだし、先出てるね」


 そう言って、ステージに背を向けた。


「付いていこうか?」

「大丈夫だよ。瞳は最後までMC聞いてて」


 ホールの人混みをかき分ける。気持ち悪い。来た時は気にならなかった人間の臭いが、身体中に泥のようにこびりつく感覚。

 ホールの出口に着き、扉に手をかけた。スピーカーから彼女の声が聞こえる。

 確かめたくなった。さっき見たのはなんだったのか。私が見た光景。肉眼で見た、顔のない彼女の姿を。


『今日は本当に、ありがとうございましたー!』


 彼女の一声と共に割れんばかりの歓声が響く。私の好奇心はその声に覆い隠されて、みるみる萎んでいく。

 もう一度目をきつく閉じ、扉を押す手に力を込めた。



 翌日の夕方。

 彼女は亡くなった。

 その日、仕事場へ向かう足で見上げた空は濃紺と紫の綺麗なグラデーション。

 ピンクの光へと溶けるように、彼女は落ちていったらしい。

 

 ◆◆◆


 彼女は社会からも消えた。

 最初こそSNSやニュースで取り上げられていた。アイドルの転落死。自殺か他殺か。アイドル業界の闇——赤の他人が真実を求め、自称正義の使者が持論を振りかざす。どちらにもなれない怒れる民衆は、的外れなことを言いたい放題垂れ流す。

 それも数週間が経てば、新たなニュースにかき消されていった。有象無象のイナゴの大群は、彼女は食い荒らす。ネットには惨たらしい残骸しか残らない。

 かくいう私も、仕事と日常に追われ彼女のことを思い出す時間が日に日に少なくなっていった。

 ネットで第一報が流れたときに泣きながら電話してきた瞳も、今では彼女の話は全くしない。

 ただ、夕暮れになると彼女のことを思い出す。

 彼女が死んだと知った日から、次第にあの夕暮れを見る日が増えていった。

 淀んだ秋の日も、冷たい雨が降る冬の日も。綺麗な夕焼けが見えていた。

 おかしくなってしまったのだろうかと思い、何度も瞬きを繰り返す。しかし、視界は美しく滲み続けている。

 生成AIに聞いたら「天気が悪くても見える時がある」と教えてくれた。ライブの時に彼女の顔が無いように見えたのも「照明や逆光、距離のせい」だとも。

 正直、情報の真偽なんてどうでもいい。ただ、「そういうもの」だと納得したいだけだ。


 何度目かの夕焼け。その日は快晴で、朝から突き抜けるような青空が広がっていた。今日は、夜から新宿で瞳と待ち合わせがある。

 黄昏時に家を出ると、すぐに紫色の空が私を迎える。駅への道は少しだけ紫に染まっていた。ふと、首の後ろを撫でられる気配を感じ、振り向く。背後には沈みかけた夕陽がビルの間から覗いていた。

 美しかった。ただそれだけで、前ほどの驚きはない。何度も見てきて慣れてしまったのだろうか。振り返ろうとした瞬間。視界に黒い点が落ちていく気がした。

 この夕日を投稿した日のことを思い出す。

『人が落ちてないですか?』

 脳裏をよぎった言葉に呼ばれるように、もう一度夕日の方を見た。道路の先。少し離れたビルの上から、何か黒いものが落下していく。

 数秒後。つんざくような悲鳴が、微かに聞こえた。

 反射的に目を逸らし、耳を塞いでその場から離れた。早足で駅へ向かう。

 その間、聞こえるはずのない音が、ずっと頭の中で響いていた。まるで卵を落としたような、軽い音が。


 

 新宿に着くと、辺りはすっかり暗くなっている——はずだった。

 私にははっきりと見えている。西の空を美しく燃やす夕焼けが。

 電車の窓、駅の出口、商店街の中。私の背にぴったりと着いてくるように、沈まない夕日が滲んでいる。目を逸らすことはできない。目を閉じることでしか、逃げるこができなかった。

 すれ違う人たちは、皆何食わぬ顔でスマホを覗いている。

 ——なんで? 誰も見えてないの?

 いや、見えていないのではない。見ていないのだ。誰もが画面を見つめ、現実の世界には見向きもしない。

 自分しか見えていないのか確かめたい。誰かの肩を叩き、夕日を指差し、見えているか問いたい。そう、思うだけだった。きっと、変人扱いされて終わりだろう。

 SNSの投稿がバズった時のことを思い出す。あの時もそう。自分しかあの夕日が見えていなかったのだから。

 ……いや、もう一人いた。

 投稿を引用し、人が落ちていることを教えてくれた人物。

 縋るような想いで、スマホを開きSNSの投稿を辿る。夕日の色を受け少し紫がかった指が、画面を擦るたびに震えていた。

 ——見つけた。

 青い空のサムネイル。画像に触れ、その人物のページへ辿り着く。自然と胸を撫で下ろし、口から重い息が漏れた。

 プロフィールには何も書かれていない。フォローとフォロワーは一人づつ。

 指で、画面をそっとなぞる。最後の投稿は、数週間前。

 そこには、『さよなら』の一言だけ。

 落ち着き始めた鼓動が、再び速さを上げる。

 画面の右上に記された日付には、見覚えたがあった。

 彼女が落ちた日と同じ。

 ——まさか、そんな……え?

 速度を上げた鼓動が、急に止まるような感覚。頬を伝う汗の冷たさが、意識を押さえこんだ。

 投稿を遡る。指は震えていた。

 短い文字だけの日。辛さを謳う詩。心からの怒り。

 ——もしかして、裏垢?

 いや。それならアカウントに鍵を付けるはず。偶然の一致だと思いたい。

 しかし投稿された文章の隣に彼女の顔がよぎる。あの日見た顔のない顔が、笑顔よりも先に網膜に焼きついてきた。

 喉の奥から、液体になった感情が押し寄せる。

 吐き出したくて、誰かに見つけて欲しくて、けれど出してしまえば、ただの汚物。周りから醜い視線を向けられ、立ち去ることしかできない。何も、届きはしない。だから、飲み込むことしかできないんだ。


 口元を押さえながら、さらに指を滑らせる。

 そして、見つけてしまった。

 私があの日見た、そして今も美しく滲んでいる夕焼けを。

 ——彼女も、見えてたんだ……

 勝手に彼女と決めつけた、見知らぬ誰か。

 真実なんてどでもいい。

 ただ同じ景色を見ていた人がいる。

 それだけ。

 それだけでいい。

 飲み込んだ感情は体を巡り、やがて両目から音もなく流れ落ちた。

 たった2滴の澄んだ体液が、画面に映った夕焼けを濡らす。

 偽物の紫とピンクが混じり合い、色を失う。

 手を、離した。

 デジタルの夕焼けは黒い地面に落ち、やがて沈んでいった。


 

 待ち合わせ場所に着くと、瞳は先に立っていた。

 都会にしては澄んだ空気。乾いた夜風が髪を撫でていく。


「ちょっとー! 遅かったら心配しちゃった。連絡しても全然返事ないし」

「ごめんごめん。スマホ落としちゃってさ」

「そっかー。まあいいや。それより見て! すっごく綺麗じゃない?」


 瞳が指差した先には、夕焼けが滲んでいる。

 ラピスラズリを引き詰めた濃紺の空に、アメジストのような怪しさを含んだ紫のグラデーション。

 地上を包むピンクダイヤモンドの輝きが、高層ビルの隙間から滲み出し、街を覆う。

 網膜に映し出された、世界の終わりのような景色。


「え? 瞳、見えるの?」

「あたりまえじゃん。むしろ、何でみんな気にならないんだろうね?」


 そんな当たり前の言葉に、張り詰めた糸が切れたように笑顔が溢れていた。


「なんで笑ってんのー? バカにしてる?」

「違うよ。なんか安心しちゃって。そっか、そうだよね」

「うーん。まあいいか。もうどうでもいいし」


 瞳が向き直り、長い髪を指でくるくる巻きながら空を見上げた。

 つられて見上げると、星一つない澄んだ空が広がっている。

 どちらからでもなく、自然と手を繋いだ。


「緊張してる?」

「ううん、まったく。瞳と一緒だしね」


 目線が合わさる。


「ありがと」

「こちらこそ」


 微笑んだ。瞳の目に、自分の姿がうっすらと写っている。


「じゃあ、せーのいこっか」

「いいよ」


 瞳と、目の中の自分が同時に微笑みかける。


「「せーの」」

 


 薄れていく意識の中。

 ビルの奥、紫の空が徐々に沈んでいく。ピンク色の淡い光はやがて溶け。

 ネオンが輝くビルの上に、濃紺の空がどこまでも広がっていた。

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