プロローグ: スラム街と別れの夜3
その夜、二人は長い長い会話をした。
火鉢の火が揺れる中、過去を振り返った。
「覚えてる? 私たちが初めて会った日。村の祭りで、あなたが鍛冶の道具を売ってたわよね。私は一目惚れしたのよ」「ああ、君の笑顔が忘れられなかった。結婚して、スラム街に来るなんて思わなかったけど… 後悔はしてないよ」アルンはリナの手を握った。リナは涙を拭き、「私もよ。でも、エルにはこんな人生を歩ませたくない。教会なら、神様の慈悲があるはず。きっと、良い人々がいるわ」「でも、もし誰も気づかなかったら? 野犬に食われるかも…」
アルンは不安を口にした。リナは優しく諭した。
「神様を信じましょう。あなたがいつも言うように、運命は変えられるわ。でも、今はこれしか方法がないの。朝になったら、置いてくるわ。私がするから、あなたは見送って」
夜が明け、二人は準備をした。
エルを柔らかな毛布に包み、リナは小さな木のネックレスを赤ちゃんの首にかけた。
「これが、私たちの思い出よ。いつか、あなたが大きくなったら、探しに来てね」リナは囁き、アルンは黙って見守った。小屋を出て、スラム街の路地を歩く。
朝霧が立ち込め、人影はまばらだった。教会はスラム街の端にあり、古い石造りの建物で、鐘楼は傾き、扉は半分壊れていた。
かつては信仰の場だったが、今はほとんど使われていない。リナは階段の前にエルを置き、額にキスをした。「ごめんね、エル。ママとパパはあなたを愛してるわ。生きて、幸せになってね。神様、お願い… この子を守って」涙がぽたぽたと落ちた。アルンは妻を抱き、「行こう、リナ。振り返るな」二人は路地を曲がり、教会から離れた。リナは嗚咽を堪え、「エル… エル…」と繰り返した。
母親が去った後、エルは一人残された。毛布の中で小さな手足を動かし、弱々しく泣き始めた。「うぇ… うぇん…」周囲の喧騒がかき消す中、突然、空から金色の光が降り注いだ。
それは柔らかく、温かく、エルを包み込んだ。光は次第に強くなり、エルの体を浮かび上がらせた。教会の階段は静寂に包まれ、何事もなかったかのように朝の光が差し込んだ。光はエルを天界へと運び去った。
スラム街の誰も、それに気づかなかった。
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