第2話
「知らない天井だ」
人生で一度はいってみたいセリフが自然と出てきた。俺は硬いベッドの上で目を覚ました。シミ一つない真っ白な天井。ピッピッという電子音。点滴の袋から伸びているチューブが俺の左腕に繋がっている。
どうやらここは病院、もしくは医務室のようだ。上半身を起き上がらせようとしたがお腹のあたりに重しが乗っているようで起き上がることができない。
視線を下げると俺のお腹の上には、艷やかで長くて美しい黒髪が目に入った。どうやら俺のお腹を枕にして女性が寝ているようだ。赤い編み込みリボンがよく似合っている髪は俺の知るゲームの最推しキャラクターがつけていたものだ。
日本生まれの日本育ちで一般的なオタクだった俺には、今の状況を簡潔に答えることが出来る。一言でいうならどうやら俺はバディクラの世界に転生してしまったたようだと。
嬉しいかどうかとなると正直に言うと微妙だ。俺の今いると思われるバディクラの世界はかなり過酷だ。俺の意識がこの体で目覚めたあの時の戦闘を考えると生きているのが不思議なくらいだ。
(そういえば彼女は俺のことをトウヤっていっていたよな?)
俺のお腹で未だに寝ている彼女を改めて見る。顔はこちらを向いていないので確認はできないが、あの時操縦席に飛び込んできた彼女は俺の知るキャラとは少し違うように感じられた。
そうあの時見た彼女の姿は、ゲームで出てきたキャラ絵よりも数歳は若く見えたのだ。つまり彼女の見た目から判断するのなら、今は本編開始前だということになる。それも本編が開始される五年以上前なのだろう。
本編では主人公の先輩として出てくるヤチヨだが、影のある闇キャラとして一部界隈では人気があった。かくいう俺もヤチヨは最推しだ。簡単にシナリオの流れを話すなら、幼馴染を助けることができなかったヤチヨは、ただバグズを倒すことだけの戦闘機械のようになっていた。そんなヤチヨはプレイヤーとの出会うことにより止まっていた時間が動き出す、というものだ。
(つまり俺は、このままだと死んでしまうということか)
だが逆に考えると俺が死ななければヤチヨが闇落ちすることはない。
(病んでいるヤチヨもそれはそれで魅力的だったが、やはり俺はヤチヨが最後にプレイヤーへ向けた笑顔が好きだ)
本編でのトウヤの扱いはプレイヤーがヤチヨについての情報を集めている時に見つけた記録で出てくる。内容としては本編が開始される五年前、突発的におきた戦闘でヤチヨ以外の人物は全滅したというものだ。
それとあるイベントでヤチヨが過去のことを思い出すというものがあり、子どもの頃からの記憶をプレイヤーに語るシーンでトウヤのことが語られる。トウヤに関してはその程度で立ち絵すら無い。
詳しい性格などはヤチヨの思い出話で語られたこと以上のことはわからない。ただどこにでも解析大好き考察大好きな人間はいるもので、トウヤに関してもかなり掘り下げられることとなった。ヤチヨ最推しの俺もよく考察班とネットの匿名掲示板で語り合ったものだ。
つまり俺はトウヤに関してはかなりの解像度で理解していることになる。問題は本当にあの考察が合っているのか、そしてヤチヨにバレずにトウヤを演じられるかだろうか。
(記憶喪失、もしくは記憶の欠落や混濁を理由にしたほうがいいかもしれないな)
俺の頭には包帯が巻かれている。そのことからあの戦闘で頭を怪我したのは確かなはずだ。その方向でなんとかやっていくしか無いだろう。
方針は決まった。まずは俺が死なないこと。ヤチヨに俺がトウヤではないとバレないようにすること。最も優先するべきことはヤチヨの身も心も守ること。そして絶対に殺させない。そう覚悟を決めた。
色々と考えていたら眠くなってきた。体調はまだ万全ではないのだろう。それにヤチヨがまだ俺の腹に頭を乗せて寝ているために、何もできないし起き上がることもできない。
(ヤチヨを起こしてしまうのも忍びない。もう一度寝るか)
そう思い眠るために目を閉じる。
すんすん
(ん?)
「すぅーーーー。とうやちゃんのいい匂いがするー」
(んん?)
閉じていたまぶたを開くと俺のお腹を猫吸いしているヤチヨと目が合った。
「……」
「……」
満面でキラキラとした笑顔を浮かべていたヤチヨの表情が、一瞬で凍りつきすぐさま無表情に変わる。気まずい。こういう時はどういった反応をしたらいいのだろうか? 笑えばいいのか?
「見た?」
「え?」
ヤチヨは座っていたベッド脇の椅子から立ち上がるとその身をぷるぷると震わせる。
「あー、うん、俺は何も見てない」
「嘘だ。絶対見た」
「み、見てないって」
ヤチヨの顔が恥ずかしさのためか真っ赤になっている。たぶんきっと怒っているから赤いわけではないはずだ。そもそもどうして俺が責められているようになっているのだろうか?
「う、うふふ」
ヤチヨの能面のようでいて赤く染まった表情が、先ほどとは違う笑顔に変わる
「そうよね。トウヤちゃんは何も見なかった……よね?」
「なにも、見てない、です」
俺の顔を覗き込むヤチヨ。顔は笑っているのにハイライトが消えた目が怖い。
「トウヤちゃんはもう少し眠ったほうがいいと思うの。次に起きた時は今のことは何も覚えてない。いいよね?」
「は、い」
なんとか声を絞り出す事ができた俺を誰か褒めてほしい。
「さあ、目を閉じて」
俺のその言葉に導かれるように目を閉じる。
「おやすみなさいトウヤちゃん」
俺の体がそして本能が眠りを欲している。体以上に
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