15話


 後先考えず学校から飛行して、大将のマンションに向かった。

 ベランダの鍵が開いていて、そこから中に入った。ひとまず持ってきた自転車はベランダに置いておいた。


 リビングでは複数のテレビモニターとPCモニターがつけっぱなしだった。誠の姿はなく静かだった。

 多分パソコン部屋だろうと廊下に出て、部屋の扉を開ける。


「大将……」


 大将が仰向けに倒れていた。腹に包丁が刺さっている。

 部屋の中はもわっと鉄臭い。床には大将から血が漏れていた。体育館の光景を見たあとだからか、それが少量であるように感じる。

 見開いた二つの目が天井をまっすぐに見ていた。


「ミッチー」


 大将はぼそりと喋った。死んでいるものとばかり思っていた。

 目だけがこちらをぎょろっと見る。


「どないしてん?……真っ赤やん」


「……襲われた、久野さんに、学校で」


 そんな返答しかできなかった。多分、俺は今動揺しているんだろう。

 理解したのか「そうか」と大将はぼそり。


「タンス」


「え?」


「タンスの中の金、やるわ」


「……金?」


 タンスを開けると、そこには大量の札束があった。


 一枚よこせとと言うので、一万円札を一枚、大将の手に渡した。すると一枚だったものが二枚、二枚だったものが4枚、4枚だったものが8枚に増えた。

 思わず目が点になった。


「大将、お前……」


「増殖……。これ、俺の能力。そんで、かなえさんから全部聞いてん」


「……聞いた?」


「多分、俺、お前に引きつけられとったんやろな……そう思うは、今は」


 言っている意味がよく分からなかった。


「思うねん……。ミッチーは……多分、殺人者に、なってもうとったんやろ」


「……はあ?」


「お前が……そんな過去持っとるって、知らんかったから、俺……ごめんな、気付いてやれんで」


「な、なにが? なに言って――」


 大将はきょろっと俺を見た。


「“ござるって言えや”って……言わへんのんか?」


 そう言って、大将は笑った。

 浮かべた笑みがゆっくりと薄れて消えた。

 中身のなくなったような空白の目が、床にすとんと項垂れた。


「大将?……」


 それからいくらか話しかけたが、大将が話すことはもうなかった。


 パソコン室に大将の遺体を置き去りにしたまま、シャワーを借りて血と肉片を洗い流した。頭から熱いシャワーを流すと気分が落ち着いた気がした。

 バスタオルで体を拭きながらリビングに行って、冷蔵庫からドクペを取って、くつろぐようにソファーに腰かけた。

 テレビから漏れる小さな音以外、あまりにも静かな室内が、むしろ非現実的に感じられた。部がいつもよりも一層、薄暗く見える。


 テレビの音量を少し上げたところで、部屋の物悲しい雰囲気は変わらなかった。

 頭の中で、何度もこのソファーに腰かけるまでの映像が流れている。真っ赤な体育館、誠の罵声、無砂利場さん、大将の別れの言葉……そのすべてが現実感がない。

 味は感じられた。ドクペはいつも通り美味い。


「っぷはー」と喉を潤して、ふと思った。


 念動力を体内で膨張させるイメージ――これを使えば。


「俺って、触れずに殺せたのか……」


 ところで大将の遺体だが、どう処理しようか……。

 水を隠すなら、海だな。


       〇


『地下一階から二階、そして職員室を含め、他の場所で見つかりました合計5つもの、川村友久さんの遺体ですが――先生、これはやはり、今世間で言われている能力者の手によるものなんでしょうか』


『まあ十中八九そうでしょうねえ。他局の番組でクローンがどうとか言っている専門科の方いましたけどねえ、まあ日本じゃ考えにくいですよねえ。となると、もう能力者しかないんじゃないですかねえ』


『なるほど。当時、校舎内の多くが霧で満たされており、そのせいで警察の捜査にも遅れが出たということですが、それについてはいかがでしょうか』


『私が聞いた話では、その霧の発生源が川村友久さんのご遺体だと。じゃあそれはどういうことなんだと。つまり川村さんは能力者だったんじゃないかと。まあ、まだ何も分かっていない訳ですがね。特にこの5つの遺体は一年も経過しているということで。まあ、それが今回の生徒……えー、363人でしたか?』


『はい』


『363人もの若い生徒たちが亡くなられた。それも高校三年生ですよ、数カ月後には卒業ですよ』


『そうですね、はい』


『いやー、なんと言っていいのか……。しかしこの川村友久であろう5つの遺体。これが事件と何等かの関わりがあることは間違いないでしょうなあ。にしてもこの立山第二高校ですか?』


『はい』


『この事件の一カ月前にも、当時二年生だった生徒が21人も失踪してるんでしょ? 確か生徒集団失踪事件でしたか?』


『そうですね、はい』


『あの事件の生徒もまだ見つかっていない訳でしょ? それで今回の事件ですよねえ。ん……色々ある学校ですねえ』


『……番組では引き続き、立山第二高校、生徒363人事件の真相に迫っていきたいと思います』


 世間では川村さんが犯罪者になっている。正直、笑える。

 川村さんも天国で腹を抱えて笑っていることだろう。


 コメンテーターは好き勝手喋る。犯罪心理学者だの、元刑事課なんたらかんたら、だの、適当な肩書を名札で示しておけば、偉いことが公認されているかの如く語りだす。

 この報道のすべてが間違っているというのにだ。


 まず体育館には363人もの、高校三年生の遺体が倒れていたと報道されている。

 これについては理解しよう。あまりにグロテスクな内容で報道できなかったのだろう。あそこは血の海だった。


 川村さんの遺体については初耳だった。あの日は調べなかったし、そもそも気付かなかった。

 どうやら複数カ所に、川村さんのホルマリン漬けの遺体が設置されていて、そこから霧が校舎内に広がっていたらしい。

 川村さんは確か死んだはずだが……。

 まさか大将が手を貸していたのか。遺体を増殖の能力で増やしたとか。

 ちょっと待て。消えたと思っていた川村さんの遺体だが、まさかあのとき回収したのか。

 でもどうやってだ。川村さんは飛び降り自殺だった。オープンカットのタイルには血がいくらか広がっていたはず。

 ……修復か? それなら可能か。

 だとすると、あのときあそこに久野さんもいたことになる。


 すべて仕組まれていたのか……。

 だがもう、みんな死んでしまい今となっては分からない。

 濃霧の効果により、体育館での出来事を教員や職員や、三年生以外の全校生徒は知らない。霧が消えて警察などが駆け付けるまで、誰も何も知らなったそうだ。

 それが日の落ちた20時くらいのことだとか。


 ネット上にはいくらかマシな情報が流れていた。

 テレビでは「京都・立山第二高校・生徒363人事件」と題して報道されている。これは死亡なのか失踪なのか分からないからだ。

 ネットでは「京都ミキサー事件」とか「363事件」などと呼ばれている。ネット上には、体育館の惨状が画像つきで流れている。誰が流した、漏れた経緯は知らない。

 ミキサーは、肉や骨や血液なんかが、どろどろにすり潰したみたいになって広がっていたからだ。


 事件のあった数日後、家に警察が訪ねてきた。

 無事だったのは二名――無砂利場さんと俺だ。事件当時のことについて聞かれた。

 家にいたから知らないと答えたら、校門を自転車で通る俺の姿が監視カメラに映っていたと言われた。


「教室に寄って、忘れものを取ってすぐに帰りました」


 不審がられたが、やや不登校であることを明かすと理解してもらえた。

 ではなぜ帰りは監視カメラに姿が映っていないのかと聞かれた。

 あの日は自転車ごと念動力で飛行して帰ったのだった。


「教員に見つかりたくなかったので、駐輪場の隅のフェンスから路地に自転車を下ろしました。お昼時でしたし、校門前で先生が見張ってる場合を考えて、前を通らないように遠回りして帰りました」


 中抜けの際はみんなやることだ。

 そう伝えるとそれも納得してもらえた。

 警察としては特に話を聞きに来ただけで、疑っていたとかそういうことではないらしい。


 やはりニュースなどの報道通り、犯人は川村さんということで調べているのだろうか。

 あの血の海からどうやって久野さんたちを、人を判別するのだろうか。

 少し気になる。


 それはそうと、無砂利場さんは俺のことを話さなかったのだろうか。あの人が、俺が体育館にいたことを話せば、分からないが、それで終わりな気がする。

 多分、俺と同じように話を聞かれただろうし……。


 どうでもいいか、もう。

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