6話


「で、そちらはどなたでござるか?」


 ボイスレコーダーと眼鏡カメラを手渡すと、大将は久能さんを睨むほどに怪しんだ。悪気がある訳じゃない。大将は初対面の人に対して異常に警戒をする。これがコンビニの店員や、道を尋ねてきた観光客とかなら外見上は平静だ。ただし身内が連れてきた他人に対しては、馴染むまでにどうも時間がかかる。

 リビングには追加で六枚のテレビモニターが用意されており、各テレビ局が報道する出町柳駅周辺の映像が映し出されていた。大将は右側のそれらをちらちら確認しながら、正面の一五インチノートパソコンと二七インチの拡張モニターに向き合っていた。キーボードをカタカタと走らせ、何か調べている。


「あ、座ってください」


「す、すみません。ありがとうございます」


 思い付きで提案し、連れてきてしまった。ただ今出川駅で一人帰すというのも、何となく歯切れが悪く、それで説明して「一緒に来ませんか?」と安易なことを言ってしまった。この手のことに詳しい男がいる、とだけ伝えた。

 久能さんは同志社大学の二回生らしく、会合にはほぼ俺と同じ理由で参加したようだ。といっても俺には参加した理由という理由がない。大将にそそのかされただけだ。そしてあの有様だ。一つ間違えば死んでいたかもしれない。


「霜月さんは、能力を使い慣れていらっしゃるんですね」


「あ、いえ、それほどでも……数か月前になります」


「そうなんですね」久能さんは少し驚いたように言った。「私はもう二年になりますが、未だに慣れないんです」


「能力を聞いてもいいですか?」


「修理です」


「修理?」


 久能さんはゴミ箱に捨ててあったブルートゥースマウスを手に取った。大将が床に落としたのだろう、右のボタンが割れている。すると手の平に乗せ、久能さんは弱々しい白い光でマウスを包み込んだ。ボタンどころか、マウス全体に見られた汗で変色したカ所も綺麗になっていた。新品同然だ。


「ヤバ……」


「これくらいしかできません。操作を誤ると、工場出荷時よりも前の状態に戻るのか、たまにパーツが足りなくなってることがあるんです」


「大将、マウス直ったぞ」


 大将は、すでに食いつくような目でマウスを凝視していた。


「……大将?」怖いくらいの顔にそっと呼びかけた。


「直したのでござるか?」


「うん、久能さんが」


「……すばらしい能力でござる」


「あ、ありがとうございます」


「久能さんと仰いましたかな?」


「はい、久能かなえです」


「かなえさん……」


 大将は言った。「炎の獅子の話にあった“声”について、何か心当たりはないでござるか?」


「声ですか? えっと……あります」


「あるのでござるか」


「はい。確か、“七年待て”と、言っていた気がします」


「七年? 確かに七年と言ったでござるか?」


「はい、あ、いえ……正確には、“七年ほど待て”、だったかと」


「なるなる、掲示板と同じでござるなあ……」


 俺は大将に訊ねた。「“声”が何か知ってるのか?」


「炎の獅子も言っていたでござろう」


「魔術師は声を聞くとかって話か?」


「魔術師はともかく、それでござる」


 出町柳駅の中継が各局で報道されて以降、ネット掲示板が荒れているという。複数の「能力者」を名乗るユーザーから「声について知っている」と言った類の書き込みがあり、今まさに久能さんが言ったものと同じ、「七年ほど待て」という言葉の続きが出回っているという。


「影響せよ、影響を及ぼし、七年ほど待て、さすれば……」


「さすれば?」


「その先は不明でござる」


「掲示板のそいつらでも知らないってことか」


「掲示板に現れた能力者が本物である証拠はないでござる」


「でも声の続きを知ってたんだろ、炎の獅子よりも」


「日本人は日本語しか読まぬゆえ、大多数は情報が偏るでござる。海外のネット掲示板では、数カ月も前からこの手の話は出ていたでござる」


 大将みたいに海外の情報を得られるユーザーが、悪戯に能力者を名乗っている、ということか。これだからネットは信用できない。


「ミッチー、かなえさんを見過ぎでござる」


「は?」


「カメラの話でござる、動画の八割くらい、常にかなえさんの背中が見えるでござる。見切れても、体半分は見えるような状態でござる。もっとちゃんと辺りを観察してほしかったでござる」


「そ、そんな訳ないだろ、ちゃんっと見てたって!」


「無砂利場さんというものがありながら、まったく……」


 久野さんは恥ずかしそうにする訳でもなく、苦笑いを浮かべていた。俺など眼中にないという無意識の反応だ。


 大将がぼそりと言った。


「これはそろそろマズいでござるなー」


 能力者による事件は世界各地で一年ほど前から起きていて、配信サイトには映像も出回っているという。ただしフェイク動画と誰かが言えば、あとには誰も興味を示さなくなる。アメリカ人は日本人以上に、超常現象の類を信じやすいに傾向にあると大将は言うが、アメリカ人の間でもそれらはフェイクでしかない。だからこれまで世界的に騒ぎにはならなかった。


「しかし能力者自体は、秘密裏に消されている可能性は否定できないでござる。CIAとかMI6とか、あとはICPOでござるか、公にしたくないものは裏で消されるのが世の常でござる」


 それが今回の出町柳の炎上で、真実味を帯び始めることになるかもしれないと言って、大将は掲示板とテレビを食いつくように見た。


「テレビでは“出町柳駅の火災”と報道されているでござるが、ネットではすでに“鴨川デルタの会合”と名前がついているでござる。トゥイッターのトレンドにもそれでランクインしているでござるよ」


 世間が気付き始めている。

 大将は深刻そうな声色で「これが狙いだったでござるか」と声をもらすように言った。


「狙いって?」


「明日の会合は開かれないでござる」


「……まあ、こんな状況だもんな」


「そういう意味じゃないでござる」


 モニターを見るように促され、俺と久能さんはその真っ赤な背景を覗いた。魔術師の会のホームページと思いきや、そこには「決起・鴨川デルタの乱」と右端に、縦書きで表記されていた。そして左向かって、文章がつらつらと書かれていた。


       〇


 決起・鴨川デルタの乱


 まず初めに謝罪したい。

 魔術師の会などと謳って、とんだ茶番につき合わせてしまったこと、大変申し訳なく思っている。魔術師の手でも借りねば変革は起こせない、そう考えたのだ。平和的姿勢を忘れない能力者諸君には、女子供に関わらず参加してもらいたかった、興味を持ってもらいたかったのだ。

 深く反省している。今後、このようなことはない。


 会合の決起に伴い、ある程度犠牲が出ることは承知の上だ。

 それは鴨川デルタの乱が大きな意味を宿すためには必要なことであり、そもそもの仕組みである。つまり招かれざる客については、あらかじめ考慮されていた。抗争に肯定的な能力者諸君らのことである。諸君らは、まんまと私の術中に嵌まったのだ。大いに利用させてもらった。諸君らのような暴力的なゴミは、このようにして使うのだ。

 善良な、非武装の、今後も平和的姿勢を忘れない能力者諸君らには、大変に申し訳ないことをした。だが行動には必ずリスクが伴うのだ、ぜひ許容していただきたい。

 これにて能力者は世間の知るところとなった。もはや我らはネット界隈の都市伝説にとどまらず、伝説でもない。事物ではない、現存在である。

 今後、我々は非能力者社会に浸透していくことだろう。


 能力者には何か使命があるようだ。

 何度か抗争に参加した、私は今までに五人の能力者を殺している。ついては能力者殺害に関する、その影響について触れたい。

 会合でも話した通り、能力者は互いに惹かれ合う存在だが、殺人を行った能力者同士は、より惹かれ合うものらしい。そして、殺人者は非殺人者と比べ、能力者の発見率が高い。発見する能力者の多くは殺人者であり、非殺人者を発見することは少ない。おそらく、非殺人者は、能力者全般から発見されにくいように仕組まれているのだろう。

 しかし絶対でないことは、すでにお分かりのことと思う。会合でも開けば、今回のような有様となるのだ。

 殺人者が能力者の殺害を好む理由は、「影響が能力の向上に関係する」という仮説が、以前、国外の一部で主流となっていたことに関係する。この考えは現在では衰退しているが、日本の場合、現在流行下の傾向にあるようだ。


 私の願いは一つだ。

 能力者を殺すな、殺し合うな。

 能力者を殺しても己の能力は向上しない、性質が変わった例はない。

 私の能力は依然として「火」だ。

 使い慣れ、馴染む感覚は知っている。私は五人殺した。能力者の殺害による成長は、部分的にも発見されていない。過去に例はない。


 炎の獅子


       〇


 翌朝、目を覚ましてまず大将のマンションにいたことを思い出す。壁際の小スペースに、毛布にくるまり眠っている久能さんの姿を見つけて昨夜のことを思い出した。

 リビングに大将の姿はない。時計に目を向けながら、締め切られたカーテンの一つを開けた。外は濃霧などない、冬の午前「11:03」だった。

 スリープ状態にあったノートパソコンのマウスをワンクリックすると、画面がぱっと明るくなって、右の拡張モニターの方も同様に明るくなった。拡張モニターには、昨夜鴨川で撮ってきた動画の再生画面が停止した状態で放置されていた。再生ボタンを押すと、動画は出町柳駅の屋根が吹き飛んだ辺りから再生された。水のジャングルジムに久能さんが閉じ込められている。水牢が弾け飛び、久能さんは画面から見切れる形で手前に引き寄せられた。一秒ないくらいの素早い対応で、自分のことながら、アスリート並みの反射神経でもあるのかと言わんばかりだ。その手際の良さに、思わず「おー」と声が出た。巨大な火の玉が目前の男に落ちて、川の上で炎上している。最後に映っていたのは、上空を飛行する、炎の獅子の姿だった。


「飛んでるよ……」


 改めて見ると、何とも浪漫に満ちた映像だ。能力に慣れていると公言するだけのことはある。一度でいいから俺も飛んでみたいもんだ……。

 そんなことを想いながら、キーボードの「J」を三、四回押して映像を巻き戻した。炎の獅子は、また鴨川の南へ飛んで行った。


「……あれ? 俺って、飛べるんじゃないか?」


 浮遊力を使いこなすことができれば、俺も炎の獅子のように、空を飛べるんじゃないだろうか。跳ぶことは考えてきたが、飛ぶことは考えてこなかった。

 俺はパソコンの前で胡坐ではなく、座禅を組んでみた。両手を膝の上に添え、背筋を伸ばし、深く息を吸って吐いた。正しいやり方かは分からない、どうでもいい。雰囲気だけ欲しかった。


       〇


 リビングの扉の開く音がした。


「な、なんやねんそれ!」


 背後で野太い絶叫が聞こえ、平静を保ちながらゆっくりと振り返った。


「……お、大将、なんだ起きてたのか」


「起きてたのか、じゃないでござる! 浮いとるやんけ!」


 座禅の体勢で宙に浮きながら、俺はにっこり微笑んで言った。


「――できたわ」


 時計の時刻は「15:16」を表示していた。

 チャイムが鳴った。「誰やねん」と大将はぶつぶつ言いながら、入って来た足でインターフォンモニターに向かう。


「なんか頼んだでござるか、密林かなんかで?」


「頼んでない」


 俺たちの話し声がうるさかったのか、久能さんが目を覚ました。「おはよう、ございます」


「ミッチー、ちょっと……」大将が控えめな声で言った。


「ん、どうした?」


「いいから、ちょっと見てみ」


「……なんだよ」


 めんどくさ。そう思いながらだらだら歩いていって、なにか、きょとんとした様子の大将を横目に、インターフォンモニターを覗いた。そして考えるよりも前に、俺も大将もおそらく気付いた。俺たちは顔を見合わせた。「どうなっとねん」「わからん」「なんでやねん」「わかんないんだって」とアホな会話をした。


「どうかされましたか?」


 リビングから久能さんの声がした。大将が一瞬なぜか怖い顔をして、俺をじっと見て「違うか」とまるで同意を求めるように呟いた。意味が分からず、俺は「え」と聞き返した。

 モニターに、スーツ姿の男が映っていた。

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