第二幕 三条大橋の戦い
5話
夜の十時過ぎ、エントランス前でインターフォンを鳴らすと「はい」と野太い声があった。
「デートは楽しかったか?」
「……」
リビングに通された。大将はモニターの前に座り、胡坐をかいて脇腹をかいた。めくれたシャツから三重くらいの肉が見えた。
いつもの光景にほっとした、彼女のいる男には見えない。
「数日前に見つけたでござる」
大将のモニターを覗くと、そこには「魔術師の会」と表記された、何かのホームページが映し出されていた。背景は赤い絨毯のように濃い色をしていて、かといってそれが血に見えるということではなく、落ち着いた雰囲気だ。文字は黒で書かれていて、背景の色合いの割には見やすい。
「これは?」
「童貞の仕業とは思えないでござる。いや、むしろ童貞だからこそ開設に至ったと考えるべきでござるか」
「大将……」呆れたやつだ。
「冗談はさておき。近々、能力者の会合が行われるそうなのでござる」
「会合?」
「場所は鴨川デルタでござる。今週の土日に二回、時間は夜の八時。出席すれば何か分かるかもしれないでござる。ミッチーは運がいいでござるな、今回の会合が第一回目でござるよ」
「それって本物なのか?」
「本物とは?」
「いたずらとか……。能力者って、ネットじゃあ都市伝説的なものとして扱われてきたんだろ、なんか胡散臭くないか?」
「もちろん、胡散臭いでござるよ?」
「ダメじゃん」
「しかし童貞のいたずらにしては奇妙でござる」
「なにが?」
「このサイトは会員制でもなく、ただホーム画面があるだけなのでござる。数日前に見つけたときは、『近日中に、会合を開く』とだけ書かれていたでござる。これでは趣味にもならないでござろうに、律儀にドメインまで取得してるでござる」
「ドメイン?」
「独自ドメインでござるよ。このサイトの管理人は、こんなものにわざわざ金を払っているのでござる」
「チャットとかできないのか? いたずらじゃないなら、これって交流の場として開設した訳だろ?」
「それが奇妙なのでござる。サイト内には一方通行的な運営へのメッセージ機能しかついていないのでござる。これでは交流もクソもないでござる」
「なにか送った?」
「なんも」
「送ったらいいじゃん」
「それよか会合に出席したらいいと思うでござる、どうせ今週なのだし」
俺には大将のようにネットに精通した知識がない。だから話を聞いていても分からないことが多いが、曰く、当サイトの管理人は、自分が偽物でないことを主張したがっているらしい。自己顕示欲や承認欲求から開設した訳ではなく、何らかの具体的な目的があり、それは会合に出席すれば分かるだろう、というのが大将の考えだ。
大将はこうも言った。
「これで嘘なら、大変に手の込んだ、上級者のおふざけでござる」
数年前、「国際〇〇学院大学」という架空の大学ホームページが話題になったそうだ。何のことか知らないが、「あれには劣るでござるな」と大将はぶつぶつ言っていた。
〇
十二月一九日、土曜日、友引。
同志社大学を左手に、今出川駅から東に向かって歩く。空にはすでに群青色の闇が広がっている。指先がかじかむ、吐く息は白い。大通りを挟んだ右手の京都御苑が途切れると、辺りは雑然としたものに変わっていく。背の低いビルが集まった一帯を俺はひたすら歩いた。そんな窮屈さから解放されるころ、ようやく鴨川に到着した。
加茂大橋から北を眺めると、高野川と賀茂川の合流地点は見えた、それが鴨川デルタだ。ここから見下ろすと逆三角形に見え、その突端には人々の姿があった。どれが能力者だ……。
大将に電話をかけた。
「……ん、ミッチー? ついた?」
「うん」
「そいじゃあ、レコーダーとカメラをオンで、それだけよろ。終わったらマンション直行で」
「どれが能力者か分からん」
「そうでござろうなあ。あ、ミッチー、求められても無暗に名乗り出たりしちゃダメでござるよ?」
「……分かった」
「素直ござるな。なんだか声も緊張気味だし……。まあとりあえず普通にしていればいいでござる。夜の鴨川に遊びにきた、くらいに考えておけばいいでござるよ。今回は交流が目的ではないでござるからな」
「え、そうなのか?」
「サイトの運営者がどんな奴か、まあ本人が来るとも限らないでござるが、ひとまず現状が知りたいのでござる」
「現状って?」
「ミッチーの能力を見て、ネットの書き込みが嘘でないと分かったでござる。そうなると、ミッチーとミストマン以外に、少なくともあと二、三人くらいはいそうな感じがするのでござる。しかし少数とする根拠はどこにもないのでござる」
「でもさあ、いたとして、ちゃんと集まんのかなあ」
「そこは運営側にとっても疑問でござろう。人は疑問に対して説明を求めるでござる。しかし今回のような場合、バカでもない限り他人に軽々しく話していいものではないでござる、そう考えるのは当たり前のことでござる」
「おい、バカって俺のことじゃないだろうな?」
「鋭いでござるな。ネットとは、隠れて情報を探すにはもってこいの場所なのでござるよ。検索をかけてダメなら、最後はコミュニティに頼るのが自然な流れでござる」
「コミュニティ?」
「だから掲示板のことでござる」
「あ、掲示板か」
「URLは比較的見つけやすい場所にあったでござる。ということは野次馬連中もいるでござろうが……。とにかく、今回は様子見だけして帰ってくればいいでござる」
電話を切って、橋の西詰から河川敷に下りた。大将に渡されたボイスレコーダーのスイッチをオンにして、胸のポケットに忍ばせた。盗撮用の眼鏡カメラのスイッチもオンにし、眼鏡として装着して、石畳の傍まで近づいた。目の前には三角地帯の先端が見える。
積極的になる必要はないと大将は言った。交流ではない、これは視察なのだと。
携帯の時刻が「20:00」丁度に切り替わったころ、三角地帯にある松林から若干の石畳に向かって、一人のスーツ姿の男が現れた。男は鞄を持っており、会社帰りのような姿だ。他に新しく動く気配もない。突端までは近づかず、男はデルタの中段で止まった。そして鞄を左手に持ち替え、右手を上空へ掲げた。直後、男の手の平から火の玉が上がった。
男は声高らかに言った。
「警察が駆け付ける前に語ろう!」
火の玉は上空で小さく爆発し、輪を描いて消えた。
辺りがぽつぽつとざわつき始めたが、市販の花火に等しいレベルだったからか、大きな騒ぎにはならなかった。
河川敷を見渡していると、傍に綺麗な女の人を見つけた。川を挟んだ向かいの河川敷に、地上へと離れていく人人影がちらほらあった。この暗さでは性別も確認できないが、あれらが通行人で残りが能力者と仮定しておこう。
「まず我々は魔術師だ。であるからして、魔術師と呼称する」
演説は痛々しいものから始まった。大将より酷いかもしれない。男は何か拗らせたような口調で話を進める。
「予てより、魔術師は謎の声を聞く」
辺りがまたざわついた。
「影響せよ、影響を及ぼし……。これまでに複数の魔術師とコンタクトを取り、話をした。誰もが同じことを言った。現状、その先を知る者には会っていない」
男は「現状の話だが」と前置きし、能力者は能力を使わない限り識別できず、それは能力者同士であっても目視では分からないと説明した。男にも、ここにいる誰が「魔術師」だか分からないらしい。
「しかし空気感からして、確実に君たちの中に魔術師はいる。私は確信している」
男は長いくらいの時間をかけ、デルタの左右を見渡した。
「知っての通り我々は惹かれ合う存在といえる。ここに辿り着いている以上は理解しているはずだ、条件は魔術師の殺害、これは真実だ。すでに抗争は始まっている」
ひそひそと、何人かのざわつく姿が見えた。男は「それは他府県のみならず、東京、そして世界においてすでに始まっている」と話した。
会合の意味が気になってきたところ、男が言った。
「声について、何か知っている者はいないか?」
情報交換が目的だったか。ざわついていた周囲がしんとした。
「……知らないか。分かった。明日、もう一度この場所で、同じ時間に会合を開く。それまでに動画の拡散でもなんでもするがいい」
河川敷の左端に浮かぶ人影から呼び止める声がした。何のための会合なのか、何故に能力者を集めたのか、その説明をしろと訴えた。もっともな言い分だ。
そのとき、出町柳駅の方から爆炎が上がった。アンプの音量を最大にしてギターをかき鳴らしたかのような騒音だった。思わず耳をふさいだ。
「聞け、魔術師たちよ!」
爆発の余韻の冷めやらぬ間に、男は注意を向けさせるように言った。
「我が名は炎の獅子! すでにこの会合は狙われていた、その意味が分かるか、我々は常に抗争の渦中にあるのだ! 気付け、そして能力を駆使し、この場から退避せよ、抗争に関わるな!」
スーツの男が松林へと下がっていく。すぐに人影となり、どこかへ消えた。
駅からさらに爆発音があり、今度は何か屋根のようなものが吹き飛んだ。遠目にも見える火は勢いを増している。駅までは少し距離があるから、一発目は油断する余裕があったかもしれない。ただ流石にちらほら撤退する姿が見え始めた。
この何とも言い難い非現実感はなんだろうか……。炎の獅子とかいう拗らせスーツの言葉は胡散臭い。ネーミングセンスは酷すぎる。結局、集められた理由もわからずじまいだ。そんな中、心臓の動悸が止まない。
駅前の河合橋に、悲鳴を上げながら逃げ惑う人影が見えた。人が人を背中から襲っているように見える。またどこからか同じような声が聞こえ、凝視すれば似たような影がいくつか見られた。
突然、鴨川に巨大な水しぶきが上がった。跳ねた水の中に人の姿があり、知らない男の笑った顔が見えた。
「能力者か、能力者だな!」
傍の河川敷で女性の叫び声が聞こえた。
何もない空中に、水の棒が突き出るように現れていた。棒は次々と平行に、垂直に突き出し、束の間にジャングルジムのような大きなものを形作った。女性はその中心でずぶ濡れになりながら、身動きが取れないでいた。
女性を中心に全方向へ反発力を発生させた。瞬間、水のジャングルジムは吹き飛んで消滅した。間隔を開けずに浮遊力で女性を少し浮かせ、引力ですぐさま引き寄せた。救出完了と思いきや、小さな滝を体の左右に現した男が、獲物を見つけた獣のような目で俺を睨みつけていた。
「お前、何の能力だ?」
――背筋がぞっとした。
思わず手の平を向けた。反射的に、全力で反発力を放射した。そのとき、上空から何か明るいものを感じた。見上げようとした最中、目の前の男に巨大な火の玉が飛来した。
炎の中から「あ、あ、あ、あ、あ」と叫ぶでもない、生々しい声が聞こええた。炎上の豪快さから、かろうじて影しか見えなかったが、焼けたプラスチックのような音がし、声はしぼむように消えていった。振りかかる炎や火の粉は、すべて反発力が散らしてくれた。
足に火を生やした人影が、上空を鴨川に沿って南に飛んでいった。
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